「何もしない休暇」が旅行の新トレンドへ、ホスピタリティ企業も対応を加速

旅行業界でこの数カ月で大きく注目されている言葉がある。「Do-Nothing Vacation」つまり「何もしない休暇」だ。

観光やアクティビティを目一杯楽しむことよりも、休息やリラックスを旅行の主目的にし、言葉の通り「何もしない」旅行者が増加しているというのだ。

ヒルトンやハイアットといったホスピタリティ企業の中には、いち早くこのトレンドを察知し、新たな旅行ニーズへの対応を進めているところもある。

なぜ今「何もしない休暇」のニーズが高まっているのか、そしてそのトレンドを反映したホスピタリティ企業の取り組みについて探ってみよう。

「休息やリラックス」が旅行目的の1位に躍り出る

アメリカの調査会社Longwoods Internationalが2024年2月に発表した調査結果によると、旅行の主目的に「休息やリラックス」を挙げる人が最も多かった。2023年9月に行われた同調査では、「家族と時間を過ごす」「新たな経験をする」「楽しい時間を過ごす」に次いで4位だった「休息やリラックス」が一気に首位に躍り出た格好だ。

旅行会社によると、確かに「ヘリコプター遊覧」や「ジープでの崖上り」といったアクティビティや観光ツアーよりも、「ビーチでのんびりする」などのリラックスを重視するツアーに申込が増えているという。

プールサイドに寝そべったり、スパでトリートメントを受けたり、ただ静けさを楽しんだり。方法はそれぞれだが、何よりも「ただ休む」ことを一番の優先事項にしている旅行者が増加しているのだ。

アフターコロナの旅行熱が落ち着き、休息へ意識が向かう傾向

「何もしない休暇」のトレンドについて、調査会社は「アフターコロナの旅行熱がひと段落したため」と分析する。

2023年夏は、長期休暇を取ってヨーロッパなど大陸を跨いだ海外旅行へ向かうアメリカ人旅行者数が急増し、国内旅行は下火だった。しかし2024年に入って大掛かりな旅行熱は収束しつつある。

コロナ禍で中止になった家族や友人とのアクティブな旅行のリベンジが一通り終わり、自分自身の休息へ意識が向かう旅行者が増えているということだろう。

ヒルトンは利用客の「睡眠の質」向上ニーズに着目

旅行者の「休息」への意識の高まりにいち早く気づいていたのはヒルトンだ。Do-Nothing Vacationという言葉は使っていないものの、2023年10月に発表した「2024年版グローバル・トレンド・レポート」において、世代を問わず旅行の主目的が「休息と充電」になっていると明らかにしている。

世代を問わず旅行の目的を『休息と充電』とする割合は高い(ヒルトンの調査レポートより)https://stories.hilton.com/2024trends-sleep

ヒルトンのレポートでは回答者をZ世代(16-26歳)、ミレニアル世代(27-42歳)、X世代(43-56歳)、ベビーブーマー世代(57-72歳)の4世代に分けているが、いずれの世代でも旅行の主目的を「休息と充電」とする割合が最も多かった。

そして「休息と充電」に不可欠な要素としてヒルトンが着目したのが「質の高い睡眠」だ。調査結果では27%が「良いマットレスを採用しているホテルブランドを選ぶ」と回答している他、18%がお気に入りの枕を持参する、10%がホワイトノイズ機器を持ち込むと回答しており、旅行者の睡眠への意識の高さがうかがえる。

ヒルトンは利用客へ質の高い睡眠を提供すべく、系列ホテルで様々な取り組みを開始している。例えばウェルネスに特化した新ブランドのTempo by Hiltonでは、入眠用のアメニティを取りそろえて眠りをサポートする。他にも最高級レベルのマットレスを導入したり、好みの枕を選べるピローメニューを提供したり、スパにも睡眠を組み合わせたスリーブセラピーを導入するなどの取り組みを行っているホテルもある。

オールインクルーシブスタイルへの滞在ニーズの高まり

「何もしない休暇」を仕組みで後押しする方法として注目が集まっているのが、オールインクルーシブスタイルの滞在だ。

WyndhamやRamadaなどを傘下に持つホテルチェーンWyndham Hotels & Resortsの調査によると、77%の旅行者が、オールインクルーシブスタイルのバケーションを「最もストレスの少ない旅行方法」だと回答している。

