SlackのイノベーションセンターであるWorkforce Labが、2024年3月、アメリカ、オーストラリア、フランス、ドイツ、日本のデスクワーカー1万人以上を対象にした労働力インデックス調査を行った。

調査によると、96%の経営層がAIを迅速に事業に取り入れる必要性を感じ、今後18カ月以内にAI導入を目指す割合は前年の5%から35%に増加した。また、デスクワーカーのAI利用率も、昨年9月から60%増加している。

MicrosoftとLinkedInが行った31カ国、3万人以上を対象とした最新調査「2024 Work Trend Index」によれば、企業の90%以上が何らかの形でAI技術を導入しており、特に、データ分析、自動化、顧客サービスの分野での利用が目立っている。

タイプライターからコンピュータへ、携帯電話からスマホへと、過去30年間で私たちは大きな技術革新を経験してきた。AIもまた産業や生活に大きな変革をもたらす技術であることは確かだ。2024年はAIが職場で本格的に導入される“元年”だという声もある。

このような変化のなか、優秀な人材確保が急務になっている。「2024 Work Trend Index」調査によれば、約70%の経営者が実務経験よりも、経験が浅くてもAIスキルを持つ候補者を優先して採用すると回答。

これは、Z世代のキャリアに大きなチャンスをもたらしている。1990年代半ばから2012年くらいに生まれたZ世代は、生まれた時はすでにインターネットから多くの情報にアクセスできる環境が整っており、デジタルネイティブ、SNSネイティブとして育ってきた。上の世代に比べ、新しい技術に抵抗がなく、ツール習得が比較的容易であるといわれている。

LinkedInの副社長兼労働力エキスパートであるAnnesch Ramanは、「プロンプトエンジニアリング、機械学習、データリテラシーなどの基本的なAIスキルを学ぶことは、経験豊富な人々と競争するうえで保険になる」と述べている。「AIへの期待はまだピークに達しておらず、むしろ始まったばかり」と現在の状況を分析するのは、Microsoft Copilotのジェネラルマネージャーであり、Microsoft WorkLabの共同創設者であるColette Stallbaumerだ。

新たな雇用の条件として、AI適正が中心に。経営層は、77%がキャリアの浅い人材でもAIによってより大きな責務を負うようになり、71%が経験豊富な人材よりも、経験が浅くてもAIスキルのある人材を雇用し、66%がAIスキルのない人材は雇わないと回答。2024年5月にリリースされたMicrosoftとLinkedInの合同調査「2024 Work Trend Index」より

AI活用をリードしている産業とは?

では、どの産業がどのようにAI技術を活用しているのだろうか。AI導入が進んでいる主な産業と活用例を挙げてみよう。ここでは、AI技術そのものを開発、提供するテクノロジー産業は除く。

■金融

リスク管理、予測分析、顧客サービスの向上、トレーディングアルゴリズムの開発や詐欺検出システムの構築など。高速で正確な取引や詐欺検出が求められるため、機械学習やデータ解析が重要な役割を果たす。

●JPモルガン・チェース:膨大なニュース記事などを解析し、表面化していない有望トレンドをテーマ別にインデックスするAI搭載投資ツール「IndexGTP」をOpenAIと共同開発

●キャピタルワン:詐欺検出システムのAI化、顧客行動分析によるマーケティングの最適化

■小売・Eコマース

顧客データの分析や個別の購入履歴に基づくパーソナライズされたサービス提供、在庫管理や価格設定の自動化などに生成AIを活用。

ウォルマート:AIチャットボットによる仕入れ先との交渉の効率化、顧客体験の向上、在庫管理や配送ルートの最適化

ナイキ:アスリートから収集したデータを活用して、AIがデザインしたスニーカー「A.I.R」を発表

ランニング、フットボール、バスケットボール、テニスの分野で活躍する13⼈のアスリートとナイキのクリエイティブスタッフが、⽣成AIを⽤いてフットウェアデザインを構想、13のコレクションが誕生した ©Nike, Inc.

■エンターテインメント・メディア

自然言語処理、画像・動画解析、自動編集、GAN(敵対的生成ネットワーク)などを活用し、コンテンツ、パーソナライゼーション、編集、ローカリゼーションなど、制作からマーケティングまで、全工程でAI技術が投入されている。

Netflix:パーソナライズされたコンテンツのレコメンデーションや予告編、レビュークリップ、ストリーミング品質の最適化。視聴データを分析によるトレンド予測

Universal Music Group:音楽トレンドの分析、ヒット曲の予測のほか、専門知識がなくてもユーザーが音楽を作成できるAIによる音楽生成ツールを提供

■医療・ヘルスケア

患者のデータ解析や医療画像の処理、治療計画の最適化などにAIが活用されている。また、度の高い診断支援システムや新薬開発のためのデータ解析も進んでいる。

GEヘルスケア:画像内の微妙な差異を検出し、MRI、CT、PETスキャンを含む様々な種類の医療スキャンの効率と精度を向上

●Exscientia:従来の医薬品開発とAIのデータ分析を用いて薬剤設計のための予測モデルを構築。マウスではなく、生きた患者の組織サンプルで、患者の遺伝子、環境、ライフスタイル等の特性に基づき、プレシジョン・メディシンを開発(最も効果的で安全な治療法を選択する新しい医療アプローチ)

AIによって働き方が変革される

AIは新卒の仕事の内容、責任も大きく変えると言われている。IBMのグローバル教育と労働力開発の副社長であるLydia Loganは言う。「新卒の仕事といえば、私も含め、電話応対やファイル整理でした。今でもそうでしょう。ですが、AIによって管理業務が自動化されると、AIスキルをもつ新入社員は、より高いレベルの職務を担当するようになることが予想されます」。前述の「2024 Work Trend Index」調査でも、AIスキルを持つ若手社員は昇進が早く、重要なプロジェクトを任される確率が高いと言っている。

AI導入は、働き方自体にも影響を与えると言われる。「2024 Work Trend Index」調査では、ボストン大学ビジネス・クエストロム・スクールの経営・組織学部研究准教授Constance Noonan Hadleyのコメントを引用し、働き方についての再定義を問いかける。「過去数十年、企業は新しい世代や労働のトレンド、そしてパンデミックの影響を受け、“なぜ働くのか”を従業員と再考してきました。そして今、企業は“どうやって働くか”を改めて取り決める局面にきています。AIの進化によって、従業員が仕事を行う方法や手段に対してより大きな裁量権や自律性を持つことができるからです」。

AIによる管理業務の自動化で、自分の仕事をより戦略的に管理できるようになり、業務効率が上がるだけでなく、仕事に対する満足感も向上する。また、日常的なタスク効率化で得られた時間を、創造的な業務や新しいプロジェクトに費やすことができ、AIと連携して働くことで専門性を深め、キャリアアップの機会も広がる。

しかしながら、この変革にはリスクも伴う。例えば、裁量権や自律性に伴う責任も増大し、経験が浅い若手社員はストレスやプレッシャーに常にさらされ、メンタルヘルスに悪影響を及ぼす可能性がある。また、AIツールに依存することで問題解決能力や創造力が低下につながる恐れやAIスキル不足によるキャリア停滞なども指摘されている。

Z世代が新しい時代の担い手に

「2024 Work Trend Index」調査によれば、プロフェッショナルの45%が、AIによって自分の仕事が取って代わられると心配しており、ほぼ同じ割合(46%)が、今後1年以内に転職を考えると答えている。さらに2030年までには仕事のスキルの半分が変化し、その変化を生成AIが68%まで加速させるという予測がある。この変化に対応するため、採用担当者の1割が生成AI活用に特化した新しい職務をすでに創設しているという。AIの責任者の数も、過去5年間で3倍に増加し、新たな必須のリーダー職として注目されている。

LinkedInのJobs on the Rise(アメリカで最も急成長している職種)によると、3分の2以上が、20年前には存在しなかった職種であることが示されている。新しい労働市場が形成されつつある今、Z世代がAIと共に新たな道を切り拓く重要な役割を果たすのではないだろうか。

LinkedInが発表したアメリカで急成長している職種25種。トップ10は以下の通り。1)Chief growth officer、2)Government program analyst、3)Environment health safety manager、4)Director of revenue operations、5)Sustainability analyst、6)Advanced practice provider、7) Vice presidents of diversity and inclusion、8)Artificial intelligence consultant、9)Recruiter、10)Artificial intelligence engineer。AIスキルが直接関連する職種だけでなく、データ分析やデータ解析による予測など、これらすべての職種に共通して重要な役割を果たしている

文:水迫尚子
編集:岡徳之(Livit