スタートアップへの投資経験がある投資家に焦点を当て、投資判断の裏側にある思考プロセスに迫る「Investor’s eye」。第1回目に登場するのは、株式会社taliki代表取締役CEOの中村多伽氏。社会起業家を支援するためにtalikiを立ち上げ、投資ファンドも組成した中村氏が、投資判断を下す際に重要視している要素に迫る。
- 【プロフィール】
- 株式会社taliki 代表取締役CEO 中村多伽氏
- 1995年生まれ、京都大学卒。大学在学中に国際協力団体の代表としてカンボジアに2校の学校建設を行う。その後、ニューヨークのビジネススクールへ留学。現地報道局に勤務し、アシスタントプロデューサーとして2016年大統領選や国連総会の取材に携わる。さまざまな経験を通して「社会課題を解決するプレイヤーの支援」の必要性を感じ、帰国後に株式会社talikiを設立。300以上の社会起業家のインキュベーションや上場企業の事業開発・オープンイノベーション推進を行いながら、2020年には国内最年少の女性代表として社会課題解決VCを設立し投資活動にも従事。Forbes JAPAN2023「世界を変える30歳未満」選出。
お金の支援で社会課題の解決を前進させる。「talikiファンド」を立ち上げた経緯
社会課題を解決する人を応援したいと考え、2017年に中村氏が立ち上げたのが、talikだ。創業当時から、社会課題を解決する事業の立ち上げ支援を行うプログラムを提供しているほか、現在は地域の金融機関やベンチャーキャピタル(VC)と連携して社会起業家に対する出資を行なっている。
そんなtalikiが、2020年12月に組成したのが「talikiファンド」だ。
talikiファンドを立ち上げた経緯について、中村氏は改めて次のように話す。
「元々、私たちには社会起業家を育成する機能があったのですが、育成するうちにお金の支援をなくしては事業成長に繋がらない、どうにもならない場面に出会うことが多々ありました。そのなかで、私たちの一存で投資先となる企業を選ぶことができ、さらに大きなお金を出資できるかたちを取りたいと思って立ち上げたのが、talikiファンドです」
例えば、社会起業家の資金調達方法としてクラウドファンディングなどもあるが、上限1,000万円ほどの資金を集めるために半年ほどの時間がかかる。金融機関からの融資なども、とくに初期の段階では与信がないため、大きな資金を調達することができない。その点、投資ファンドによる出資であれば、こうした資金調達の課題を解決することができる。また、株式を一切取得せずに利益と連動するかたちでリターンを算出する出資方法なども活用することで、IPOやM&Aのような出口戦略がなくとも投資家にとってメリットのある資金調達を可能にしている。
そんなtalikiファンドの「ポートフォリオ」を見ると、ヴィーガン食品専門のネットスーパー・レシピ投稿サイトを運営する「ブイクック」や、環境負荷の小さな農業に取り組む新規就農者と連携して有機野菜のEC販売・卸事業を行う「坂ノ途中」など、社会課題をビジネスで解決する企業が並ぶ。
そのなかで、talikiファンドの第1号投資案件となったのが、前述したブイクックだ。
「talikiには育成、投資、オープンイノベーション、メディアという4つの機能があります。その育成にあたる起業家のアクセラレートプログラムに、ブイクック代表の工藤さんが参加してくれたのが最初の出会いです。彼自身がヴィーガンであり、自分と同じように社会的にマイノリティとされる方々を支援したいという思いがありました。入手が難しいと言われるヴィーガン食品を買える仕組みをつくり、事業を展開することで、この思いを実現しています。talikiのビジョンは、命を落とす人や死ぬより辛い状況にある人の絶対数を減らす仕組みをつくることです。そのため、このように間接的にも直接的にもビジョンに関係するような課題意識、とくに社会課題の解決に取り組む企業に投資しています」
投資判断を下すポイントは「課題に対する解像度の高さ」
中村氏はビジョンとの関係だけでなく、ブイクックの工藤氏に出会ったときに惹かれたポイントとして「課題への解像度の高さ」も挙げる。
「社会起業家は、そもそもどんな社会課題を解決するのかが先にあり、そこにビジネスとしてどうアプローチしていくのかという順番になります。そのため、最初の時点で『こういう社会課題を解決したい』という思いがないと続けていくのは難しいんです。その点、彼は自分自身がヴィーガンであるがゆえに、課題への解像度がものすごく高かった。さらに日本全国のヴィーガンの方々を訪ね、課題を直接伺い、その声をもとに自社のサービスをすぐにアップデートする行動力にも驚かされました。社会課題は顕在化しているにもかかわらず、解決に至っていないケースが少なくありません。そのような深刻な課題を解決するには、表面的な解決策ではなく、より深い洞察に基づいたアプローチが求められるため、課題への解像度を高めることが重要となります。課題への解像度が高まるほど、共感し参画してくれる仲間やステークホルダーなど関係者の質も上がりますし、より多くの人や資金を集めるための説得力につながっていきます」
さらに、解像度を上げるために課題を深ぼるほど汎用性が高くなり、事業の拡大にも通じると話す。
「例えば当社が投資している会社に、『デジリハ』という障がいの有無に限らずリハビリサービスを展開する会社があります。障がいには等級があり、『この等級以上だとリハビリが必要ですよ』と言われます。デジリハが現在ターゲットとしているのは主に日本にいる重度障害児と呼ばれる方になります。しかし、課題を深く掘り下げていくと、本来のリハビリは、うまく体を動かせない状態にある人の可能性を引き出し、その人の能力を最大限に伸ばすことであるという思想に行き着くんです。その結果、障がいの有無に限らず、国境や年齢という制限がなくなることで、サービスの対象者が大きく広がります。このように、課題の解像度を上げながら本質に近づくほど、事業を拡大できるわけです」
そのほか、投資判断を下す際に重要視している要素として「事業をやめないこと」「拡大志向を持っていること」も大事だと言う。
「社会課題の解決は、長期的な取り組みになってくるため、やめないことが重要です。また通常、VCは事業拡大を前提に投資を行いますが、私たちの投資対象となる企業は、社会課題の解決を目的としているため、拡大はあくまでも手段です。とはいえ、そういったなかでもtalikiファンドの運営をはじめとした投資事業においては、やはり投資家から資金をお預かりしている以上、一定の規模への拡大は必要不可欠であると考えています。それが社会全体に対するインパクトの大きさにもつながるため、より多くの人々を課題解決へと導くことに繋がります」
投資家は人という生き物の変化と向き合う存在
第1号投資案件となったブイクックは、talikiファンドによる最初の資金調達を経て、続くプレシリーズAで1.1億円の調達にも成功し、順調に事業を拡大。中村氏も「最初の投資からきちんと成果を上げており、誇らしい案件の1つです」と話す。
こうした投資先となるスタートアップの成長から、学んだこともあると言う。
「投資を通じてスタートアップの成長過程を見るなかで、人は変化する生き物だなと改めて思います。起業家というと、何を目指すのかが明確で、それが変わらないイメージがあると思うのですが、自分のライフステージの変化により、ビジョンや組織のあり方はどんどん変容していくもので、1つのビジョンだけを追い続けるのは難しいと思います。もともとIPOは必要ないと言っていた起業家も、事業をやっていくうちによりインパクトの大きな課題解決のためには資本市場で存在価値を証明すべきだからIPOしたいという気持ちに変わるケースもあります。だからこそ私たち投資家は、人という生き物の変化と向き合う存在だとつくづく感じますね」
これまで数多くの社会起業家への支援や投資を通じ、社会課題と向き合ってきた中村氏。最後に、中村氏の視点で今後の市場動向を次のように話す。
「投資の世界では近年、ESG投資がトレンドになっていますが、とくにビジネスやインフラが成熟した日本市場では、やはり社会課題を解決するビジネスがフロンティアだと考えています。それらの企業への投資はインパクト投資とも呼ばれ、現在は健康や環境領域の上場株への投資が主流ですが、最近は投資家の間でほかの領域にももっと目を向ける必要があるのではないかと、分散化する動きが見られます。こうしたなか、健康や環境以外の社会課題の解決に取り組む企業が、今後新たなフロンティアとして注目され、投資家からの関心と資金が見込まれ、大きな成長が期待できると考えています」
社会課題をビジネスで解決するという、事業化が難しい領域で投資家として活動する中村氏。投資先を見極める際、「課題への解像度の高さ」を重視すると話していたが、これは社会起業家に限らず投資を受ける際に意識したいことだ。
解像度が高まるほど、参画してくれる関係者の質が向上し、より多くの人や資金を集めるための説得力につながる。課題を追求し本質に近づくことが事業の拡大に通じる可能性があるとすれば、今一度、自社のビジネスが解決すべき課題に向き合ってみてはどうだろうか。
文:吉田 祐基
写真:小笠原 大介