ハーバード大学などのアイビーリーグの大学に通うことは、長期的に見ると大きな収益につながるというのが定説だ。アメリカ教育相のデータによると、連邦援助を受けたハーバード大学の卒業生は、大学入学から10年後の中央値年収が9万5,114ドル(約1,470万円)と、全米の4年制大学の卒業生の中央値年収5万806ドルを大きく上回る。高収入への切符である一方で、莫大な学費という大きな壁が立ちはだかっている。
年々上昇する学費
2024〜25年のハーバード大学の学費は年間5万6,550ドル(約890万円)、これに住居や食費、学生サービスの費用を合わせると年間で8万2,866ドル(約1,303万円)にも上るとされている。日本の4年制大学の年間費用100~150万円平均と比較すると、現在の円安事情を考慮してもなおかなり高額だ。
高額な費用を払えば質の良い教育が受けられる、と考えるアメリカならではの考え方も背景にあると言える。しかしながら、ここ20年のうちに学費は120%以上の値上がりを見せており、私立大学では2004年の平均が2万ドルであったものが2024年には4万7,000ドルに、州立大学でも4,633ドルから1万2,000ドルへと推移していることが判明している。中でも顕著なのは研究に関連する学部のある大学で、学士や修士、博士号への需要が高まると同時に、取得できる大学の学費が高騰していると指摘されている。
CNNのレポートによると、値上げには主に4つ理由があり、州政府からの資金削減、学生サービス(医療やメンタルのケアなど)への投資増加、卒業後の就職のための学位取得への需要、そしてインフレーションとパンデミック後の景気回復によるものだとしている。
実際に支払う額とのギャップ
では、名門校に在籍する優秀な学生の家庭は全て裕福で支払う能力があり、低所得世帯では子供がどんなに優秀でも門戸は閉ざされているのであろうか。実際には、多くの学生(家庭)がこの統計の額よりもはるかに少ない学費を払っている。
例えば、ハーバード大学では半数以上(55%)の学生が奨学金制度を利用しており、約4人に1人(24%)が資金援助や奨学金などを利用して実質支払いをほとんどしないで済んでいることが大学の発表からわかっている。
奨学金は大学からのものとは限らない。同大学では19%の学生がペル奨学金(連邦政府が支出する返還不要の奨学金)を利用しており、年間平均1万9.500ドルの援助を受けている。また、同大学は年収8万5,000ドル(約1,300万円)以下の家庭からは学費を徴収しないことを100%ポリシーとしている。
こうした事実を背景にハーバード大学側は、同大学を指して「比較的手ごろな選択肢」であると強調するのだが、同校のデータからは低所得世帯の学生の入学が非常に困難である可能性を示唆する内容が読み取れる。
学費免除でも低所得層に立ちはだかるハードル
アメリカの多くの大学は「ニードブラインド入学」、つまり各学生の家庭の経済状況などを入試の合否判断材料にしない入学を政策として取り入れ始めているが、それでもなお低所得世帯の学生はハーバードをはじめとするエリート校へ入学するのに必要な「競争力」を得られずにいると指摘されている。
というのも、こうした大学が「学業での優秀さ」とともに「課外活動への取り組み」を重要視し、全体的なプロセスから判断して優秀な学生を迎え入れたいため。ただ標準テストと同様にここでも格差が生じる可能性があるというものだ。
例えば、高所得世帯の学生は願書により多くの課外活動を挙げることが可能な一方、低所得世帯の学生は経済的な理由でこうした課外活動に従事できていないケースが往々にしてあることが理由。
放課後にスポーツや趣味、ボランティア活動に打ち込み、キャプテンやリーダーシップを発揮できる経験をする余裕のある高所得層と、放課後は家計を支えるためにアルバイトをする、または共働きの親に代わって兄弟の面倒を見なければならない家庭層との間にギャップがあるのだ。
例えば入学願書で高評価を獲得できるフェンシングを習うとなると、レッスン代や交通費込みで数千ドルもの出費は必須。また、サッカーや野球といった従来のスポーツでも、ユニフォームや道具代、教室までの交通費や送迎と、家庭への負担は決してゼロではない。
