企業における持続可能な事業推進がスタンダードになりつつある昨今。社会課題領域で新たにビジネスを展開する際には、ステークホルダーや自然環境への配慮はもちろん、採算性や成長性、水平展開による社会的インパクトなど、多くの要素が求められる。特にサステナビリティとビジネスの両立は難しいテーマの一つだが、私たちはそのようなプロジェクトをどう進めるべきなのだろうか。

この問いにヒントを与えてくれるのが、NTTグループが開催する「NTT GROUP サステナビリティカンファレンス」だ。グループ各社の優れた取り組みを表彰し、ノウハウを共有することで、全従業員がサステナビリティ経営を自分ごととして捉えるとともに、ステークホルダーが持続可能な社会に向け協調することを目指している。

AMPでは2024年度の「NTT GROUP サステナビリティカンファレンス」を2回にわたり取材。前回の記事では、最優秀賞6件の事例を紹介した。第2弾となる今回はその中からMVPに選ばれた3チームの一つ、「AI技術で子どもの『命』を守る」のプロジェクトチームおよびサステナビリティカンファレンス担当者にインタビューを実施する。NTTテクノクロス株式会社の角尚明氏、内山俊範氏、NTT 経営企画部門 サステナビリティ推進室の五味恵理華氏の話から、サステナビリティ事業に求められるマインドを探っていく。

持続可能な社会を実現する、NTTグループ各社のアプローチ

2024年6月に実施された「NTT GROUP サステナビリティカンファレンス表彰式」は、国内外に広がるNTTグループ各社の、持続可能な社会に貢献する施策を紹介・共有する場だ。11回目となる今回は、全149件の施策がエントリーし、最優秀賞6件、優秀賞8件が表彰された。そして表彰式の最後には、最優秀賞の中でも高い評価を受けたMVPが発表されている。

MVPの受賞施策は三つだった。一つ目は、NTT DATA Belgium(べルギー)の「スマートモニタリングによる節水」。IoTデバイスやビッグデータ、AIを組み合わせ、水消費量やパイプラインの状況を把握するスマートメーターを活用することで、ベルギーにおける水資源の最適化に貢献する取り組みだ。二つ目は、NTTグローバルデータセンターの「ネット・ゼロ・コミットメントを達成するためのデータセンターの脱炭素化」。世界中に点在するデータセンターをサステナブルに運用する施策で、データ管理や機器の冷却技術などのソリューションにより、各地域および世界全体の脱炭素に貢献する。

そして三つ目の受賞チームが、「AI技術で子どもの『命』を守る」を展開するNTTテクノクロス。江戸川区児童相談所と連携し、高精度の音声認識モデルを相談対応業務に導入することで、品質向上と業務効率化を実現したプロジェクトである。表彰式でプレゼンを行ったのは、デジタルトランスフォーメーション事業部の角氏。プロジェクトを立ち上げた営業担当者だ。

角氏「児童相談所では、児童虐待の相談対応件数が年々増加しており、現場の人的リソースが不足している状況です。緊急度の高い通報対応は、判断の少しの遅れが子どもの命に深刻な影響を及ぼす可能性も孕んでいます。私たちは、NTT研究所が持つ音声認識技術や感情認識技術、言語解析技術を活用したAIプロダクト『ForeSight Voice Mining(フォーサイト・ボイス・マイニング)』を、児童相談所向けに再設計。通話記録の自動生成、注意単語の警告表示、通話中の会話における複数職員へのリアルタイム表示などを実現し、江戸川区児童相談所の作業負荷の大幅な軽減に成功しました」

『ForeSight Voice Mining』のイメージ。AIプロダクトを駆使することで、電話対応や記録作業のサポートを行う他、ヒアリング項目の自動チェック機能により、職員の経験差によらない応対が可能に

では、三つの施策はどのような点が評価され、MVPの受賞に至ったのだろうか。各施策は、「社会課題解決への貢献性」「企業の成長への貢献性」「NTTグループの独自性」「ステークホルダーニーズとの合致性」「継続性」「対外的な訴求力」の六つの指標から審査されたと、サステナビリティカンファレンス担当者の五味氏は説明する。

五味氏「これらの項目を総合的に審査し、特に高い点数を獲得したのが今回の施策です。NTTテクノクロスの場合、『社会課題解決への貢献性』『ステークホルダーニーズとの合致性』において高い評価がつきました。子どもの命を守るという、難度の高い課題にアプローチする姿勢は、個人的にも共感できます」

NTT 経営企画部門 サステナビリティ推進室 五味恵理華氏

産官学が一体となって深刻な社会課題にアプローチしたNTTテクノクロスのプロジェクトは、どのように事業化されたのか。次にそのプロセスを追っていく。

事例から探る、社会貢献に向けた水平展開の条件

NTTテクノクロスは、NTTの研究所が持つ先端技術を基盤に、社会のニーズに合わせたプロダクト開発に強みを持つ技術集団だ。今回導入された『ForeSight Voice Mining』は、もともとコールセンター向けの音声認識プロダクトで、金融業界などの多くの企業で導入されていた。カスタマーエクスペリエンス事業部の内山氏は、「電話応対の高度化によるCX向上を目的としたプロダクト」だと、『ForeSight Voice Mining』の本質を語る。

