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刻々と人口減少が進行する、日本の地域社会。その対策として子育てや健康づくりといったライフサポートが欠かせない一方、サービスの担い手が不足していることから、地域事業者の創意工夫に満ちたビジネスが求められている。需要と供給のバランスを見極め、価値を届けつづけるには、既存の枠組みにはとらわれない、新たな発想も必要になるだろう。
社会の変化にネットワークの力で対応しようとするのが、出光興産が推進する「スマートよろずや構想」である。同構想は、全国に点在するSS(サービスステーション。ガソリンスタンドを指す)を拠点に、給油など既存サービスだけでなく暮らしをサポートする多様な機能を提供することで、地域課題の解決を目指すものだ。SSを運営する事業者(特約販売店)と出光興産が協力することで、多角的に事業を展開する事例も多く、地方ビジネスの従事者にもヒントを与えてくれる。
「スマートよろずや構想」連載の第5回は、保険販売や温水プール、室内遊園地など、複数のサービスを提供するカワイ株式会社を取材。“地域コングロマリットの形成”を掲げ、多拠点で事業を進める同社には、どのような戦略があるのだろうか。未来の地域ビジネスモデルを探っていく。
100年の歴史を受け継ぎ、SSを超えたサービス網の形成へ
福井県内に3件のSSを構え、2カ所のスイミングスクールを運営する、出光興産の特約販売店、カワイ株式会社。SSにおけるカーサービスにとどまらず、家庭・業務・工業用LPガスの供給、エアコンや水回りのメンテナンス、女性向けスポーツジム「カーブス」の運営など、幅広い事業を展開している。同社は大正元年の創業以来、100年以上にわたり事業を変化させながら、社会のニーズに対応してきた。先人たちの意志を受け継ぎながら、2019年に代表取締役に就任したのが、河合 洋典氏だ。
河合氏「和紙や瓦といった伝統工芸が産業の中心だった当時の福井で、熱源としての石炭や木炭を販売したことが当社の始まりでした。やがてエネルギーの中心は石油やガスに移り、当社も主力事業をシフト。オイルショック前後からは、不動産など新たな事業にも進出しました。そして現在、石油需要の低迷に直面し、新たなニーズに応える必要に迫られています。人口減少が進む中、少しでも地域に貢献することは、会社の存続をかけた挑戦でもあるんです」
現在、カワイのエネルギー事業では、脱炭素時代を見据えた家庭用燃料電池や太陽光発電システムの販売を展開している。またカーメンテナンスやリースなど、給油以外のカーサービスも拡張させてきた。
河合氏「省エネ関連の事業は主に法人向けですが、まだまだ需要は小さく、どちらかというと投資領域という位置づけであり、未来に向けてエネルギー供給網を拡充することで、持続可能な地域社会に寄与できると考えているためです。SSという施設を生かしてモビリティやエネルギーに関する事業は引き続き拡大していくと同時に、より多角的に事業を展開するためには、SSという空間を超えたサービス網の形成が必要です」
出光興産が展開する経営カレッジでサポートを受け、河合氏が戦略として掲げたのが「地域コングロマリットの形成」である。カワイの商品やサービスを通じ、多くの人々を豊かにするためには、「多彩なサービス展開」と「各サービスをつなげた価値創造」の二つが必要だ。
河合氏「目指しているのは、SSを中心に複数の拠点を構え、全く異なるサービスを展開しながらそれぞれの顧客をつなぐ、いわゆるクロスセルの戦略です。生活インフラを提供するSSで顧客とつながり、それを起点に多彩なサービスを展開できれば、『スマートよろずや構想』の一助にもなると考えています」
では、カワイはどのように事業を多角化し、クロスセルを実現しようとしているのか。次より具体的な事例を見ていこう。
健康、子育てから、ビアガーデンまで、多彩な領域での事業展開
カワイが従事する事業は、「エネルギー事業」「くらし事業」「ウェルネス事業」に大別される。「くらし事業」では顧客のライフサポートにまつわる、さまざまな事業を展開してきた。
