ギャラップ社がつい先だって発表した「State of the Global Workforce(職場の従業員意識調査)2024」レポートによると、英国の従業員の実に90%が職場でエンゲージメントを感じていないことが明らかになった。職場でのエンゲージメントレベルがわずか13%と、エリア別で世界で最も低い欧州にあって、英国はさらに下がって10%ということになる。
マッキンゼー社他の調査によれば、英国では過去3年間で20~40%の従業員が「現在の勤め先を辞めたいが、実際には辞めなかった」と回答。これは「静かな離職(クワイエット・クイッティング)」の状態を示す。エンゲージメントレベルが低い従業員は、企業とほかの従業員の両方に悪影響を及ぼすという。
英国の従業員のエンゲージメントレベルが低いのはなぜか、そして企業はこの問題にどのように取り組んでいるのかを紐解いてみよう。
欧州諸国38カ国にあって、メンタル面で苦労する英国従業員
「State of the Global Workforce(職場の従業員意識調査)2024」レポートによると、2023年、世界の従業員の平均エンゲージメントレベルは23%。2020年から着実に上がってきたものの、残念ながら2023年は2022年同様で、頭打ちに終わった。これは2023年、160カ国以上の約13万人の社会人を対象にギャラップ社が行った調査の結果だ。
同レポートによると、英国の従業員の40%が調査前日にストレスを、20%が怒りを感じているという。欧州諸国38カ国中でキプロス共和国に次ぐ2番目に高い割合を示すのが、前日悲しみを感じていた従業員の割合で、27%を占める。どの割合も、欧州諸国の中でも、半分より上と不名誉な結果に終わっている。
英国オックスフォード大学ウェルビーイング・リサーチ・センターが、ワーキングペーパー「Workplace Wellbeing and Firm Performance」を2023年5月に発表した。職場のウェルビーイングが企業の業績と連動していることを明らかにしたこのペーパーによると、意欲的で幸せな従業員は、病欠が少なく、生産性が高く、創造性に長け、職場の人間関係も良好だという。その一方で、やる気がなかったり、不満がある従業員は、現在の職場ではなく、違うところで働きたいと考える傾向があるそうだ。
逼迫する英国労働市場の影響で増える「静かな離職者」
ギャラップ社の同レポートでは、現在の雇用状況をどう見ているかや離職の意志についても調査している。雇用状況が「良い」と回答している人は48%、「新しい仕事を探している・積極的に探している」のは31%となっている。
マッキンゼー社他の過去3年間の調査で、「現在の勤め先を辞めたいが、実際には辞めなかった」という従業員は、企業の20~40%を占めることがわかっている。つまり、企業の5人~2.5人に1人は「静かな離職者」なのだ。こうした人たちは、仕事への不満がある確率が非常に高く、ほかの従業員の3倍にも上るという。
ギャラップ社の同レポートによれば、従業員のエンゲージメントレベルの低さには、経済的要因が関係していると指摘する。国家統計局(ONS)によれば、失業率は今年の4月までの3カ月間、それまでより0.1ポイント上がり4.4%だった。これは2021年9月以来、最も高い割合だ。
今年4月から6月にかけて、英国の推定求人数は前四半期比3万件減少し、88万9,000件だった。依然としてコロナウイルス・パンデミック前の水準を上回っているが、求人数は24期連続で、前四半期比で減少している。
こんな風に労働市場が逼迫していると、現職に不満があり、辞めたいと思っても、次の仕事が見つかるかどうかわからない。不安感にかられ、従業員は結局「静かな離職者」になる。
英国の従業員のエンゲージメントレベルの低さは産業革命にある
ロンドンビジネススクールの組織行動学教授のダン・ケーブル氏は、英国の従業員のエンゲージメントレベルが低い原因を、産業革命によってもたらされた技術、仕事のやり方、官僚的な管理方法にあり、企業によっては依然としてこれらが慣行されていると指摘する。マネージャー層は当時同様、標準化された業績評価基準、インセンティブ、罰則による管理を行っているという。
従業員が何か新しいことを試したり、専門分野を超えて仕事をしたり、スキルを披露したり、自分の働きが最終製品にどのように反映されたかを確認したりといったことをするのは、このような環境下では不可能だという。こうした企業が従業員のエンゲージメントレベルを下げている。