900以上もの大学に出願できるプラットフォームのCommon Application利用者のうち41%(約86万人)が2018〜19年度および2019〜20年度に同プラットフォームを通じて一流大学へ願書提出しており、その4分の1の学生が低所得世帯の学生だと判明している(受験料の免除を申請しているため)。
また、このプラットフォームに提出された600万通近くの願書を精査したところ、受験料の免除を申請した(つまり低所得世帯)学生の願書で、課外活動でのキャプテン、代表者、創設者といったトップクラスのリーダーの役割を記載したものは55.9%少なかった。
また私立高校と公立高校の出身者を比較すると、私立高校の生徒が平均して17.3%多くの課外活動を記載。スポーツに限定するとこの数値は35.8%まで上昇する。
ただし研究者グループは、より恵まれない境遇にあるがためにリーダー的な役割を果たしていないのかというと必ずしもそうではなく、トップクラスのリーダー的役割を果たした学生の割合は社会経済的背景や人種、民族を問わず同等にあるとのこと。
ただし、課外活動の「数」での差異が生じていることは事実だと指摘している。課外活動の平均記載数は7つであることから、願書に記載できる課外活動の数を4または5つまでと制限することを提言している。
また、スポーツや文化活動に限らず、家族のケアラーとしての活動や毎週20時間アルバイトをした経験なども同様に重視するべきだとしている。
経験重視の入試選考
アメリカでは前述「ニードブラインド入学」が実施される以前の1980年代から、学力を測定するSATやACTのスコアを提出しなくても良いとする「テスト・オプショナル」方式(日本のユニーク入試に類似)が浸透し、人物像を重視した入試が広まりつつあるが、ここでも課外活動での活躍が問われるため同様の格差が懸念されている。
2023年のハーバード大学の研究発表によると、SATのスコアが同等の学生を比較すると、中流家庭の学生よりも所得上位1%の学生がスタンフォード大学やMIT、デューク大学、シカゴ大学などのアイビー・プラス名門校へ入学できる可能性は2倍であることがわかった。
下位20%の所得世帯に属する学生は、2013年のハーバード大学入学生の4.5%、一方で上位20%の所得世帯の学生は67%にもなることが判明しており、収入による入学格差は無視できないほどに鮮明だ。
顕著な差が出る生涯賃金
一方で、名門校を卒業できれば平均を大きく上回る年収が見込めるのも事実だ。通常学位が必須とされる教育や医療現場での就職の機会が広がり、平均より高い賃金の仕事に就ける。
ジョージタウン大学の最近の報告によると、高卒の年収と比較して、準学士(短期大学卒)で49万5,000ドル(約7,700万円)、学士で100万ドル、大学院卒で170万ドル、生涯賃金に差が出ることがわかっている。
なお同報告書からわかったことは、過去10年間のアメリカにおける進学率(学位取得率)の上昇に伴う、生涯賃金の総増加額は14兆2,000億ドルにもなるというアメリカ経済にとってポジティブな内容だけではなかった。
調査では、白人と黒人やヒスパニック系との格差、男女の格差も浮き彫りにした形で、この重大な格差は10年前と何ら変わりがないことが指摘されている。
さらに、同等の学位を取得した成人間でも人種や民族によって格差を生みだしており、成人白人の生涯賃金中央値が200万ドルである一方、黒人の場合170万ドル、ヒスパニック系やアメリカ先住民が150万ドルとなっている。これに、男女間の格差、それに州間での格差も明らかになった。
優秀な学生は、学費の心配をすることなく大学進学の機会が平等に与えられているように見えるアメリカの大学だが、このような格差によって未だ低所得世帯の学生や特定の人種、民族、性別の学生には不利な状況は改善されていない。大学側は入試選考方法の再考が、学生側には将来の賃金を見込んだ自分への最大の投資として高騰する学費を支払う能力が求められているようだ。
文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit)