スペイン発の55歳以上の利用者を対象にしたSNS「Vermut(ベルムット)」をご存知だろうか。4年前に誕生し、社会交流できる場所をオンライン・オフライン(リアル)ともに探すことができるアプリだ。

アプリが生まれた背景にはスペインの高齢化社会がある。

今年初めに発表されたデータによると、2023年1月時点でスペインにいる65歳以上の人口は968万人に達し、総人口の約5分の1を占めたという。50年後までにさらに約700万人増えるという予想もある。一方で出生率が低くなっているため、日本と同様、少子高齢化の道を着実に歩んでいるのだ。

高齢者が増えたことでさまざまな課題があるが、Vermutが注目したのは「高齢者の孤独」。

かつては2世代、3世代が同じ家に暮らし、老後には介護サポートをする家族の姿が見られた。ところが、現在は家族構造が変化し、一人暮らしや高齢夫婦だけで暮らす世帯が増加している。

その上、以前よりも地域との結びつきが弱くなった。特に都心部では住民の入れ替わりも激しくなったため、顔見知りが減り、地域コミュニティが希薄化し、社会的な孤立感を抱える高齢者も少なくない。

このアプリの創業者の1人、フェルナンド・デレピアネさんに高齢者向けのSNSを作った理由や今後の展望などを伺った。

共同創業者のエンリック・ドゥランさん(右)とフェルナンド・デレピアネさん(左)

利用者9万人突破、家族のあり方変化し高齢者が孤独化

――Vermutについて教えてください。

55歳以上の人たちが新しい友達と出会うことができるSNSです。4年前にスタートしたSNSで、多くの人が抱える孤独感をなくすことが目的です。スペインでは多くの高齢者が、日々会う友人や社交性のある社会的なネットワークを持っていないんです。中には、年に数回家族で集まるイベントだけが社会との繋がりになっている人もいます。

そこでVermutでは、その人の住む町でアクティビティを企画して、近くにいる人たちと会うことができるようにしているんです。通常のSNSでは、ユーザーが画面の中にいる時間をマネタイズするので、SNS事業者は利用者がソファや自宅で投稿や広告を見てもらえるようにSNSを設計します。でも、私たちはそうではなく、人々が街へ出て、生活の中で実際に人と会うように働きかける仕組みにしているんです。

――Vermutでのアクティビティは誰が主催しているのですか?

Vermutには「パートナー」と呼ばれる人たちがいます。例えばヨガの先生や哲学や歴史の先生、パーソナルトレーナーのような人だったりします。そうした人がアクティビティを企画しています。

またはユーザー自身がアクティビティを主催することも可能です。アプリで簡単に作成できるので、例えば、散歩に行こう、夕食に行こう、劇場で演劇を観よう、などと企画して、一緒に行きたい人を募ることもできます。

技術的にもとにかく簡単にアプリを使えるのが魅力だと思っています。この簡単で55歳以上の人たちのためのSNSというのは、世界的に見ても他にないのではないでしょうか。

「ビーチへ行こう」と利用者自ら企画するアプリのデモ画面

――そもそも“Vermut”とはどういう意味の単語なのですか?

Vermutとは、ワインベースにハーブやスパイスを漬けて作られるお酒で、スペインでは食前酒として楽しまれています。でもこの言葉は飲み物だけでなく、人々が会って交流する文化自体も指すんです。

どういうことかというと、日曜日などに昼食の前や夕食を自宅で摂る前に、散歩に行くんですよね。散歩中にカフェやバーに立ち寄って、友人と会って、おしゃべりをする。それから家に戻ってランチやディナーを楽しむ。この儀式とも呼べる文化は、60代以上の世代の人がよく行うものです。

だから、利用者の皆さんは「Vermut」と聞くと、お酒だけが目的ではなく、人に会って社交的になるためのものだと理解してくれると考えて、SNSの名前をVermutとしました。

――利用者の数は何人ぐらいいるのでしょうか?

現在、9万人います。うち8万人がスペインでのユーザーです。あとアメリカに2〜3,000人、アルゼンチンやコロンビアなどにも利用者がいますよ。いずれ日本にも進出したいと思っています。

利用者全体のうち、70%が女性です。やっぱり女性は社会的スキルが男性よりも高いと思いますね。

現状、男性は全体の25〜30%に留まっています。男性が少ない理由を分析していますが、彼らの多くはVermutで新しい友人ができても何の話をしたらいいのか分からないようです。

また家庭内での役割の変化も関係していると考えています。現役時代には家族のために働き、家族を支える存在でした。でも定年後はその役割を担っていない。役割がなくなって、定年退職後の生活に不安を抱えている感じがします。だからこそ外に出て話をするといいと思うのですが、多くは「私はVermutをやる必要はない。私は大丈夫だ」と、こもってしまう。そして妻だけがVermutのアクティビティに参加する例も少なくないですね。

――高齢者はなぜ孤独になりがちなのでしょうか?

