リモートワークによる生産性の低下 オフィスの“Hotelification”はリモートワークに慣れた従業員を呼び戻せるか?

コロナを経て、自宅で勤務するリモートワークが世界中に浸透した。一時はオフィスで仕事に従事するより生産性が高いとされたリモートワークだが、実際は反対に10~20%低いことが明らかになった。そのため、企業側には生産性アップを図り、従業員にオフィスに戻ってほしいという意向がある。

しかし、従業員側はリモートワークのフレキシブルさ、自宅勤務の心地よさを簡単に捨てられない。コロナ以前の働き方には戻りたくないと考える。

米国・英国の企業の中には、そんな従業員をオフィスに呼び戻すべく、「オフィスの『Hotelification』」を進めるところがある。デスクが並ぶだけという従来のオフィス環境を、ホテルのようなアメニティを備えた高級ワークスペースとして再構築しようというのだ。

リモートワークの生産性は、実は低かった

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米国のWFHリサーチによれば、2023年現在、米国の従業員の40%までもがリモートワークを行っているという。WFHリサーチは、2020年から米国人の勤務形態を調査。ホセ・マリア・バレロ教授、ニコラス・ブルーム教授、スティーブン・J・デイビス教授が率い、リモートワークの分野では第一人者と考えられている。

生産性の低さの原因の筆頭は、誰にでも想像できるように、モチベーションの低下と自制心だ。ほかにも、コミュニケーションをとるのが難しかったり、時間を取ったりし、担当する仕事にしわ寄せがくることも挙げられる。社内外のネットワーキングが限られるため、新たなプロジェクトの展開も望み薄だ。

健康を重視し、従来の職場には戻りたくない従業員

リモートワークによって、通勤時間がなくなったのはいいことだが、従業員がコンピュータの前で仕事をしている時間は増えたそうだ。SEO業界で10年間活躍してきた米国のダニカ・キンボール氏は、雇用主は過度なスクリーンタイムが従業員の健康に及ぼす影響を理解し、リスクを軽減するよう努める必要性を説く。

国際的なマーケティング企業であるVMLの世界における未来トレンド情報部門、VMLインテリジェンスによる2023年の調査では、企業は従業員の健康に対し、もっと責任を持つべきだと考える人は93%に上った。

多様な心理学やデータサイエンス、それらの関連分野の専門知識を持つ研究者とコンサルタントが集まった、米国のライメード・インスティチュートによれば、健康を含め、さまざまな面で大切にされていると感じている従業員は、自分が受け入れられていると感じる可能性がそうでない人より7倍高く、ストレスや燃え尽き症候群を感じる可能性が4倍低いという。

職場環境のみならず、自らのウェルビーイングを重視する従業員にとって、従来の単に機能性を重視しただけの職場で満足するのは難しい。

業績を上げる従業員は学習、交流、専門能力の開発に時間を注ぐ

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企業側にしてみれば、職場環境を刷新するのであれば、エンゲージメントの高い従業員の働き方を反映したいと考えるのは、自然なことだろう。

米国を本拠地に世界57カ所に展開する、建築・デザイン・プランニング会社、ゲンスラー・リサーチ・インスティテュートが毎年行っている『ワークプレース・サーベイ』は、米国の職場の状態を調査・分析した報告書だ。

同報告書の2024年版によると、エンゲージメントが高い従業員が個人で作業する時間は、1週間のうち34%。エンゲージメントが低い従業員の44%と比較すると少ない。ではほかに何をしているかというと、学習、交流、専門能力の開発に多くの時間を充てているという。これらは、エンゲージメントが高い従業員の71%にとって、業務遂行上重要なことだという。

また高い業績を上げるチームは、81%の割合で、職場でチームメイトと共に座り、仕事をする傾向がある。つまり、オフィスはチームメイトと協働する大切な場所という位置づけであり、出勤するのは、対面で行うチームミーティング、チームメイトと同席すること、同僚との交流のためなのだ。

従って、求められているのは、「一人で作業する」「対面で他の人と作業する」「他の人とバーチャルで作業する」「学習する」「交流する」と、5つの作業モードをすべて実現できるオフィスということになる。

高業績を上げる人は、そうではない人の3倍以上の割合で、オフィス勤務を個人の健康と幸福、仕事の満足度、ワークライフバランス、キャリアアップにプラスの影響を与えていると評価している。

オフィスの立地については、高業績を上げる企業の従業員は、介護サービス、市民社会スペース、文化的空間など、個人のライフスタイルのニーズに応える施設に、頻繁にアクセスする傾向があるのを踏まえて、都市中心部が好まれる。