河合氏「LPガスの提供を起点に、ご家庭と接点を持ち、水回りやエアコンのメンテナンスをお手伝いしてきました。また対面ならではの信頼構築に着眼し、不動産売買も手掛けています。過去には住宅建築、携帯電話の代理店などにもチャレンジしましたが、撤退した事業も多いです。先代までがとにかく必死で、時代の変化に挑戦してきた結果なんだと思います。現在の主力事業は保険で、大手4社の代理店として、生命保険や損害保険を販売しています。保険を中心にした理由は、成功と失敗の繰り返しの中で、住宅販売のようなモノ売りより、保険のようなコト売りの方に、当社の強みを感じたからでした。この流れから、近年力を注いでいるのが『ウェルネス事業』です」
1983年に「武生スイミングスクール」を開校し、スイミングスクール運営に進出したことから始まった、カワイのウェルネス事業。現在は福井県内に2カ所の「KTPスイミングスクール」を運営している他、女性向けフィットネスの「カーブス」も展開している。
河合氏「会員制プールのKTPスイミングスクールでは、小さなお子さまからシニア世代までの各世代に向けたクラス、育児、健康増進、競技など幅広いニーズに対応するカリキュラムを提供しています。前身となるのは武生スイミングスクールで、当時通っていたスクール生のお子さまが、現在KTPに通っているというエピソードも聞きました。長年にわたりみなさまから親しまれることで、拡充していった事業だと実感しています」
そして2022年にオープンしたのが、武生中央公園内の温水プールだ。2階には室内遊園地「あそびマーレ」を併設し、広大な室内にサイクルカート、トランポリン、ボルダリングなど多くの遊具を充実させることで、親子が1日中遊べるサービスを実現。地域の子育て世帯に対し、知育や運動の機会づくりで貢献している。
河合氏「約13haもの敷地がある武生中央公園は、越前市の所有施設。もともと屋外プールなどがあったのですが、老朽化により再整備されたんです。その際に活用されたのが『公募設置管理制度(Park-PFI)』。施設の設置や管理において民間事業者を公募し、都市公園の魅力と利便性を向上させる制度なのですが、ノウハウのある当社がプールを新設する運びとなりました。プールとあそびマーレがある施設は、建物内を行政と民間が所有区分する“官民合築”というスキームが用いられていますが、これは全国的にも珍しい事例です。私たちもコンテナショップやビアガーデン、バーベキュー、テントサウナといったイベントを開催するなど、自由にサービスを展開できています」
「大人も子どもも楽しめる、夏祭りのような公園」という当初のコンセプトを実現し、現在は多くの人で賑わうコミュニティとしても機能している。官民連携のメリットは、リスクを抑えて地域に貢献できることだと、河合氏は語る。
河合氏「プールの運営費用は市の指定管理料で賄われ、その上で展開する自主事業の売上は、基本的に全てを利益化できます。リスクを抑えながら行政のニーズに応えることで、地域貢献ができる。このモデルは、地元事業者にとっても理想的です」
次々と新事業に挑むカワイに伴走するのは、出光興産中部支店の松浦 祐太氏だ。「自社のカラーを打ち出しながら、ノウハウのある領域を伸ばし、適切な形で事業を拡大している」と、同社の多角経営を評価する。
松浦氏「カワイさんの素晴らしい点は、単に手を広げるような事業拡大ではないということです。石炭、石油、次世代エネルギー、くらし、ウェルネスと、変革の土台にあるのは、常に時代の一歩先を見据えた戦略。さまざまな方向性を模索しながら、ニーズの高い領域を絞り、リソースを集中させて拡大する経営手法は、自ずと地域ニーズにも連動するのでしょう。スマートよろずや構想の先駆けだといえます」
多角化した事業を再びつなぐ、SSを中心とした経済圏
河合氏が挑む多角経営は、新規事業の拡張にとどまらない。各事業を“線”で結び、拠点のあるエリアを“面”でつなげることで、初めてクロスセルが実現するという。
河合氏「クロスセルの方法はずっと模索してきたのですが、結局はホームページやチラシでの告知にとどまり、思うように進展しませんでした。しかし最近、スマホアプリを作成し、SNSと連携させたところ、新たな兆しが見えてきました」
カワイは今年、既存のプラットフォームを活用し、自社独自のアプリを開発。これによりSSに給油で来た顧客に、市民プールの告知をしたり、あそびマーレを含むスタンプカードサービスを提供したりと、各事業をオンラインでつなぐことが可能になった。ユーザー数は開始2カ月で1,000人近くまで増加。次のステップとして「顧客の会員化」を目指すという。
