企業の成長過程における「ターニングポイント」に焦点を当て、直面した困難やその後の成長に迫る「THE StartUP-革新を生み出す1シーン」。今回登場するのは、タレントマネジメントシステム「カオナビ」や労務管理システム「ロウムメイト」などのSaaSを提供する、株式会社カオナビだ。タレントマネジメントシステムのパイオニアであり、国内トップのシェア、継続利用率99%以上の実績を誇るカオナビ。その継続率を支えている「カスタマーサクセス※」は、2018年に発足し、今や同社にとって欠かせない存在となっている。しかし、立ち上げ当初、国内のSaaS界隈で先行事例は少なかった。前例がないなかでゼロから組織を立ち上げ、いかにして今の体制を築いたのか。カスタマーサクセスの立ち上げメンバーで、現在は導入企業のエンゲージメント向上をミッションに掲げるカスタマーエンゲージメント本部で責任者を務める柏崎氏に話を聞きながら、同社のターニングポイントに迫る。
※サービス導入後のユーザーに対し、サービスの活用や継続利用などを促進するための一連の取り組み
設立 |
2008年5月27日 2019年3月 東京証券取引所マザーズ市場へ上場(現在は東証の市場区分変更に伴いグロース市場に上場) |
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本社所在地 | 東京都渋谷区渋谷2-24-12渋谷スクランブルスクエア 38F |
事業内容 | タレントマネジメントシステム、労務管理システム、予実管理システムなどの提供 |
企業の成長過程における ターニングポイント |
解約の増加を受け、アップセルから「解約抑止」へと目標を変更。解約の増加を食い止め、現在はユーザー同士で学び合うコミュニティづくりに奔走 |
アップセルから「解約抑止」へ。大幅な目標変更がカスタマーサクセスの転機に
カオナビがカスタマーサクセスを立ち上げた2018年当時、国内のSaaS界隈ではカスタマーサクセスという存在が注目され始めた段階だったと話す柏崎氏。各社、カスタマーサクセスの役割をどう事業に落とし込んでいくのか試行錯誤している状況だった。こうした状況のなか、カスタマーサクセスの立ち上げに踏み切ったのは、どのような背景があったのだろうか。当時の状況について次のように話す。
「カスタマーサクセスが立ち上がる以前、サービス導入後のユーザーさまに向けて『導入ディレクション』というサービスを提供していました。ユーザーさまから費用をいただき、専任のディレクターが初期設定や使用方法などを1年間サポートするサービスです。その結果、導入から1年経過し、導入ディレクションの提供期間が終了してしまうと、自走できずに解約につながるというケースが発生するようになってきました。
その導入ディレクションを行う組織の主な目標が、いわゆる『アップセル』に置かれていました。カオナビは、基本的に継続課金のビジネスモデルで、登録メンバー数の増加やオプション追加によってご負担いただく利用料金も上がります。つまり、この利用料金を上げることが一番の目標だったわけです。
そのため、あまり活用できていないユーザーさまの利用を促進するアプローチができていませんでした。
結果として、売上が伸びている一方で、解約も増える傾向にあったのです。せっかくサービスを導入してもらったにもかかわらず、活用できないまま解約するのでは意味がありません。ユーザーさまと向き合うスタンスは果たしてこのままでいいのか、疑問が生じるようになりました。そこで、これまでのアップセルから『解約抑止』という目標に改め、現在のカスタマーサクセスが立ち上がることになったわけです」
アップセルから「解約抑止」へと、目標ががらりと変わるなか、どのようにして新たな目標に対する目線を組織内で揃えていったのか。
「まずは、解約が増えているという事実を可視化し、メンバー間で共有しました。また、アップセルで5万円の売上を獲得するよりも既存のユーザーさまに継続していただくほうが、確度が高いという認識を揃えていきました。その観点は、現場目線でも納得感があったと思います」
とはいえ、アップセルのような直接、売上に貢献するアプローチを重視する声もあったという。
「たしかに、理想は解約抑止を主軸に、アップセルも付随して頑張りたいという気持ちでした。そのため、アップセルと解約抑止、両方を目標に据える期間を設けたこともあります。しかし、目標に対する認識に個々人でばらつきがあり、判断に迷う場面が多くなった結果、メンバーからさまざまな疑問が出てきました。
共通の目標に向かうことができなければ、組織全体として推進力を持って動くことができないと、痛感しましたね。同時に両方を追うのは難しいと判断し、まずは『解約抑止』に向けたアプローチを重視するという方針を明確にしたのです」
解約抑止だけで終わらない。前例のないコミュニティづくりでユーザー同士の学び合いも促進
