スタートアップエコシステム調査機関であるStartupBlinkはこのほど、2024年都市別スタートアップエコシステムランキングを発表した。
同ランキングは、投資家や優良顧客、共同創始者候補、チームメンバー、信頼できるサプライヤーや膨大な知識ベースの有無をベースにしたエコシステムで計測。同社は、「適切なリソースやサポートが整ったロケーションがスタートアップの成功のカギ。間違った市場にいると気づいた場合には移転するか、その市場でリーダーとなるべき」としている。
AIが後押しする不動のトップ
今年のランキングでもトップを飾ったのはサンフランシスコだ。今年は第2位のニューヨークとの差をやや広げ、AIスタートアップの拠点であるサンフランシスコの強みを際立たせた。一方でニューヨークは2017年から第2位を堅持しており、3位のロンドンとの差を大きく開けているのが特徴だ。
3位のロンドン以下、ロサンゼルス、ボストン、北京と続きこのトップ6都市が「ビッグ6」を形成し、7位以下と50%近くもの大差をつけているのも特徴だ。トップ10圏内には順に、上海、バンガロール、テルアビブ、パリといった顔ぶれがそろう。
ランキング入りするアメリカの都市
アメリカでは今年4月に17万5,000件の雇用が創出されたというものの、過去6カ月間で最低の数字を記録、その後5月には27万2,000件の創出があり回復傾向にある。雇用数の減少は転職者や求職者にとって向かい風となるが、テック関連の求人は堅調とのこと。
クラウドやデブオプス、データなどが例として上がるが、求人検索サイトのIndeedによると、ソフトウェア関連の求職数はやや減退気味。一方でAI関連の求人数は15.7%の伸びを見せている。
ただし、アメリカ国内で仕事を探すのであれば、スタートアップエコシステムランキングを参照し、スタートアップのエコシステムが整い、新生スタートアップや関連企業が多く集まるサンフランシスコやニューヨークでの仕事探しが有利になるとしている。
今回もサンフランシスコが断トツで1位ではあったが、その背景にあるのがAI関連スタートアップだ。ServiceNowやUdemy、Datadogが拠点を構えている他、GrammarlyやSnap Inc.もサンフランシスコにある。
StartupBlinkの別のレポート「AIスタートアップ向けの都市ランキング2024」でもサンフランシスコは大差で第1位に君臨している。2位の北京とは3倍以上のスコア差をつけ、シリコンバレーの強さを物語っている。
OpenAIがあるのもこの地で、AI研究ラボVicariousなどの有力な支援組織もある。またビッグ・テックの莫大なネットワークや非常に優秀な人材、長期にわたり継続しているスタートアップ文化があるのもサンフランシスコの特徴だ。さらに、スタートアップを支える規制の枠組み、魅力的な投資シーンなど、スタートアップが展開し成功する風土ができ上っていると言える。
テック系スタートアップへの融資で知られるシリコンバレー銀行が2023年3月に経営破綻したものの、政府の金融当局が全額保護などの異例の対応を速やかに行ったことで大規模な金融不安をまぬがれたことも記憶に新しい。
また当地のスタンフォード大学をはじめとする教育機関の存在も、エコシステムの中核となっている。優秀な学生がスタートアップを始めやすい環境であり、都市そのものが学生にスタートアップを奨励しているのだ。
また、コラボレーション文化、資金調達のしやすさ、整備されたインフラ、リスクを受け入れる気風があるサンフランシスコは、大きなインパクトを与え世界的に認められる「何か」を創造するには、最適な条件が整ったトップ都市のようだ。
第2位のニューヨークは、世界一の金融都市であると同時に、6,000社ものスタートアップの拠点でもあり、119のユニコーンもニューヨークがベース、サンフランシスコ同様に良好なエコシステムを備えている都市だと言える。特にEコマースとリテール、フィンテック、フードテックの3分野でのスタートアップが盛んで、ニューヨークのスタートアップのうちこの3分野だけで24%を占めている。
ニューヨークはまた人口が1,000万人以上いることも魅力で、インフラが整備されているという点でも評価されている。
インドはバンガロール
アメリカ以外の都市で今年注目されたのは、8位を維持したインドのバンガロール。インドでは俳優になりたければボリウッドの拠点ボンベイへ、スタートアップならバンガロールへという定説がすでに定着している。