エンゲージメント・コーチ社の創立者でCEOを務めるアムリット・サンダール氏も、ケーブル氏同様、英国のエンゲージメント・レベルの低さは産業革命に起因すると考える。労働時間や労働条件はその後改善されたが、「トップダウン」という当時の考え方は変わらなかった。企業内の階層構造と、国に根付いた社会階級制度のせいだという。
サンダール氏は、従業員が帰属意識を持ち、誰もが機会を平等に与えられ、全員が同じ目的に向かって働いていると実感できて初めて従業員エンゲージメントレベルを改善することができるだろうと予測している。
英国で50兆8,500億円、世界で136兆8,000億円の損失
従業員が離職を躊躇し、「静かな離職者」は増え、そのコストは無視できないものになってきている。
マッキンゼー社の調査で、「静かな離職」によるコストと、実際の離職によるコストとが、ほぼ同額になることがわかった。平均的な大企業の場合、賃金総額の約4%に上ると試算している。ギャラップ社のレポートによれば、2023年にその金額は、英国では2,570億ポンド(約50兆8,500億円)に上ったという。ちなみに、低いエンゲージメントレベルが世界経済にもたらす損失は、ギャラップ社の推計で、8兆9,000億ドル(約136兆8,000億円)に上るそうだ。
英国全土にわたる、企業、労働者、コミュニティにとっての生産性について研究する組織、プロダクティビティ・インスティチュートによる、2023年の「プロダクティビティ・アジェンダ」によれば、英国は生産性が低いのはもちろん、伸びが特に問題だという。2010年から2022年までの、労働時間1時間当たりGDPの年間平均伸び率はわずか0.5%。将来的に人々の生活水準を向上させるには、年間生産性成長率を約1.5%以上に高めなくてはならないそうだ。
企業は、マネージャーを上司ではなくコーチとして再配置すべき
ギャラップ社の調査によれば、世界中の職場のエンゲージメントの差異の約70%は、マネージャーに直接起因しているそうだ。
その傾向は日本においても明らかだ。ギャラップ社が日本の従業員を対象に、職場について尋ねたところ、上司への意見が相次いだという。仕事の指示、フィードバック、仕事の目的などを聞かされておらず、上司とコミュニケーションがとれないことを問題視する意見が目立った。ほかには、仕事に大きな影響を与えるのは、会社のシステムや経営幹部ではなく、直属の上司だという意見、マネージメント能力がない人がマネージャーになっているという批判も挙がった。
同社のワークプレイス部門の主任研究員であり、職場の有効性についての多くの著作もあるジム・ハーター博士は、マネージャーが従業員を励ますという役割を果たすことの重要性が、これまで以上に差し迫っていると指摘。マネージャーのエンゲージメントレベルと、従業員のそれは正比例する関係性にあるという。企業が従業員のエンゲージメントレベルを向上させるためには、職場で効果的に従業員を指導できる才能とスキルを持つ管理職を選び、育てることが重要。また、管理職の責任を再定義し、管理業務から指導業務へと移行させることも求められる。これには、常に従業員と対話し、フィードバックを提供することが必要であるという。
ギャロップ社の主要パートナー、アナ・ソーヤー氏もハーター博士と同意見だ。企業は、マネージャーを上司ではなくコーチとして再配置すべきであると、ビジネスリーダー向けに情報を発信するウェブサイト・ラコントゥアにて提言。マネージャーは従業員の業績評価をするのではなく、各人に対して何を期待するかを明確にすること、定期的に話し合うこと、そしてそれぞれの仕事を会社のより大きな目標と結びつけることといった、従業員の心理的ニーズに対応することが、エンゲージメントレベルの向上につながるとソーヤー氏は強調している。
世界の金融テクノロジー業界向けの独立系通信社、Finextraも、従業員は仕事の意味と目的の面で、雇用主や上司に多くのことを期待していると指摘する。自分は何を期待されているのか、仕事の目的は何なのか、所属するチームとのつながりと支援が感じられるかは、人間の普遍的なニーズであり、それを満たすのが上司のあるべき姿だとする。これらが満たされれば、人は必然的にモチベーションが上がり、革新性・創造性を持って、情熱的に物事に対処するはずだという。
上司は、従業員のエンゲージメントレベルが低いと批判する前に、自分が十分に従業員とコミュニケーションをとっているかどうかを考えなくてはいけない。そして企業はマネージャーの役割を再考すべきだろう。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)