OpenAIとテスラの元AIエンジニアとして知られるアンドレイ・カーパシー氏が、新たなAI学習スタートアップ「Eureka Labs」を設立したことが、7月に明らかになった。
Eureka Labsが目指すのは、新しいタイプの学校。AIネイティブな学校だ。教師である人間がコース教材を作成。教師と共に働き、教材を通して、学生を指導するAIティーチングアシスタントを作成する。「教師とAIが共生する」教育環境を提供する。
市場調査を行うザ・マーケット・リサーチ・カンパニー社によれば、教育におけるAIの市場規模は近年飛躍的に拡大しており、2023年の39億9,000万米ドル(約5,900億円)から2024年には55億7,000万米ドル(約82億円)に、年平均成長率(CAGR)39.7%で成長する見込みだ。現在、教育ゲーム、適応型学習プラットフォーム、チャットボット、個別指導システムなどを通して、AIは教育分野に取り入れられている。
しかし現在のところ、教師は技術の進歩についていく余裕がない。そのあおりを食うのが学生たちだ。学生が現在受けている教育は、将来就く仕事に通用するものではない上、教師の影響で、AIをはじめとする、仕事に役立つスキルを学ぶことができずにいる。
また、世界の企業の3分の1以上が、人工知能(AI)、データ、自動化の分野で必須のスキルを維持または獲得することが困難になっていると感じている。
Eureka Labsは人材育成の困難な現況と、人材不足を解決する鍵を握っているのだろうか。AIを取り入れた教育を提供するプラットフォームやウェブサイトはどうだろうか。
教師とAIが共に、学生にパーソナル化したガイダンスを提供する
新しいことを学ぶのには、さまざまな体験を経ることが必要だ。その体験を限りなく理想的なものにするには、どうしたらいいだろうかと、カーパシー氏はEureka Labsの立ち上げを発表する際、尋ねている。同氏はEureka Labsを、AIと教育に対して抱いてきた20年以上にわたる情熱の集大成と位置付けている。
カーパシー氏は、スタンフォード大学での学術研究からテスラでの実際の製品、そしてOpenAIでのAGI研究へと、AI分野で活躍してきた。さらに、今までにルービックキューブのYouTubeチュートリアル、スタンフォード大学での視覚認識のための畳み込みニューラルネットワークを学ぶ講義「CS231n」、最近では、ゼロからニューラルネットワークを構築する学習動画シリーズ「Zero-to-Hero AI」などを産み出し、熱心な教育者としての一面も持ち合わせている。
同氏はEureka Labsを通じて、できるだけ多くの人々が、現状では学びきれないほど多くの分野のことを深く学び、理想的な学習体験に近づけるよう、生成AIを取り入れ、AIネイティブな授業の展開を目指す。いわば、教育を「民主化」し、優れた学習機会を誰にでも提供する。場所も問わない。
教材は教師が作り、生徒を指導するのに最適化されたAIティーチングアシスタントが、その教材を使い、応用して、学生にパーソナル化したガイダンスを提供する。あくまで「教師とAIが共生する」教育環境を提供するのであって、AIが教師に取って代わるわけではない。教師の従来の役割がAIによって強化されると考えればいいだろう。
Eureka Labs発の最初のコースはAIを学ぶためのコース「LLM101n」
カーパシー氏は今までやってきたAIと教育を組み合わせた仕事はどれもパートタイムに過ぎず、Eureka Labsこそがフルタイムの「本業」だと豪語する。
同氏が本腰を入れるEureka Labsの中核を成すアイデアを形にした、最初の製品となるのが「LLM101n」だ。
同氏が世界最高のAIコースと強調するこのコースは、学部レベルでPython、C言語、CUDAなどの言語を使用し、ゼロからAIを構築する方法を学生に教えることに重点が置かれている。デジタルとフィジカルの両面を兼ね備えており、教材はオンライン上で入手したり、見たりすることが可能であると同時に、対面式の授業も行うという。
学生・教師の両方にメリットをもたらす、AIを取り入れた教育
教育に革命を起こす可能性を秘めているといわれるAI。AI技術が発達するにつれ、従来の、事実の暗記に重点を置いた教育から、パーソナル化された教育が普及。それを通じて、学生の潜在能力を引き出し、伸ばし、各人の将来に必要なスキルを習得できるようになりつつある。
教育にAIを取り入れると、学生・教師の両方にメリットがある。学習プロセスのパーソナル化、学習成果の予測、テストをはじめ、短文や小論文の採点が可能、事務作業の省力化、特別な支援を必要とする学生のサポート、学習のためのリソースの管理・計画、カリキュラムの作成・改善、24時間365日の学習支援などを、効率よく行うことができる。
さらに、VR、AR、IoTといったテクノロジーと組み合わせての学習も可能だ。
マイクロソフトとパートナーシップを組み、AI活用の数学の個別指導を提供予定するKhanmingo
教育現場にAIを取り入れている例は実に多く見受けられる。
例えば、Khanmingo。ビデオなどでの授業を小学生から高校生まで、世界の1億7,000万人に50の言語で提供している米国の非営利教育組織、カーン・アカデミーによる運営。
GPT-4とカーン・アカデミーならではの世界規模のコンテンツ・ライブラリーを利用し、AIチューターとティーチングアシスタントの両方の役割を持つ。米ニュース専門局のCNBC によれば、2023年に米国での試験的導入を経て、2024年5月現在で、国内の約6万5,000人の学生と教師が利用しているそうだ。
学生はもちろん、教師や保護者のための機能も備えている。学生はリアルタイムのフィードバック、討論、コラボレーションを通して、創造性を高めることができる。パーソナル化した教え方で、大学の入学や勉強、将来就く仕事をうまくこなすための知識や経験を積むことが可能だ。
教師にとっては、授業や課題の計画、学生の学習習熟度の分析、教師自身の学習強化を行う機会の提供などという形の、サポーター役を果たしている。
現在、世界44カ国の教師には英語でのKhanmigoを無料提供している。学生と保護者は月に4米ドル(約590円)を支払い、同アカデミーに入会すれば、Khanmigoが利用できる。Khanmigoを正式な教育として認め、学校に導入している学区の学校では、年に約35米ドル(約5,200円)を学校側が支払っているそう。カーン・アカデミーは非営利モデルで運営しているためAIに必要なコンピューティング関連のコストは、ユーザーが負担しているという。
CNBCによれば、マイクロソフトとパートナーシップを組むカーン・アカデミーは、マイクロソフトのPhi-3 AIテクノロジーによる新しいオープンソースの小規模言語モデルを通じて、学生にAIを活用した数学の個別指導を提供することも計画しているそうだ。
学生のように考える、生成AI数学チューター、LiveHint AI ~ カーネギー・ラーニング
LiveHint™ from Carnegie Learning on Vimeo.
