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自動運転車向けのスタートアップApplied Intuitionが、その急速な成長で業界の注目を集めている。2024年3月、2億5,000万ドル(約370億円)のシリーズEラウンドを調達、そのわずか4カ月後に3億ドル(約443億円)のセカンダリーセールを成功させた。その結果、企業価値は60億ドル(約8,700億円)を超えた。
2017年、カリフォルニア州マウンテンビューに設立されたApplied Intuitionは、自動車メーカーや関連企業に生成AIを活用した運転支援システムや自動運転ソリューションの開発・テスト用ソフトウェアを提供している。
自動運転関連スタートアップの投資は実は減少傾向にあった
投資家が並々ならぬ関心を寄せているにもかかわらず、同社の成功は、興味深いことに自動運転スタートアップへの投資が全体的に減少している中で起きている。スタートアップや技術企業に関する情報を提供するオンラインプラットフォームCrunchbaseによると、2023年の自動運転スタートアップへの資金調達額は50億ドル未満で、2017年以降最低を記録。
大手企業の撤退も相次いでおり、業界に影響を与えている。Fordが支援するArgo AIは2022年、36億ドルの資金調達後に閉鎖に追い込まれた。General Motorsが主要株主である自動運転技術企業Cruiseは2023年末、安全性への懸念から、アメリカ国内の自動運転タクシー事業を自主的に停止。Appleも2024年1月に10年に及ぶ自動運転車プロジェクトを突如中止した。
これらの失敗には複合的な要因がある。まず、多くの企業が自動運転技術の複雑さを過小評価したことが挙げられる。センサー技術の限界や予期せぬ状況への対応など、技術的課題の克服が予想以上に困難だった。技術面だけではない。法規制の不確実性や頻繁な変更も足かせになった。加えて莫大な開発コスト、市場の期待と現実のギャップ、事故報道による信頼低下なども大きな障壁になった。さらに、多くの企業が自動運転技術の収益化モデルを確立できず、投資家の支持を得られないまま競争が激化し、苦戦を強いられた。
しかし、この状況は自動運転の衰退ではなく、むしろ、業界の成熟化の過程と捉えることもできる。つまり、初期の過剰な期待が現実的な評価に置き換わり、より持続可能なアプローチを模索する段階に入ったと考えられるからだ。この過程で、技術開発だけではなく、法規制への対応、社会的受容の獲得、明確なビジネスモデルの構築など、多面的なアプローチが必要だと認識されるようになっている。
異なるアプローチをとるApplied Intuition
それら自動車メーカーや技術企業が味わった挫折を認識した上でApplied Intuitionは、開発プロセスを支援するツールとプラットフォームの提供に焦点を当てた。これは、単一の製品や技術ではなく、自動運転エコシステム全体の発展を目指している。また、自動車だけではなく、建設、防衛、鉱業、農業など幅広い分野に対応することで、自動運転技術の可能性を大きく広げ、それらの業界全体の発展から利益を得る戦略をとっている。
技術面においても、高度なシミュレーション環境を提供することで、実世界でのテストに先立つ開発コストの削減と安全性の向上を実現している。同社のシミュレーションプラットフォームは、実際の道路で経験するのに比べて、短時間で数百万の運転シナリオをシミュレーションすることができる。それにより、開発者は開発プロセスの早い段階で潜在的な問題を特定し修正することができ、より安全な自動運転システムを作成することができる。
さらに同社が提供するAIによるデータの整理と分析ツールは、効率的にデータを管理、分析し、機械学習モデルを訓練して、自動運転車の頭脳とも言えるAIを改良する。そして、Applied Intuitionは完全自動運転の実現を急ぐのではなく、高度運転支援システム(ADAS)から段階的に自動化を進める開発アプローチをとっている。
Applied Intuitionの共同創業者Qasar Younis氏は、自社を自動車メーカーや防衛企業がソフトウェアやAIの問題を解決する際の「最初の選択肢」にしたいと述べている。この戦略は功を奏しており、現在、Applied Intuitionは上位20社の自動車OEMのうち18社と取引があり、顧客にはGeneral Motors、Toyota、Volkswagenなどの大手自動車メーカーやGatik、Motional、Kodiakなどの自動運転スタートアップが含まれる。この幅広い顧客基盤は、同社の技術と戦略が業界全体から高く評価されていることを示している。
道路から地形へ
Applied Intuitionは2024年6月、オフロード自律走行スタックソリューションを発表した。従来の自動運転システムが苦手としていた舗装された道路以外でも自動運転を可能にする新しい技術だ。
例えば、従来の2次元地図(平面的な地図)を立体的に理解し、正確な標高情報の取得によって山や谷、急な斜面なども理解し、危険を避けながら走行することができる。また道路がない場所でも、走れるか走れないかを判断し、雨や雪、季節などの気象にも対応する。
そして、周囲の環境をリアルタイムで理解し、地図を作成しながら自分の位置を把握できるので、詳細な地図がない場所でも、自動で進路を見つけて進むことができる。動いている物体と動いていない物体を区別し、それぞれに適切に対応することも可能。さらにGPS信号に依存しないナビゲーション能力があり、この技術を適応すれば、建設現場や農場、鉱山、災害現場や未開の地での探査活動のみならず、地下や宇宙空間でも自動運転が可能になるのだ。
Applied Intuitionの共同創業者兼CTOであるPeter Ludwigは、この技術について「最新のAIとML技術を従来の安全性とシステムの専門知識と組み合わせ、最も困難な環境で最先端のパフォーマンスを提供する」と述べている。
この技術は、Applied Intuitionが単なる開発支援ツールの提供者を超えた「自動運転技術の革新者」であることを示唆しているのではないだろうか。自動運転の概念を「道路」から「あらゆる地形」へと拡張すれば、平野は果てしなく広がり、産業界に新たなパラダイムシフトをもたらす可能性は高い。
文:水迫尚子
編集:岡徳之(Livit)