トムソン・ロイターが法務特化型生成AIツールをローンチ、法律業務における生成AI活用の本格化

自動化の波は法務の世界にも押し寄せている。

情報サービス大手のトムソン・ロイターがこのほど法務特化型生成AIプラットフォーム「CoCounsel」を発表した。法務、メディア、税務、会計、輸出入管理、FTA、コンプライアンス管理業務に強い同社が、最新情報と革新的なテクノロジーをリンクさせたプラットフォームに注目が集まっている。

CoCounselの生みの親Casetext

トムソン・ロイターは昨年8月、カナダの法務AIスタートアップCasetextを買収し、傘下におさめている。

昨年10周年を迎えたCasetextは、2013年にロースクール出身の創設者が実際の訴訟に関わる業務に携わる中で、情報へのアクセスの悪さに疑問を抱いたのが始まりとされている。

「家から1マイル以内の特定の料理が食べられるタイレストランは数分で検索できるのに、クライアントのためにたった一つの判例を探すのに毎晩朝4時まで4日間費やさなければならない」と、リーガルテックの時代遅れぶりを憂いていた。

このスタートアップは後にクラウドベースの法曹界用「ウィキペディア」を目指すとして、アクセラレータのY Combinatorから受け入れられ、シードステージで180万ドルを集めるなど成長を続けた。

2016年にはAI駆動のテクノロジーを開発し(のちのCARA、およびCARA AI)、その検索性能によって市場を驚かせた。同社によれば「法律検索のSpotifyのようなもの」で、アーティストや楽曲をお勧めする代わりに、キーワードの入力で関連する判例を「おすすめ」するという機能を展開したのだ。

現在Casetextは小規模の法律事務所から、大型の事務所、社内の法務部にも対応できるということで、アメリカのトップ100社を含む1万以上の法律事務所や企業の法務部を顧客として有しているとしている。

同社はトムソン・ロイターの傘下となる以前に、CoCounselを構築。初のAI法務アシスタントとして話題となった。論文を含む、司法試験に合格した初の大規模言語モデルとして注目されたOpenAIのGPT-4を活用し、このテクノロジーは法曹界を大きく変革する専門レベルのAIの台頭であった。

GTP-4はCasetextの深い法律実務とデータセキュリティの専門知識で強化され、学習に顧客データを使用することは一切なく、法律事務所が管理権を握る、最もセキュアなAIリーガルテックだとしている。

CoCounselの発表前、2022年9月から先行アクセスし、AIアシスタントを利用した法律事務所は「重要かつ非常に時間がかかるタスクを自動化することで、事務所の弁護士がより影響力のある業務にフォーカスできる」とし、競争に勝ち抜くためには、こうした自動化を導入することは極めて重要だとコメントしている。

専有データで強化されるAI

そして今回トムソン・ロイターとして発表されたCoCounselは、同社の膨大な専有データを組み合わせることで、よりパワーアップしているようだ。

主な特徴として挙げられているのが、法の専門家のワークフローを模倣しているところとで、人間と同じ流れで処理することで同じような正確な結果が生み出せるよう検証できること。

さらに、CoCounselのAI推論が信頼できるデータに基づいていることの重要性を強調している。GTP-4の優れた全推論能力を活用しながら、学習する知識はほぼ全てが同社の提供するデータに制限。リーガルリサーチに使われる知識やデータの供給に特に注力しており、正確性を追求している。

つまり、AIの知識ベースをトムソン・ロイター社がキュレートした法的コンテンツに制約することで、透明性や信頼性が問われるこの業界で大きなアドバンテージとなっていることは確かだ。

なおトムソン・ロイターは2018年から法律家や会計士、コンプライアンス担当者をターゲットとした業務にシフトしている。同社は2,400人もの法務および税務専門家を雇い入れ、一貫した法律のアップデートと解釈をすることで、同社のコンテンツや分析能力の価値を高めている。同社の専有データと、専門知識によって、法律を職業とする人たちの特別なニーズに合致できるAIモデルをカスタマイズできるのも特徴だ。

法務へのAI導入

では法務特化型の生成AIは、実際にどのような運用が可能なのだろうか。

第一に、法律家の日常業務であり、時間をとられる業務を劇的に合理化している。判例のリサーチや文書の下書きなどといったプロセスを自動化することで、業務量の削減を実現。機械に任せることで、人間(法律家)はより戦略的な部分に時間を割くことが可能となり、クライアントとの関係も強化できるようになった。

CoCounselのウェブサイトによると、文書のレビューやデポジション(直接証言を取るための手段)、契約書の分析、時系列の作成を数分で完了できるとのこと。さらに、エラーが少なく信頼できる結果が出力されるとしている。