河合氏「例えば、『スイミングスクールの会員はガソリンが割引』『SSの会員はあそびマーレが無料』など、カワイを一つのグループのようにご利用いただければ、これまでバラバラだった各事業で、横串のマーケティングが可能になります。LINEの代理店としてのライセンスも所有しているため、他の事業者とも連携すれば、新たな経済圏も形成できるかもしれません」
こうした狙いの背景には、クルマ社会という地域の特徴があるのだろう。主な移動手段が自家用車であれば、拠点が離れていても抵抗感はなく、多彩なサービス同士が連携することは、ユーザーにとってもメリットが大きい。
河合氏「何よりも、SSというお客さまとのタッチポイントが、私たちの最大の強みです。車が移動手段である以上、ガソリンはインフラ。しかもインターネットでは購入できません。必ずカワイに足を運んでいただける機会があるからこそ、給油以外のサービスを展開し、一つひとつをつなげることができるわけです。この発想は、単なる多角経営からは生まれなかったと思います」
松浦氏「河合さんは経営カレッジの中で、健康ニーズや女性の活躍、DX、カーボンニュートラルといったソーシャルニーズを捉えていました。それらが戦略に応用されているから、商機をキャッチできるのだと思います。加えて、長年にわたり築かれたお客さまとの信頼関係も、事業の基盤になっているはずです」
河合氏「石油という切り売りの商材を扱ってきた、当社特有の企業体質も大きいです。石油のような単価の小さな商材で、少しずつ利益を積み上げてきた当社は、日々お客さまと顔を合わせながら、コミュニケーションと信頼を重ねることに、価値創出の源泉があります。プールのような会員制ビジネスも、そうした延長線上にあるのです」
未知なる領域に挑むため、必要なのは人材育成
地域のニーズに対し、SSを拠点とした多角経営で応えるカワイのビジネスは、スマートよろずや構想の先駆的事例となる。同構想を「魅力的」だと語る河合氏は、SSにもポジティブな未来があると考えているようだ。
河合氏「SSを小売業と捉えてしまえば、地域の人口減少は経営難に直結します。しかし業態に縛られないビジネス展開の中心としては、SSには無限の可能性があるはず。モビリティ一つとっても、カーシェアリングや電動キックボード、ドローンまで、提供できる価値は幅広いです。自社の強みと地域ニーズを見極め、お客さまに貢献できるビジネスにシフトすれば、未来は暗くはないと考えています」
松浦氏「カワイさんをはじめ特約販売店さんへは、全国的な情報の連携強化も進めており、最近は特約販売店さん同士が取り組みを紹介し合うマッチングサイトも運営しています。カワイさんの成功例や分析力、チャレンジ精神についても、他のみなさんへ共有していきたいと思います」
河合氏は今後、どのような形で「地域コングロマリットの形成」を体現していくのだろうか。向こう100年の展望を聞いた。
河合氏「当社が創業100周年の時に掲げたビジョンは、『100年の絆 200年への架け橋』です。カワイは最初の100年の歴史の中で、不況や戦争、従業員の徴兵など、さまざまな危機に遭遇してきました。そうした境遇においても事業を継続できたのは、お客さまや従業員を含む、人の支え合いがあったからです。だからこそ私たちも、人とのつながりを大切にしてきました。特に人材は重要で、次の100年は一つの商材に依存できないことからも、柔軟な発想が求められます。そんな時、一人ひとりの従業員が社長のような姿勢で、新たな事業に取り組めば、もっと多彩な価値を創造できるはず。100人の社長がいれば、100の領域に挑めるわけです。人を大切に、チャレンジングな育成を強化することで、100年先の未来に貢献したいと考えています」
「コングロマリット」という野心的なワードを、地域社会から実現させようとするカワイ。地域×コングロマリットという独創性に満ちた戦略には、どのような可能性が秘められているのだろうか。挑戦をつづける特約販売店とのシナジーにより、日本の地域社会にインパクトをもたらそうとする、スマートよろずや構想の今後に期待したい。
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