内山氏「NTTの研究所が約50年前からアプローチしてきた基礎技術を用い、当社がアプリケーションとして製品化したのが『ForeSight Voice Mining』です。銀行や証券会社のコールセンターでは、例えば『必ずもうかる』と言ってはならないように、コンプライアンスが重視されます。『ForeSight Voice Mining』は通話内容を正確にテキスト化した上で発話に対してアラートを出したり、重要事項を自動表示したりするなど、大規模なコールセンターのリスク管理を実現してきました」

NTTテクノクロス株式会社 カスタマーエクスペリエンス事業部 ビジネスフロント部門 統括マネージャー 営業担当部長 内山俊範氏

ビジネス向けのプロダクトが江戸川区の児童相談所で導入されたきっかけは、専門家からの打診だった。区で相談役を務めていた花園大学児童福祉学科(当時)の和田一郎教授は、電話応対による業務負担の増加を懸念し、NTT研究所へ相談。NTTテクノクロスの『ForeSight Voice Mining』が紹介された流れだ。

角氏「江戸川区の児童相談所は2020年の開所で、設立前から和田教授は職員の業務過多を課題視していたようです。その後私たちはヒアリングを重ね、現場の状況把握に努めてきました。そして見えてきたのは、業務過多の原因です」

児童相談所では通話における重要事項を記録し、職員間で共有するのが原則だ。しかし1件の電話が1〜2時間に及ぶこともあり、通話中に手作業でメモをとるには限界がある。業務の終了後、メモをベースに記録作業が行われるが、その際に重要な事項を見逃してしまうと、事故に発展する可能性もある。正確かつ自動で長時間の通話を記録できる『ForeSight Voice Mining』を、児童相談所向けにカスタマイズし、安全性を確保することを、NTTテクノクロスは目指したのだ。

江戸川区の児童相談所における主な課題と、『ForeSight Voice Mining』を活用して改善できる効果

内山氏「江戸川区での導入から2年がたち、プロダクトとしてのベースができたので、現在は全国の児童相談所へと水平展開を進めているところです。児童相談所の課題は全国的に共通しており、江戸川区の事例は注目を集めたことから、見学に来ていただくケースも増えています」

『ForeSight Voice Mining』は現時点で9カ所の児童相談所で導入されている。また、生活保護や警察、病院など、電話対応業務を抱える他の公的機関への展開も検討されており、すでに保健所での導入が決まっているという。水平展開における成功の決め手は、どこにあったのだろうか。

内山氏「まず、個社ごとのカスタマイズがほぼ不要なビジネスモデルであることが、展開を加速させました。『ForeSight Voice Mining』を企業に導入する場合、個社のニーズに合わせたカスタマイズ・プロセスが必須ですが、全国で業務フローが統一されている児童相談所では、そうしたプロセスは必要ありません。むしろ、同じプロダクトを複数の児童相談所で共有しながら、個別で生じた事例を統一的に反映させることで、より精緻な課題解決に貢献できます」

NTTテクノクロス株式会社 デジタルトランスフォーメーション事業部 第五ビジネスユニット 営業担当課長 角尚明氏

角氏「例えば、一つの児童相談所で事故が生じた際に、新たに注意すべき単語を警告表示されるようにアップデートするなど、継続的にソリューションを進化させることで、深刻な事態を減らしていけると考えています。こうした発想は初期からありましたが、最初の案件で和田教授と緻密に打ち合わせ、専門的知見を取り入れることができたのも大きいです」

『ForeSight Voice Mining』では、管理者側の応対支援にも対応している。また、注意単語の検出などもデータを蓄積し各児童相談所でアップデートを行っている

ビジネス起点のプロジェクトも、サステナビリティにつながる

応用可能なモデルを構築し、水平展開による全国的な課題解決を目指す、NTTテクノクロスのプロダクト。どのようなポイントに注力することで、ビジネスとサステナビリティを融合させたのだろうか。

内山氏「基本的には江戸川区での案件に全力を尽くし、プロダクトを育て上げたに過ぎません。結果として多くの自治体にお声がけいただけた形です。導入後も運用のサポートや課題のヒアリングを継続し、伴走し続けたことは、事業の継続化において効果があったと感じます。現在も新規提案のプレゼン時は、伴走支援が評価されることが多いです」

角氏「最初のお客さまである江戸川区の満足度を高められたのは大きかったですね。提案前に、児童相談所の業務内容を理解するため、足しげく通いヒアリングを重ねました。現場課題を肌感覚で把握できたことで、プロダクトの有効な提案ができたのだと思います」