実際にハイアット系列のオールインクルーシブホテルでは、2024年第一四半期の予約数が前年より11%増えているという。

オールインクルーシブスタイルのホテルでは、一歩も外に出なくても滞在が完結できるように、ホテル内にレストランやバー、プールなどの設備が充実している。そして滞在中の食事代、ドリンク代、アメニティ使用料などは全て宿泊費に含まれていて、何をどれだけ飲み食いしても支払い金額は変わらない。

元々カリブ海のリゾート地ではこのオールインクルーシブスタイルが多く、筆者も以前メキシコ・カンクンのオールインクルーシブホテルに宿泊したことがある。レストランのメニューには金額が書かれておらず、バーでどれだけ飲んでも料金やチップを要求されることはない。1週間ほど滞在すると、金銭の存在を少し忘れてしまうような、なかなか非日常の体験だった。

ラグジュアリー体験を重視するオールインクルーシブホテルの増加

休息やリラックスを主目的とする旅行ニーズの高まりを受けて、そのニーズと親和性の高いオールインクルーシブホテルの動きが活発になっている。

マリオットはこの数年で30以上のオールインクルーシブホテルを誕生させた。注目すべきは、マリオット系列の最高級ブランドであるリッツカールトンが、ドミニカ共和国にオールインクルーシブスタイルのホテルをオープン予定ということだ。

これまでのオールインクルーシブホテルは、どちらかというとコストを抑えた休暇ニーズに対応したものだった。質より量の食事と飲み放題のドリンクで、出歩くのが難しい子連れの家族やとにかく飲みたい若者グループなどを多く惹きつけてきた。

しかし今、多くのホテルチェーンがラグジュアリー感を重視したオールインクルーシブスタイルへ大きく舵を切っている。マリオットやヒルトンは、系列内の高級ブランドで新たにオールインクルーシブを展開し、ハイエンド客を取り込もうとしている。

プライベートビーチへのアクセスやバトラーサービス、スパやマッサージなどウェルネス体験の充実など、ラグジュアリー感を味わいながら充実した休息時間をエンジョイできるオールインクルーシブスタイルが急拡大しているのだ。

この傾向はビーチリゾートだけではない。カナダやニュージーランドの大自然の中に建つロッジでも、高級オールインクルーシブタイプの施設が増えてきている。

「何もしない」環境作りにコストを掛ける旅行者

今回「何もしない休暇」について調べて興味深かったのは、旅行者側が「何もしない=安上り」とは考えていないことだ。普通に考えたら、観光地を巡ったり食べ歩きをしたり、体験ツアーに参加したり、とアクティブに動き回る旅行の方が、掛かる費用に納得感がありそうだ。

しかしWall Street Journalの取材からは、何もしないことによる休息やリラックスを得るためには、費用を惜しまないという旅行者の傾向が見えてくる。例えばベンチャーキャピタルに勤める40代の女性は、カンクンの大人専用オールインクルーシブホテルに5日間滞在するのに3,400ドル支出した。彼女にとってこれは、5日間何も決めずにただ過ごす対価として満足のいくものだったという。

同じく20代の法学生の女性は、1週間ほどビーチで何もしない休暇を過ごすための環境として、オールインクルーシブホテルを選んだ。これは彼女にとって初めての「リラックス」を目的にした旅行で、世間から離れて何も考えずに過ごすためには、割高でもオールインクルーシブスタイルが必要だと思ったという。

前述のヒルトンのレポートからも、質の良い睡眠を得るためには、ホテルのグレードを上げて良いマットレスの施設を選ぶという旅行客の傾向が見られる。上質な休息のためならば、コストを惜しまないということだろう。

旅行といえばびっしり詰まったスケジュールや慌ただしい観光ツアー、といった概念は既に過去のものになりつつある。上質な休息やリラックスを最優先に求める「何もしない休暇」トレンドは、旅行業界や観光地の在り方を大きく変える潮流となりそうだ。

文:平島聡子
編集:岡徳之(Livit

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