2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻、昨年10月7日に始まったイスラエルのガザ攻撃共に、終焉する気配はない。どちらも民間人の死傷者が多く出ており、ロシアに対し「戦争犯罪」、イスラエルに対し「ジェノサイド(大量虐殺)」との批判が国際社会で上がっている。
戦争が当事国・エリアで人命を奪うのに加え、建物や土地、インフラを破壊することは周知の事実。しかし、自然環境をも脅かしていることに気づく人はまだ少ない。
戦争は環境保護地を荒れ地にし、地球温暖化に大きなインパクトを与えている。地球上に生きる限り、住む場所に関係なく、私たちは戦争の影響を気候危機という形で受けることになるのだ。この事実を踏まえると、戦争への見方が変わってこないだろうか。戦争が地球の反対側で起こっていようと、「対岸の火事」では済まされない。
ウクライナ侵攻によるGHG排出量はヨーロッパの一国並み
ロシアによるウクライナの侵攻が始まってからすでに2年半近くが経とうとしている。
戦闘が始まって、7カ月後、12カ月後、そして18カ月後と今まで3回、温室効果ガス(GHG)排出量の測定を試み、結果を報告書『Climate Damage Caused by Russia’s War in Ukraine』にまとめたのが、レナード・デ・クラーク氏が率いるチームだ。
同氏は、ウクライナとロシアで共同実施プロジェクト(先進国が国内での排出削減の代替として、他の先進国のGHGの排出を削減するために出資する活動)を開発するコンサルタント会社を営み、今までに6,400万tCO2eの削減に成功している。
戦争勃発後7カ月間のGHG排出についてをまとめた第一次報告書によれば、少なくとも1億tCO2e(温室効果ガスの影響を、同等の大気温度の上昇を引き起こすCO2の量で評価した単位)の量だったそうだ。これは、工業先進国の1つ、オランダの7カ月分のGHG排出量に匹敵する。
戦争開始から12カ月間のGHGの状況を記録した第二次報告書では、排出量は1億2,000万tCO2e、18カ月間の状況を記した第三次報告書では、1億5,000万tCO2eに上った。この2期間については、工業先進国、ベルギーを超える量となった。1億5,000万tCO2eは炭素価格にすると、96億米ドル(約1兆5,000億円)に上る。
民間の建物・インフラの損壊・破壊がGHGを最も産み出す
全排出量1億5,000万tCO2eのうち、36%と最も大きな割合を占めたのが、民間の建物・インフラの損壊・破壊だという。排出量にして5,470万tCO2。ロシアのウクライナ侵攻によってもたらされる、気候危機への影響で最も深刻な要因とみなされている。すでに損壊・破壊されてしまった建物・インフラのGHGを測ることは不可能なので、デ・クラーク氏らはそれらを再建した際に出るGHG排出量を計算した。
団地、病院、学校、商業・工業施設のほか、公共施設、道路、車両など、多くが損壊・破壊され、産業にも大きな影響が出た。特に、昨年6月のロシアによるノヴァ・カホフカ・ダムの破壊は周辺地域が水没するなど、甚大な被害をもたらした。ウクライナ側は、決壊による損失は総額240億米ドル(約3兆7,000億円)に及ぶと発表した。住宅をはじめとする建物やインフラだけでなく、ダムも再建する必要がある。
復興に大量の建設資材が必要になるのは言うまでもない。特にコンクリートなどの、製造時にGHGを大量に排出する材料もある。加えて、それらを建設現場へ輸送するのには化石燃料が必要となる。
前線への支援に多用される、化石燃料
戦争が継続される中、化石燃料の消費は着実に増加している。両軍に物資を配送するための車両やルート、施設といったロジスティックスや炭素集約型の爆薬や鋼鉄などで作られた武器や弾薬の増産、損壊・破壊した軍事装備の代替生産などに、化石燃料が必要だ。
また、ロシアはウクライナの反撃を想定し、前線に沿って何キロにも及ぶ防御壁を造った。GHGを排出すると問題視されているコンクリートが資材だ。
第三次報告書での、戦闘からのGHG排出量は合計3,700万tCO2eだ。そのうちの大半、約3,000万tCO2eを占めるのが、ロシア軍の化石燃料使用によるものだという。
民間機の飛行経路変更や森林火災もGHG排出の原因に
ジャーナリストグループにより、ウクライナに設立された独立系汚職防止センター、NGLメディアが今年4月に伝えたところによると、ロシアによる森林破壊は戦争初期から始まっており、ウクライナの森林の約30%が破壊されたという。衛星写真を解析したところ、面積にして6万haが完全に破壊された。これは日本の東大阪市の面積に匹敵する。
第三次報告書によれば、1ha以上の火災の数において、開始前の1年間と比較して、戦争開始後の1年間には36倍に増えている。前線の近辺で多く起こり、森林を破壊している。火災からのGHG排出量は2,220万tCO2eで、総排出量の15%を占める。
デ・クラーク氏らは、ロシアのウクライナ侵攻の影響で飛行ルートの変更を余儀なくされている民間機からのGHG排出量も見逃さない。ロシアはヨーロッパの航空会社などに対し、シベリア空域を閉鎖。一方、ウクライナはロシアの侵攻を受け、同国の空域が商用飛行には適さないと警告している。そのため、ヨーロッパとアジアを結ぶ従来の航路が寸断され、多くの航空会社がう回路を飛ぶのを余儀なくされている。東京・ロンドン間を例に挙げると、ロシアのウクライナ侵攻前には飛行時間は11時間だった。しかし、侵攻後には15時間に延びている。
飛行時間が長くなれば、より多くの燃料が必要になり、GHG排出量も増える。総排出量は1,800万tCO2e。全排出量の12%を占める。
ガザ攻撃で確認されたGHGのほとんどがイスラエルから
一方、昨年10月から始まったのが、イスラエルのガザ攻撃だ。戦争開始後60日間のGHG排出量は両軍合わせて28万1,000tCO2e。このうち99%以上がイスラエルによるもの。今年初め、英国・米国の研究者が戦争の最初の60日間に排出されたGHGについて分析し、発表した報告書『A Multitemporal Snapshot of Greenhouse Gas Emissions from the Israel-Gaza Conflict』で明らかになった。
イスラエルは、日にF-16やF-35といった戦闘機300機を使い、計1万個もの爆弾で空爆を、300台の戦車や200台の歩兵戦闘車、10万ものミサイル発射装置を用い、地上戦を行った。米国はボーイング777-200もしくは同様の飛行機を使い、200回以上にわたって、1万tもの物資をイスラエルに届けている。米軍のGHG排出量は13万3,000tCO2e。イスラエルからの全排出量の半分近くを占める。
この戦争に付随するサプライチェーンは含まれていないが、含めた場合、排出量は28万1,000tCO2eの5~8倍にも膨れ上がると見られている。ちなみに、ハマスがイスラエルに向け、発射したロケット弾の排出量は約713tCO2eに過ぎなかった。
ガザでも建物の再建、インフラの再整備が最も気候危機に影響
今回の報告書では、「戦争開始後60日間」と「2002年からのイスラエルによる分離壁建設・2007年からのハマスによる地下トンネルの掘削」によるGHG排出量、「イスラエルによって破壊されたパレスチナの建物・インフラの再建」による排出量予測と3種類のGHG排出量を提示した。
ウクライナ同様、GHGを最も多く排出しているとされるのが、再建だ。ガザでイスラエルにより破壊された建物は全体の36%から45%。建て直しで、3,000万tCO2eのGHG排出が見込まれる。これはニュージーランドの年間GHG排出量に匹敵。建設は戦争から出るGHGの中でも、地球温暖に最も深刻な影響を与える要因といっても間違いなさそうだ。
気候変動対策は、恒久平和への見通し
デ・クラーク氏らの報告書について、武力紛争や軍事の環境的側面を監視する英国の組織、コンフリクト・アンド・エンバイロメント・オブザーバトリーを率いるダグ・ウィアー氏は、戦争が世界的なGHG排出量にどう影響しているか、真剣に目を向けた初めての報告書と評価していることを、政治を中心としたニュースを掲載する米国オンライン新聞『ポリティコ』が報じる。
また、世界のニュースを伝える米国のオンラインメディア『セマフォ―』は、イスラエルのガザ攻撃を踏まえ、米ワシントンDCを拠点とする中東研究専門機関、中東研究所(MEI)の「気候変動への対処が平和と安定につながる」という意見を今年初めに掲載した。
「気候変動対策は、恒久平和への見通しと切っても切れない関係にある。片方が進展すれば、もう片方も進展する。気候変動は脆弱な地域にとり、大きな脅威だ。しかし、排出量を削減し、適応策を強化すれば、資源への圧迫が緩和され、安定性を高めることができる」とMEIは主張している。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)