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カナダの航空宇宙スタートアップ、パーセプティブ・スペースが2024年8月、プレシードラウンドで280万米ドル(約4億円)を調達。当初の目標額を著しく上回る(オーバーサブスクライブ)ラウンドとなった。同社は、AIを利用して宇宙天気の予測を行うプラットフォームを、米国や同盟国の宇宙・防衛組織に導入する計画だ。
世界の宇宙経済の規模は、2023年には6,300億米ドル(約89兆円)だったが、2035年までに1兆8,000億米ドル(約255兆円)になると、マッキンゼーと世界経済フォーラム共同の調査レポートが予測。成長への期待が高まっている。
しかし、宇宙への進出に懸念がないわけではない。地球は太陽の影響を大きく受けている。その不安定な表面は膨大なエネルギーを生み、放出。太陽系の状態を左右する。「宇宙天気」だ。加えて、地球の周回軌道上には1万2,000個近くの人工物体が存在し、混雑している。宇宙天気の影響を受けたこれらは、私たちの宇宙での活動を妨げ、人命を危機にさらす。
精度が高く、予測時間が短くて済み、意思決定に必要な情報がそろった宇宙天気予報が宇宙経済の発展を支える。しかし、現行の予報では不十分だ。
パーセプティブ・スペースによるAIを取り入れた宇宙天気予報は、従来の予測技術をはるかに上回る。宇宙経済の発展に大きく貢献することは間違いなさそうだ。
「第25太陽活動周期」の真っただ中で、宇宙天気は荒れ模様
2022年2月、スペースXが人工衛星、スターリンク49基を打ち上げた直後に38基を喪失した事故は、まだ私たちの記憶に新しい。原因は宇宙天気だ。小規模ながら、地磁気嵐によって引き起こされた抗力の増加をスターリンクが克服できず、地球に落下。最終的に大気中で燃え尽きた。この時の損失は、推定1億米ドル(約140億円)に上ったといわれている。
「宇宙天気」とは、太陽の表面上での活動に応じて宇宙環境が変動し、引き起こされる現象のことだ。地磁気嵐や太陽フレア、高エネルギー粒子、放射線などが、太陽の不安定な表面で生み出され、太陽系内の状況に影響を及ぼす。
特に私たちは2019年に始まり、おそらく2030年まで続くといわれる「第25太陽活動周期」の真っただ中にいる。太陽フレア、コロナ質量放出現象(CME)、太陽嵐が周期的に高低し、2024年か2025年にピークを迎えると予測されている。
米国のゴダード宇宙飛行センターの宇宙物理学研究者、アレクサ・ハルフォード氏によれば、太陽表面の爆発が地球に与える影響は3つあるという。
1つが電波遮断嵐。太陽フレアの後に発生することが多く、放出された電磁エネルギーがラジオなどに用いられている電波を遮断する。緊急時に使用され、人々の安全を守る役割があるラジオの通信が途絶えた場合、被害の増大は避けられない。実際、2017年9月に超大型ハリケーン、イルマがカリブ海諸国や米国を襲った際に起こったそうだ。
2つ目の太陽放射嵐は、地球の軌道上にいる宇宙飛行士や宇宙船を危険にさらす可能性がある。放射線の影響を避けようと、衛星システムの電源が切られると、宇宙飛行士は放射線にさらされてしまう。
3つ目の地磁気嵐は、電力網を含む電気システムに影響を及ぼす。巨大なプラズマの雲、CMEが地球の磁気圏を圧縮する。すると電気の供給が滞り、停電が発生する可能性がある。米国では、磁気嵐による大規模な停電が1989年と2003年に起こっている。
宇宙天気は、人々と経済に大きな影響を及ぼすため、精度が高く、迅速に情報が発表できる観測・予報が求められている。
主に政府機関と研究機関に頼る、現在の宇宙天気予報
宇宙天気の監視と分析は、現在主に政府機関と研究機関で行われている。情報の供給源は、米国海洋大気庁(NOAA)と欧州宇宙機関だ。
米国の場合、実際宇宙環境を継続的に監視・予測し、情報提供を行っているのは、NOAAの一部で米国国立気象局の研究所である、宇宙天気予測センター(SWPC)だ。
SWPCは太陽、太陽圏、磁気圏、電離圏の状態を表すデータをほぼリアルタイムで観測・収集し、太陽と地球の間の環境の状態を把握・分析する。現状を過去の記録と比較し、気象モデルに似た数値モデルを使用し、時間単位から週単位で予測。宇宙天気の影響を受ける人たちに予報だけでなく、注意報、警報を送っている。