その理由として、前述都市と同様の資金などへのアクセスのほか、インド国内でもテクノロジー発展が目覚ましいこと、生活コストの優遇策、数多くのミートアップやイベント開催、ベンチャーキャピタルとエンジェル投資家の多さなどが挙げられ、インドが誇るスタートアップ都市としてそのポジションを堅持。
ただし、インドではニューデリーがベルリンを追い越して11位に上昇し、トップ10入り間近とも見られている。
トップ10圏外もアジアで急上昇の都市
アジアではシンガポールが16位に急上昇した。前年から4ランクアップ、2020年からの統計では16ランクアップし、深センを追い越してアジアでは第6位だ。
今回トップ50入りを果たしたアラブ首長国連邦ドバイは、前年から8ランクアップ、2020年からは89ランクアップしている。
ドバイの成長は、政府の経済開発局が主導でスタートアップの成長を支えているという背景がある。ドバイには業種に応じて外国企業などが恩恵を受けられるフリーゾーン(経済特区)がいくつもあり、企業の成長を支援する仕組みが以前から確立している。こうしたフリーゾーンでは最先端の施設を利用することも可能で、スタートアップの成長を支えてくれる。
またDubai Startup Hubでは、スタートアップへのアドバイスや投資家とのつながりといったサービスの提供もしており、これも政府の取り組みの一環だ。ドバイ博覧会を成功裏におさめ、主要な国際会議が開催されるなどドバイの成長はスタートアップでも見られそうだ。
今回ランクを落としたのが13位のベルリン、23位のサンパウロだ。
ただしサンパウロは依然としてラテンアメリカ唯一のトップ3%エコシステムとしてその存在を堅持。ベルリンは、他の都市の台頭によってランクを落とした形で、特定の要因があるわけではない。ベルリンそのものは、オープンな風土と比較的安価な生活費、多様なエコシステムによる多様なスタートアップの支援、そして政府の取り組みも健在だ。
日本の都市のランクと政府の取り組み
日本の都市は、東京がランキング変わらず14位、京都が3ランクアップの169位、大阪が15ランクダウンの146位という結果だ。
日本は経済産業省が2022年にスタートアップ創出元年と銘打って育成5カ年計画を発表している。日本経済の成長にスタートアップの勢いは欠かせない存在としながら、着手したのはわずか2年前、5カ年計画も半分を過ぎようとしている。
東京の、そして日本のスタートアップエコシステムがランクを上げない理由は、経済体系が歴史的に自己充足型であることも指摘されている。企業の世界進出を阻んでいるのは言葉の壁であり、海外からのスタートアップも同じ問題で日本に進出しにくいのが現状。価値あるコラボレーションや知識の交換といった貴重な機会を逃しがちだと指摘されている。また日本は、海外の投資家から資金調達をするにもハードルが高いことで知られている。
こうした問題を対処すべく、東京都はGlobal Innovation with STARTUPS計画を2022年に発表し、Tokyo Innovation Baseを設立するなどエコシステムの国際化を目指す方向ではある。同計画は2027年までに官民のパートナーシップを10倍、ユニコーンやスタートアップの数を10倍に増やすという目標を掲げている。
なおStartupBlinkのレポートでは東京・横浜というくくりであることも付け加えたい。東京・横浜はセールス&マーケティングやハードウェア&IoT、環境とエネルギーの産業で世界のトップ10以内にランクインしている。
エコシステムの評価方法は他にも
StartupBlink社の評価指標は量・質・ビジネス環境の3要素を反映しているとされているが、別の指標を使用する、Startup Genomeの2024年レポートも発表されており順位はサンフランシスコが同じく1位、東京は10位に浮上している。
サンフランシスコ一強と大きな変動の無かったスタートアップのエコシステムランキング。AIが目覚ましい発展を遂げ、リモートでさまざまなことが可能になり、ネットで世界中が簡単につながる時代でありながらも、拠点の周辺環境がスタートアップの発展に重大な影響を与える要因であるのは、興味深い事実だ。
文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit)