近年、国内外で「3Dプリンター住宅」の開発が本格化している。米国・テキサス州ジョージタウンには、100戸の3Dプリンター住宅が建つ世界最大級の3Dプリンター住宅街が完成。さらに、2024年9月には同州の砂漠地帯にある都市・マーファで世界初の3Dプリンターホテルの建設が着工した。
3Dプリンター住宅は、一般的な住宅と比較してコストや納期を大幅に削減できるとされ、住宅産業に革命をもたらすとして注目されている。本記事では、大規模な3Dプリンター住宅の先駆者である米国のICON社のプロジェクトに着目し、3Dプリンター住宅の最新事情を紹介する。
高性能だがコストは高い? ICON社の住宅の特徴
2017年に創業したICON社は、3Dプリンター住宅業界を牽引する企業として、チャレンジングな取り組みを多く実施している。同社の住宅は60以上のユニークなデザインから選択でき、独自の3Dプリンター(ロボット)で建築、概ね4〜8カ月で完成するという。同社の公式ホームページによれば、住宅の主な機能的特徴は以下となる。
●高い熱性能
住宅の内外への熱の伝達を遅らせるため、寒波や猛暑でも冷暖房費を抑えて過ごせる。
●高いエネルギー効率
HERSインデックスで通常40~55の評価が与えられている。 これは、住宅エネルギー サービス ネットワーク (RESNET)によって定められた住宅のエネルギー パフォーマンスを検査、および計算するためのシステムで、標準的な新築住宅には100の評価が与えられる。ICON社の住宅は、平均的な住宅よりも45~60%エネルギー効率が高くなるという。
●低炭素
ICON社が開発した壁の設計と独自の3Dプリンター(ロボット)、独自配合のコンクリート・CarbonXを組み合わせることで、大幅な低炭素が実現するという。
●スマートホームの装備
通常装備として、中央のスマートホームコントローラー、エネルギー効率の高い操作のためのスマートサーモスタット、スマートビデオドアベルが付属している。中央コントローラーにお気に入りのスマートホームデバイスを追加することも可能だという。
気になるコストについては、例えば、写真にある床面積が1,030平方フィート(約96平方メートル)、間取りが2LDK(2ベッドルーム、リビング、ダイニングキッチン、バス、トイレ)の住宅で27万2,000ドル〜31万5,000ドル(約4,000〜約4,700万円)とされている。
同社のホームページでは「手頃な価格」といった説明があるが、現段階ではそうとも言い切れないようだ。土木工学やシステム工学にくわしく、4万6,000人が登録する建築関連のニュースレターを発信しているBrian Potter氏は、「ICON社の壁は従来のフレームで作られた平均的な壁の2〜4倍高価だと推定される」と伝えている。
世界最大の3Dプリンター住宅街に、月面への建築研究も
これまでのICON社のプロジェクトを見ると、同社の3Dプリンター住宅に多方面から期待が寄せられていることが分かる。例えば、米国・テキサス州ジョージタウンのコミュニティ、ウルフ ランチでは100戸の3Dプリンター住宅が建設され、同社によれば世界最大の3Dプリンター住宅街となる。販売価格は約45万ドル〜60万ドル近く(約6,700〜約8,900万円)で、8月初旬時点の報道では100戸のうち4分の1強が販売済みだという。
テキサス州ウィンバリーでは、最新の3Dプリンター住宅の販売が2024年の夏から始まっている。同エリアの住宅は、部屋数が4~5(間取りは4タイプから選択可)、床面積が2,900~4,100平方フィート(約269〜381平方メートル)で、価格は80万ドル後半〜となる。
また、ICON社はNASAの「アルテミス計画」の一環として、宇宙ベースの建設システムの研究開発にも携わっている。大気が欠如し、放射線量が高く、気温が極端に高い月面環境において持続可能な建築物を建設するには、地球から建築資材を持ち込むのではなく、月面に存在する資材を使った「自給自足」が求められるという。同社のホームページによれば、月面のクズをエネルギーだけで超強力な建築材料に加工し、それを使って構造物を3Dプリントする方法を開発しているそうだ。
2024年9月、世界初の3Dプリンターホテルの建築に着工
さらに2024年9月には、米国のホスピタリティ業界で多大な実績を持つLiz Lambert氏と共に、テキサス州マーファで世界初(ICON社調べ)の3Dプリントによるホテルとレジデンスの建設が進行中であると発表した。
これは同地域にあるホテル・El Cosmicoの拡張移転プロジェクトで、60エーカー(約24万2,820平方メートル)を超える敷地にホテル、浴場、レストラン、個人住宅などを建設する計画だ。同プロジェクトでは、ドーム、アーチ、ヴォールト(アーチを平行に押し出した、かまぼこのような形状)、放物線形状など、大規模3Dプリントによって可能になった先進的な建築アプローチが披露されるという。
マーファは砂漠の真ん中にある小さな街で、この自然風景にインスピレーションを受け、建築物は形状の自由を楽しむ流動的で曲線的な構造を特徴としている。砂や土の色を印刷に使用することで、円形の建築物は土地から浮かび上がって見えるように設計されている。
住宅はすでに販売開始しており、例えば、2,020平方フィート(約188平方メートル)、3ベッドルーム、2バスルーム、1フロアで家具完備の住宅は229万ドル(約3億4,100万円)となる。最初のモデルホームは今年末までに完成する予定だという。プロジェクト全体の開発は2026年に完了予定とされている。
日本においては、3Dプリンター住宅の事業化を日本で初めて実現したセレンディクス社の住宅が話題を集めており、床面積が50平方メートルの平屋建て住宅「serendix50」は、本体価格が550万円(税別)に設定されている。ICON社はマーファ内に手頃な価格の3Dプリンター住宅も建設するとしているが、具体的な価格はまだ示されていない。技術革新によって、どこまで価格を下げられるのかは気になるところだ。
サムネイル写真提供:ICON社
取材・文:小林香織