例えば、チャット形式で「カリフォルニア州の地主の権利」について質問すると、質問内容をさらに分解するよう求められ、最終的な解答は条例の番号と共に表示され、そこからさらに詳しく参照、検証できるようになっている。また、文書をそのままアップロードして、その中に含まれる文言を拾ったり、内容に関する質問をすることも可能だ。

さらに、裁判での答弁の例やベストプラクティスを検索することも可能、契約書と規制に関する文書を同時にアップロードすることで、CoCounselが文書を比較、関連ある部分、矛盾する部分、または潜在的リスクをピックアップするという操作も数秒で可能だ。

Casetextは新しいテクノロジーを導入しても、ローンチ前に入念な検査をするとコミットしており、生成AIが新興ブームであるものの、同社の事業は2022年ではなく2018年から大規模言語モデルを活用しており、CoCounselは決して誇大広告ではなく実態あるものだと強調している。

続々と登場するリーガルテック

CoCounselの他にも市場には、AIを活用したリーガルテックがある。

法律事務所Dechertが開発した生成AIツールDechertMindや、業務である契約書の下書きなどの文書の自動化をWordを使用せずに遂行するAvvoka、判例管理ツールのClioMyCaseProLawなどが代表として挙げられる。

また2023年に発表されたLexisNexisの提供するLexis+は日本語での対応も可能で、検索機能、分析機能、解説機能を備えた包括的なリサーチプラットフォーム(ただし情報は米国法が中心)だ。

CoCounselのライバルも

CoCounselのライバルとなりそうなのがAIスタートアップのHarvey AIだ。

ロンドンが拠点の世界最大の法律事務所の一つ、Allen&Overyが2022年に先行アクセスし、テストした上で3カ月後にはパートナーシップを決定。資金の調達も順調で、Allen&Overyの他にも有名法律事務所が公式に戦略的パートナーシップを発表するなど、すでに高評価の様相だ。

Harvey AIは、法的文書の分析、訴訟のサポート、法規制の順守などをサポートするとしている。一般的な法的データや、利用者が学習させた記録を基に法的文書をAIがレビューし、対処すべきポイントを人間の代わりに迅速にあぶり出すことで、作業量を大幅に減らしてくれる。

また、過去の判例や訴訟ケースのデータから抽出した先例情報を提供し、弁護士をサポート。訴訟のリスクを予見し、より確実な判断ができるようになり、勝訴へとつながりやすいとしている。

さらに、非常に複雑で変更が多発する規制に関しても、Harvey AIに文書を読み込ませることで専門用語を解読。法律事務所は、コンプライス違反や罰金、評判へのダメージを避けられるとしている。

またPwCは4大会計事務所のうちHarvey AIを利用できるライセンスを取得し、同社のAIモデルを学習させることでクライアント向けの商品を開発している。

信頼と正確性、利用する側の知識へのニーズ

ゴールドマンサックスの2023年の試算で、44%の法務タスクがAIによる自動化が可能(全業界平均は25%)であると判明。これは弁護士が仕事を奪われるという意味ではなく、今後AIを活用しない法律事務所がクライアントから選ばれなくなる可能性があるということを示唆している。

一方で、PwCの調査では、アジア太平洋地域の最高法務責任者の80%以上がAI駆動のリーガルテックに関する自身の知識を平均以下だと回答。ただし従業員のAIスキルの向上に投資すると回答した同地域のCEOが73%に上るなど、法曹界におけるAIの活用は加速する見込みだ。

2023年5月に、ニューヨーク州の弁護士が民事裁判の資料作成にChatGPTを使用した結果、AIが生成した実在しない判例を引用してしまうという事件も記憶に新しい。AIの信頼性を当初問う声が多く聞かれた中で、後にこのケースはツールのミスではなく利用した弁護士の知識不足だと指摘する声が増えたのも興味深い。信頼と安全性が何よりも優先される法曹界で、ハルシネーションを起こさない信頼のおける生成AIの活用は喫緊の課題だ。

Casetextの弁護士やプロンプトエンジニアが莫大な時間をかけて学習させたプラットフォームであるトムソン・ロイターのCoCounselは、いま法曹界でのAI活用のトップを走っているとされる。さらに現在CoCounselは米国だけでなく、カナダとオーストラリアへの展開も発表している。ただし、こうした専門家向けのAIは利用料金が非常に高額であることも懸念事項だ。

この先、競合他社の台頭も十分に考えられる中、こうした課題の解決と共に利用する側のスキルアップも求められている。

文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit

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