『ワークプレース・サーベイ』は、今、従業員が求める理想の職場像を、「働くスペースが美しく、オープンな雰囲気で、新しいアイデアを生み出すためのインスピレーションが感じられる職場」だとまとめている。

「ワークリゾート」を念頭に置いてできた「スプリングライン」

© Presidio Bay Ventures/Springline

Hotelificationを牽引するのは、Google、Amazon、ロレアルといった、世界的に名を知られた大企業だ。従業員のために、自社ビル内にホテル張りのアメニティを揃えている。

しかし最近は英国、米国を中心に、Hotelificationを済ませたオフィススペースを用意し、テナントを募集しているケースも見られるようになった。

例えば、米国カリフォルニア州のメンローパークにある、2万6,000平方メートルのコンプレックスビルディング「スプリングライン」。シリコンバレーの中心部に新たなエネルギーをもたらしていると評判だ。スタートアップや、成長しつつある企業向けのクリエイティブなオフィススペースは、「ワークリゾート」を念頭にデザインされた。

そのテナントの1つは、法律事務所のキルパトリック・タウンゼント&ストックトンだ。同事務所の旧オフィスの立地やスペースの割り当てに不満があったが、オフィスマネージングパートナーであるジョー・ピーターセン氏が『ニューヨーク・タイムズ』紙に語ったところによれば、「スプリングライン」に入居し、「コロナ後の世界に向けてオフィスを再考する」ことができたそうだ。現オフィスは、1フロアの約900平方メートルを占め、交流やコラボレーションのためのスペースや、多岐にわたる用途に対応するスペースを手に入れることができたという。

同事務所には、約22人の弁護士が在籍しており、どの日も約半数がオフィスで働いているという。出勤率は、同業他社よりも格段にいいそうだ。「スプリングライン」は活気があり、人を引き付ける魅力があると、ピーターセン氏は考える。

デザインにAIを取り入れたところもある、個性豊かな「ワークリゾート」

「スプリングライン」のほかにも注目されている「ワークリゾート」は少なくない。

ウェルネスを重視したスペースが豊富なところもある。約22万平方メートルのオフィススペースを提供する米国シカゴの「ザ・マート」では、プライベートスピンクラス、メディテーション用ポッド、赤外線サウナなどが設けられ、栄養士が常駐する。ほかにも、テナント用のラウンジ、アルコールを飲めるスペースもある。

英国ロンドンの通勤エリアに位置する62階建ての「22ビショップスゲート」には、25の企業が入居している。同じビル内に高級レストラン、ロッカー、1,000台の自転車収容スペース、自転車修理店、フィットネス施設が設けられている。

来年春着工予定なのは、英国ロンドンのカナダウォーターにある「トゥー・ドックサイド」。この約3万2,000平方メートルの複合施設は「ワークリゾート」として設計され、ホスピタリティを重視したデザインとモダンなオフィス機能の両方を兼ね備えている。オフィスビルは2棟ある。

リゾートのような雰囲気の中、働くだけでなく、柔軟性、創造性、ウェルネスを取り入れた、生き生きとした毎日を送れるよう配慮したスペースは、AIによってデザインされた。広大なテラスや屋外スペースを中心に、仕事と自然が調和し、個々人の働き方を重視したオフィスで、屋内外を問わずさまざまな環境で働くことが可能だ。「ラップトップバー」、コワーキングスペースやプライベートワーキングスペースが設けられる予定で、上層階のテラスは、屋外ミーティング用に整備される。

アクティビティ・センターは、ジム、スチームルーム、サウナなどを備え、バランスの取れたライフスタイルを促進。ロビー内には厳選された食材を提供するマーケットも設けられ、コミュニティハブを目指す。「ソーシャル・ペントハウス」では、カクテルタイムなどイベントが催され、交流を図れるよう配慮されている。

オフィスのHotelificationは「今後成長が予想されるニッチ市場」

デザインにAIを取り入れた「トゥー・ドックサイド」
Courtesy of HWKN Architecture

「トゥー・ドックサイド」を設計する、米国を拠点とし、世界中に展開するデザイン会社HWKNを創業、牽引するマティアス・ホルウィッチ氏は、自宅でも同じことができるとオフィスで思われないよう、より良い施設の提供の重要性を『ニューヨーク・タイムズ』紙で説いている。施設の目的は、楽しませるという意味合いではなく、あくまで効率を上げること。それが、ホスピタリティ体験を職場環境に追加するHotelificationで可能になる。

ゲンスラー・リサーチ・インスティテュートのシニア・アソシエイトであり、建築家でもあるエイミー・キャンベル氏は、住宅や空港をはじめ、あらゆる分野でHotelificationが進んでいるのを見てきたと同紙に話している。Hotelificationは「今後成長が予想されるニッチ市場」なのだそうだ。

文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit

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