公共サービスとして社会課題と向き合うことは、企業向けプロダクトとは責任の構造も異なる。子どもの命に関わる事業に、不安はなかったのだろうか。

角氏「正直なところ、最初は不安以上のものがありました。児童相談所の課題を知るほど、大切な子どもの命に関わる責任の大きさを感じるんです。万が一システムに不具合が生じた場合に子どもの命を脅かす可能性も考え、『本当に提案をしてもいいのだろうか』と立ち止まったこともあります。しかし同時に、『子どもたちや職員の皆さんの助けになりたい』という気持ちも高まっていく。最終的に提案を決意できたのは、状況を正確に把握したからでした。児童相談所の業務と『ForeSight Voice Mining』の機能を徹底的に洗い出しても、システムが子どもの命に悪影響を及ぼす要素はなかったんです」

内山氏「特にAIというワードは世の中の認識もさまざまで、期待と不安が入り乱れがちです。私たちはプロダクトがあくまで人間の判断を助ける存在であることを、お客さまに強調しています。『どのような課題にもアプローチできます』と説明してしまうのは、社会にとっても自社にとっても、非常に危険なのです」

今回のプロジェクトがユニークなのは、最初からサステナビリティを目指したプロジェクトではない点だ。企業向けのプロダクトである『ForeSight Voice Mining』が起点となり、産官学の三者が一体となって、新たな活用方法を育んでいる。課題ではなくテクノロジー、ニーズではなくシーズから始まり、結果として社会に貢献した事例といえるだろう。

内山氏「最初にあったのは技術であり、それをニーズに対してどう活用するかは、お客さまとの対話の中で定まっていきました。新規事業ではターゲットやニーズ、目標を見誤ってうまくいかないケースも多いですが、私たちは最初から何かを狙って事業化したのではなく、気付いたらニーズを満たし、サステナビリティにもつながっていた流れです。だからある意味、ビジネスとして失敗するリスクもありませんでした」

視点を変えることで社会課題へのアプローチの一歩を見つける

先進的なテクノロジーと社会課題へのアプローチにより、次々と事業を創出するNTTグループ。事業を通じたサステナビリティの実現において、重要になる視点を語り合ってもらった。

内山氏「企業において重要なのは、すでにあるノウハウやリソースを、貴重な財産として捉えることでしょう。どのような企業にも、強みとなる力はあるはずです。NTTテクノクロスではそれが技術であり、ささいな技術も無駄にしない思考でした。こうした強みをサステナビリティの視点から見つめ直した時、社会に寄与する事業が生まれるのではないでしょうか」

五味氏「見方を変えるのは大事ですね。今回のように、必ずしも社会貢献が始点のテクノロジーでなくとも、結果としてサステナビリティにつながるケースもあります。大切なのは社会に存在する課題を、正面から見つめること。そこにはビジネスの種も、サステナビリティの芽生えもあるはずです」

角氏「コールセンターのビジネスに専念していた時は、児童相談所の役に立てるとは思いもしませんでした。既存の事業が社会課題を解決できる可能性を、今回の事業で気付かされました。また、事業を拡大していく上では、周囲の協力が欠かせません。私の場合、自分の情熱と事業の社会的意義を伝えることで、周囲を巻き込むことができました。同じ収益を上げるなら、できるだけ社会に貢献していた方がいい。そうした考えは、事業の成功のみならず、人材の獲得や企業のプレゼンス向上にもつながるはずです」

内山氏「ビジネスとサステナビリティは常に両輪であるべきで、今後はそうした感覚がよりスタンダードになるでしょう。そうした未来に向け成長するためには、国内外の多様な事例を知ることも有効です。先日のサステナビリティカンファレンスでは、各社がそれぞれの課題に真剣に向き合う姿勢に触れられました。世界には、国内からは見えにくい課題も、知られざるアイデアも、たくさんあります。情報の共有を通じ、自分自身も成長させられました」

五味氏「特に海外の事例では、『社会貢献を軸としてビジネスを広げる』というマインドが強く、着眼している課題の領域も広いと感じました。共感できるステークホルダーと連携し、共創の力でサステナビリティを実現していく。NTTグループ、そして日本全体にそうした着眼点が広がるように、今後もサステナビリティカンファレンスなどの情報発信に努めていきたいです」

「新たな価値の創造とグローバルサステナブル社会を支えるNTTへ」を経営戦略の柱として掲げ、世界中で事業を展開するNTT。サステナビリティカンファレンスが教えてくれたのは、持続可能な事業の創出に、正解はないということだった。自分や自社の強みを捉え直し、社会課題解決にアプローチする。そうした視点の切り替えは、多くのビジネスパーソンに求められていくのだろう。

NTTテクノクロス プロジェクトメンバーとサステナビリティ担当者

取材・文:相澤優太
写真:水戸孝造