そこから、1対nという面でユーザーの活用を支援するセミナーを拡充。また、サービス導入のタイミングでキックオフを実施し、最初の立ち上がりを支援した後は、専任のカスタマーサクセス担当が定期的な接点を持つというアプローチ方法を定めていった。結果として解約件数も減少し、カスタマーサクセスの存在意義は周囲から認められるようになった。
ただ、ここで終わりではない。
「その後は、我々からのアプローチだけでなく、ユーザーさま同士で学び合いながら、交流が生まれるような場、つまりはコミュニティをつくっていきました。そもそも、我々が主戦場としている『タレントマネジメント』という言葉は定義が広く、ユーザーさまによってやりたいことがまったく異なるという性質があります。そのため、ユーザーさまはツールをどう活用するか以前に、自社の人事課題解決に向け、人事として何をすべきなのかで迷われる。ツールの活用方法だけをご支援しても、ユーザーさまのニーズを満たせないと感じました。
こうしたお悩みは我々だけでは解決できないことも多く、同じ境遇の人事担当者に相談することで解決できるケースもあります。そこで、ツールの活用方法に限らず、自社の人事課題解決につながるヒントを得たり、人事担当者同士でお悩みを相談したりする場が必要だと考え、『カオナビキャンパス』を立ち上げたのです」
「カオナビキャンパス」は、ツールの活用方法に限らず、タレントマネジメントの始め方から具体的な実践方法までを、人事担当者がオンライン・オフラインで大学のように学び合える場となっている。オンラインでの学び合いを加速させるユーザー限定サイトには、導入企業の8割以上が登録しているという。
とはいえ、コミュニティづくりも、国内のBtoB SaaSのなかでほとんど前例がないなかでの挑戦だった。
「当時、ユーザーコミュニティというものは存在するものの、BtoBのSaaSでやっているところは国内であまりないという状態でした。BtoCであれば個人の意思や思いだけで動くことができると思うのですが、BtoBという性質上、会社員としての力学が働きますよね。コミュニティに参加しても企業として金銭的なメリットはないですし、目に見える成果を得られるわけではないなか、コミュニティ内の活性化には難しさを感じました。
そのため最初は、幅広いコンテンツが閲覧できるユーザーさま限定サイトを立ち上げ、コアとなるユーザーさまを巻き込む施策から始めました。そのコアとなるユーザーさまを中心としてコミュニティの輪を広げていくイメージです。
その結果、今ではユーザーさまが能動的に企画して働きかけてくれる場面も増えていきましたね。以前は我々が企画・主催をしてユーザーさまに参加いただくケースが多かったのですが、現在は、ユーザーさま自ら企画し、ほかのユーザーさまを巻き込むケースも増えています。人事としてのキャリアをどうしていくのかといった、サービスとは直接関係のないテーマでセミナーや交流会も実施しており、ユーザーさまの満足度も高く、コミュニティ内の活性化を感じています」
ツールの機能差がなくなるなか、導入後の付加価値や体験が差別化要素に
これまで前例のない取り組みに挑戦し、実現してきたカオナビのカスタマーサクセス。最後に、今後どのようなことに挑戦していきたいのか聞いた。
「ツール自体の機能の差は今後より一層なくなっていくことが予想されるため、ツール導入後にどういった付加価値や体験を提供できるかが、差別化要素になっていくと思っています。ツールを提供する側は、機能自体を改善し、より使いやすいものにしていくのが大前提です。加えて、人事でもあるユーザーさまが解決したい課題に向き合いながら、ツールだけじゃない解決手段まで届けることが、結果としてカオナビの競争優位性につながると考えています。今回お話した内容で言うと、例えばコミュニティなどはツール以外の解決手段ですよね。とはいえ、ユーザーさまの課題解決につながるのであれば、手段にこだわりはありません」
同社のパーパスには「“はたらく”にテクノロジーを実装し個の力から社会の仕様を変える」とある。つまり、サービス自体は企業に対して提供しているものの、カオナビが目指すのは社員個人が個性・才能を発揮し、個の力から社会を変えることだ。対企業だけでなく、対個人に立脚する要素も強いと言える。BtoBサービスでありながらも、ユーザー自身が自ら企画し、ほかのユーザーを巻き込む動きが生まれていたり、人事個人のキャリアにスポットをあてたテーマを扱うことで高い満足度を得たりできているのは、こうしたカオナビが目指す世界観にユーザーが共感しているからとも言えそうだ。BtoBサービスはどうしても対企業の視点になることが多いが、カオナビの取り組みが示すように対個人にも目を向けてみると、もっと違ったアプローチが見えてくるかもしれない。
- 柏崎 直人
- カスタマーエンゲージメント本部長
- 人材業界にて採用支援、組織活性化支援等に従事。2018年に当社に入社し、カスタマーサクセスの立ち上げを経験、その後ユーザーコミュニティなどの各種施策や仕組み構築を実施する。2024年、カスタマーエンゲージメント部門責任者に就任。