政府機関による、現在の宇宙天気予報は正確さに疑問
宇宙産業に関わる企業や政治に情報を網羅するウェブサイト、Space Newsによれば、SWPCや欧州宇宙機関は、衛星ミッションや地上観測所などからのデータを集めるが、情報自体が断片的でデータが古いことも多いという。
使用するモデルも、正確さや情報の鮮度に欠ける傾向があり、実際行おうという予測と関連がなかったり、予測時の効率を著しく下げたりとマイナス点も少なくないという。
また一般的に、現在宇宙天気予報を提供しているのが政府機関であること自体が問題視されている。手順やポリシーに重点を置きがちで効率などが後回しになっているのが、その理由だ。
AIで、高精度であるだけでなく、カスタマイズした宇宙天気予報も
従来の宇宙天気観測には、精度、解像度、更新頻度の点で大幅な改善余地がある。宇宙天気に関する情報が足りないにも関わらず、宇宙産業は拡大の一途をたどっている。これではリスクを大きく、また増加させているのと同じ。宇宙天気予測の技量と、宇宙産業が求める宇宙天気予報との間のギャップは大きくなる一方だ。
そのギャップを埋めようと、パーセプティブ・スペース社が登場した。同社では2022年の創設以来、衛星エッジプロセッサに搭載して利用するための軽量AIモデルを開発してきた。AIとセンサーフュージョンを使用。過去数十年分のNOAAやNASA、民間パートナーからの宇宙天気データと運用データを分析・活用している。
同社による宇宙天気予報は、情報がほぼリアルタイムで更新されるだけでなく、影響やリスクの分析も行われ、共に提供される。異常を察知したプラットフォームはサービス中断を事前に予測し、顧客に予防措置の実行を推奨する。小規模実験の結果ながら、精度、速度、信頼性において、従来のモデルを10倍以上上回る優秀さを記録した。
顧客に合わせて予測をカスタマイズすることも可能だ。例えば、高度200キロメートルで運用されている衛星と、400キロメートルの衛星では、地磁気嵐の影響が異なる。そこで、各々が必要とする情報を提供する。特定のミッションなどのために、ターゲットを絞って予測を行うこともできる。
正確な宇宙天気予報が、宇宙経済の発展を後押しする
宇宙経済が拡大の一途をたどるのと同時に、2023年は、全世界から衛星など宇宙に打ち上げられた物体の数が過去最高を記録した。国際連合宇宙局の2024年のデータによれば、その数は2,664個。うち81%が米国の企業などによるものだ。スペースXのスターリンクは、全世界が打ち上げた2,664のうち73%にも上る。
打ち上げられた衛星の数は2019年以降、急増している。同局によると、地球の周回軌道上には現在1万2,000個近くの人工物体があるそうだ。衛星の数の増加は、衛星を介した接続性の向上、携帯電話の測位やナビゲーションサービス、AIおよび機械学習の活用などに役立っている。今後も、産業の変革、経済発展の新たな機会、科学的発見を促す大きな可能性を秘めている。
マッキンゼーと世界経済フォーラム共同の調査レポートにもあるように、世界の宇宙経済の規模は、2035年までに1兆8,000億米ドル(約255兆円)になると予測されている。
その一方で、打ち上げ衛星数の増加は、宇宙ゴミや、地球の周回軌道上の混雑への懸念に拍車をかける。宇宙天気に関する情報が十分になければ、私たちの宇宙での活動に制限をかけざるを得ず、人命が失われることも起こり得る。
創立者でありCEOでもある、パドマシュリ・スレシュ氏は、スタートアップニュースをカナダで発信している、Betakitのインタビューで、誰もが宇宙での活動を安くしようと知恵を絞っているが、同社は安全にする方法を考えていると話している。宇宙天気をおざなりにすると、将来性を見込まれている宇宙産業も頭打ちとなってしまう。
宇宙天気自体だけでなく、分析・洞察を加えた情報を提供し、その時の宇宙天気下で計画していた活動が可能なのか、中止すべきなのかまで判断してくれるパーセプティブ・スペース社の予報は貴重だ。
同社のAIを取り入れた革新的な問題解決策に対し、市場での需要は高く、すでに複数の衛星運用会社や打ち上げを行う会社が早期契約を結んでいる。2025年初頭にLEO(低軌道)ミッション向けの宇宙天気APIとダッシュボードをリリースする予定だ。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)