2023年、カーネギー・ラーニングはAIを導入したカリキュラムや専門学習のリーダーとして25周年を迎えた。対象は、K-12(幼稚園の年長から高校卒業まで)の学生。数学、リテラシー、言語、専門学習、集中個別指導、MATHstreamなどにおいて、カーネギー・メロン大学の認知科学研究をもとに、データの力を活用して学生の成績を向上させる。
3月には、学生のように考えるよう訓練された初の生成AI数学チューター、LiveHint AIが、2024 Artificial Intelligence Excellence Awardsを受賞した。主宰はさまざまな分野の優秀な企業を審査し、賞を与える、ビジネスインテリジェンスグループ。LiveHint AI は、25年以上蓄積された独自データに基づく大規模言語モデル上に構築され、中学・高校における数学学習の進歩を劇的に速めるのが狙い。数学の課題をこなすことが学生の成長につながるように、チューターボットは、問題の解き方に加え、戦略的に考え、学習した概念と解き方を新しい問題に適用できるよう、数学の学習法と仕組みの理解を学生に促す。現在米国とカナダの、200万人以上の学生と教師をサポートしている。
AIと人間の教師がペアになり、学生の能力に応じて教えるIALS
Squirrel AI Learning は、AIを活用し、リアルタイムで学習をパーソナル化する適応型K-12教育を提供する。国語(中国語)、数学、英語、物理、化学などの教科をカバーしている。独自のMCM(思考モード、能力、方法論)モデルを採用し、学生が知識のみならず、批判的思考と学習スキルを身に付けるのを支援する。
また「Squirrel AI Learningインテリジェント・アダプティブ・ラーニングシステム(IALS)」も学生にパーソナル化した学習を提供する。教わること、学習、評価、テスト、トレーニングの教育プロセスにAIを適用している。AIと人間の教師が、学生の能力に応じて教え、教育コストの高さ、教師のリソース不足、学習効率の低さといった、現在の教育が抱える問題の解決にも一役買っている。
IALSでは、知識要素を2段階に分け、2つ目は数千にまで細分化される。その1つ1つを、文章、アニメーション、スライド、短い指導ビデオなどを含む学習内容を対応させる。最初の段階と2段階目の知識要素はグラフでつなげ、それに学生の実際の学習データを重ねることで、勉強の進捗状況を把握。力不足の個所がなくなるまで、学習を反復する。
Squirrel AI Learningは、中国の1,500の都市に2,000以上のラーニングセンターを運営。正規登録している学生が2,400万人以上いるほか、国内の経済的に恵まれない家庭の学生1,000万人には、無料で学習を提供している。
AIの専門知識を持つ人材不足に困る、35%の企業
世界のテクノロジーリーダーの約3分の1が、AI/データアナリスト/オートメーションエンジニア(35%)、ネットワーク(36%)、サイバーセキュリティ(39%)の人材確保・維持に困難を感じているという。8月に発表された、インテリジェント・インターネット・プラットフォームであるエクスペリオが委託し、調査会社、IDCインフォブリーフが調査した報告書、『Enterprise Horizons 2024』で判明したことだ。
欧州、米国、アジア太平洋のグローバル企業の650人のテクノロジーリーダーを対象に、現在直面している機会と課題について尋ねた。世界中の最高情報責任者(CIO)にとっての最優先事項はAIであるにも関わらず、社内にAIの専門知識を持つ人材が不足していると、企業の35%が感じていることが判明した。
では、その不足分を補うために、外部の技術パートナーを頼ろうにも、CIOの約29%が、AIイニシアチブをサポートしてもらうにはパートナー企業が能力不足だと報告している。
AIのみでなく、ネットワーク関連の人材採用にも苦労している(36%)ほか、ネットワーク自体、パフォーマンス(38%)と柔軟性(38%)が欠けるという課題が世界中のCIOの頭痛の種になっている。
このような状況下で、慎重ながらも楽観的な見方が広がっていることも確かだ。約32%がAIの導入を慎重に進めており、44%はAIイニシアチブに熱心で準備ができていると、自社を位置付けている。カーパシー氏が世界最高のAIコースと自信を持つ「LLM101n」でAIを学んだ学生やAIを駆使した教育を受けた、いわばAIに育てられた学生が、世界的なAI人材不足を補う日はそう遠くないだろう。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)