歴史的に見ると、以前は平均寿命が短かった。もっと言えば、健康でいられる寿命はさらに短かった。だから定年退職した数年後に子どもと同居して、短い時間を一緒に過ごす光景がよく見られました。

でも今は必ずしもそうなるとは限らない。人々の仕事が“グローバル化”したので、多くの若者が地元を離れて、他の都市や国に行くようになりました。だから、高齢者の中には自分の子供たちが自分の街に住んでいないことがある。近くにいたとしても息子や娘たちも親のために暮らさない選択をする人もいますしね。

最後の理由としては、退職後に離婚や別居をする人が多いことです。一人暮らしになる人がたくさんいる。退職すると、仕事もない。かつ子どもも成長して、子育ての必要もない。仕事や子育てをすべて取り除くと、定年退職した人が社会生活に戻るのは本当に難しくなるんです。

――利用者からはどんな声がありますか?

10人中8人が「人生を変えるもの」だと答えています。

例えば、ある女性は夫と死別して、「人生もうダメだ」なんて思っていたけど、Vermutとの出会いに完全に救われたと話してくれました。「今はいい友達もできたし、毎週出かけて本当に楽しい」と言ってくれています。そう言われるとすごくやりがいがありますね。アプリの中で魔法が起きているような感じです。

利用者たちが交流する様子

社会的なつながりが健康への道

――Vermutを始めた理由を教えてください。

新型コロナが感染拡大していた時、私たちは完全に外出できなくなりました。この期間は、もう1人の創業者であるエンリックと私にとって、それぞれの両親を見つめる機会になったんですよね。

お互いの両親はすでに退職していたのですが、彼らがどんな生活をしていたかというと、食料品の買い出しに出かけて、ちょっと運動して、一日中テレビを見て、薬局に行って、料理を作る。それで1日が終わるんです。当時は、両親の社会生活が本当に縮小していたのを実感しました。私はなんだか悲しくなりました。でもこれは私たちの両親だけの話ではなく、スペインの多くの高齢者が同じような生活を送っているんです。

後日データを調べたところ、社会的な繋がりがないと、精神疾患を患う可能性が高くなるそうなんです。孤独になることが、健康を損なうことにつながると証明されていると知って驚きました。

一方で、私たちはこの「55歳以上」というターゲットグループが巨大でありながら、誰も注目していないと思ったんです。さらにこのターゲット層、いわゆる元気な高齢者は意外と社会の狭間にいることにも気がつきました。

彼らは若い世代、中高年世代には当然属さないが、病院にかかりっきりの人々のグループでもない。寿命が伸び、70代、80代でも、精神的にも、身体的にもまったく問題ない人がたくさんいますが、そうした人が取り残されている。だから私たちが彼らのためのプラットフォームを作り、良い生活を送れるようにしようと考えたのです。

Vermutで働く人々

――Vermutは基本的に無料で利用できます。会社はどのように利益を得ていますか?

利用者は基本的に無料で利用できますが、月額、年額払いの有料メンバーシップもあります。

またパートナーからは、アクティビティを主催するにあたって、毎月20ユーロから50ユーロのプラットフォーム利用料をいただいています。

このほかに現在は、BtoBでの利用促進にも力を入れています。私たちは広告を期待しているわけではありません。例えば、55歳以上の従業員や55歳以上の親を持つ従業員がいる企業に、福利厚生として提供したいと考えています。企業間取引で、会員にサブスクリプションの料金を支払ってもらうことで、別の収益源を確保するという考えです。すでに複数企業と話が進んでいて、早ければ今年9月に取引開始する企業があるかもしれません。

――今後、取り組みたいことはありますか?

ええ、もちろんありますよ。私たちは、人々の老いに対する感覚を変えたいと思っています。

私たちの目標のひとつは、社会から老いに対する恐れをなくすこと。そのためには、社会的な偏見を変えるべきです。私たちができる最初の一歩が、変化をもたらす機会を作ることです。

利用者の皆さんにアクティビティやコミュニティを楽しんでもらうことが第一。そして次のステップは、利用者がコミュニティ内で影響力を持ったり、旅行ができるまでに仲良くなることです。第三段階としては、利用者がコミュニティ内での影響力を利用して収入を得ることができるようになることです。

具体的な内容などは今後決まって行く予定です。ただ、人々が長生きするようになると、年金だけでは足りなくなるので、何かしら定年後も仕事などをし続けなければならなくなります。将来的にはそういうこともできたらいいなと考えています。

文:星谷なな
編集:岡徳之(Livit