INDEX
サステナビリティの推進には、生活者一人一人の姿勢や行動が欠かせない。より多くの人がアクションに移す上で、自治体や地域に根差した企業の役割は大きく、官民一体の連携体制は重要な意味を持つだろう。
こうした中で、次世代に向けた取り組みを、“つながり“の力で推進しているのが、JALグループだ。同グループでは空の移動が結んださまざまな縁に関わる人々にフォーカスし、その“つながり”について想いを語ってもらう「My ENJIN(マイ エンジン)」を始動。
「My ENJIN」の「ENJIN」という言葉には、縁を紡ぐ人「縁人」、原動力を表す「エンジン」、そしてつながりの輪を表す「円陣」の三つの意味が込められている。同グループが提供する移動を通じた“つながり”によって、社会課題や未来の可能性と向き合う人たちが原動力となり、人と人はもちろん、場所、モノ・コトと縁を紡ぎ、多様なステークホルダーと手を取り合うことで、さらなる“つながり”の輪を創出し、広げていく取り組みだ。
その一例として、航空業界で注目される持続可能な航空燃料「SAF(Sustainable Aviation Fuel)」の普及が挙げられる。JALは、横浜市とSAFの製造推進に関する連携協定を締結。家庭の廃食油回収に対する生活者のアクションを促すべく、イオンなど周辺企業を巻き込み、官民連携でアプローチしているのだ。
AMPではこうした「ENJIN」が生み出す可能性を、連載形式で探っている。連載の第6・7回は、SAFの普及に向けたさまざまな関係者の姿を取材。第7回の主人公は、横浜市 脱炭素・GREEN×EXPO推進局 カーボンニュートラル事業推進課 担当係長 村尾雄太さん、株式会社ダイエー イオンフードスタイル鴨居店 店長 藤澤竜一さん、イオン株式会社 環境・社会貢献部 中山大輔さんだ(以下、敬称略)。「SAFの国産化は、生活者一人一人のアクションが重要。実証実験を通じて、持続可能な資源循環を構築したい」――。パートナーシップの力で挑む、国産SAF普及へのアプローチを見ていく。
「廃食油」で持続可能な航空燃料を。横浜市から始まる国産SAF普及への一歩
2024年4月20日、神奈川県横浜市緑区にあるスーパーマーケット「イオンフードスタイル鴨居店」の店前広場で、SAFの認知を広めるために「Fry to Fly Project」のイベントが開催された。のぼりに掲げられたフレーズは「えっ!捨てちゃう油で空を飛ぶ!?」。家庭や事業者から回収した廃食油を原料にSAFを製造し、航空機の燃料として活用するプロジェクトである。
植物を主原料とするSAFは、従来の石油由来のジェット燃料と比べ、ライフサイクル全体におけるCO2削減を見込むことができる。揚げ物の調理などで発生する家庭からの廃食油も、重要な資源の一つとなるのだ。各家庭からの回収プロセスを構築すべく、JALと横浜市は取り組みを進めており、この日のイベントは実証実験に当たる。プロジェクトを担当する横浜市の村尾さんは、カーボンニュートラル事業推進課で担当係長を務めている。
村尾「2022年4月、横浜市のみなとみらい21地区が国の脱炭素先行地域に選定されたことから、地域の脱炭素に向けてさまざまな取り組みを行ってきました。脱炭素先行地域の取り組みの一環として、都市における廃棄物の削減・利活用を推進しているのですが、地区内に本社を構える日揮ホールディングスさん(※)との縁により、横浜市は航空燃料における廃食油リサイクルの普及・啓発に取り組む『Fry to Fly Project』に参加しています。そしてJALさんが家庭の廃食油を回収する上で、パートナーとなる自治体を探していたことから、連携協定を締結しました。現在は、廃食油回収の社会実装に向け、仕組みを構築している段階です」
※JALと共に積極的に「Fry to Fly Project」プロジェクトに取り組んでいる企業
廃食油の回収は、実証実験を経て2024年6月から本格始動される予定だ。回収フローとしては、まずスーパーマーケットの利用者に対し、家庭で廃食油をためるための専用ボトルを配布。利用者は集めた廃食油を店舗に持参し、設置された回収ボックスに流し込む。集められた廃食油は、廃食油回収事業者が回収してSAFの製造工場に搬入。製造されたSAFは空港へと運ばれ、航空会社が利用する仕組みである。
村尾「横浜市は2050年までの脱炭素化『Zero Carbon Yokohama』を目指していますが、横浜市内には空港はなく、航空会社のSAF移行が市内の温室効果ガス削減に直結するわけではありません。私たちが廃食油回収にアプローチするのは、市民の皆さまがCO2削減への課題意識を感じ、行動を変えるきっかけにしていただきたいからです。そのため、市長による記者会見の実施、市民向け広報誌での情報掲載、イベントでの出展など、機運醸成に向けて全面的に協力しています。そしてもう一つ、自治体としての重要な役割が、廃食油の取り扱いルールを整理することです」
通常、一般家庭から排出される不要物は「廃棄物」として扱われる。近年はこれらの不要物に企業側が価値を見いだし、一定の品質にあたるものを「資源」として有効利用する動きが広がっていることから、横浜市もこうした流れを後押ししてきた。廃食油を「資源」として扱い、再資源化の方法を確立することも、今回の実証実験の目的となっているのだ。
村尾「家庭から廃食油を回収する方法は、容器一つとってもさまざまです。例えば、各家庭からペットボトルを持参していただき容器ごと回収する方法、専用ボトルで回収して都度洗浄したボトルと交換する方法があります。前者は油のついたペットボトルをリサイクルしにくい、後者は容器を洗浄工場に運ぶ際にCO2が排出されるなど、それぞれデメリットがあるのも事実。今回は環境負荷を減らすことに主眼を置き、個人で専用ボトルを何度も再利用する方式をトライアルすることで、安全性やユーザーの手間など、さまざまな観点から検証したいと考えています」
生活者とSAFを“つなぐ”、イオングループの役割
市民が廃食油を持ち運ぶ上では、回収場所も必要になる。今回のプロジェクトでJALが協力を要請したのが、横浜市と包括連携協定を結ぶイオンだった。イオンフードスタイルをはじめ、さまざまなグループ内の店舗を市内に展開する同社は、環境以外にも、防災、健康、子育てなどで横浜市と連携している。そうした事業を担う一人が、環境・社会貢献部でGXを担当する中山さんだ。
中山「数ある店舗からイオンフードスタイル鴨居店を選んだのは、廃食油の回収に適していると考えたからです。横浜駅周辺など都市部の店舗だと、ボトルを持って電車に乗ることになり、お客さまの負担は大きい。そのため、住宅街で駅近くに位置する鴨居店は実証実験に最適な立地でした」
イオンフードスタイル鴨居店の店長として、現場を監督するのが藤澤さんだ。プロジェクト始動時より、買い物客から一定の反応があることを見込んでいた。
藤澤「家庭で使った食用油は、廃棄の仕方に困るもの。ペーパータオルで吸収させるよりも、ボトルに移す方が、お客さまの手間はかかりません。鴨居店では日頃からトレイや段ボールなど他の資源も回収していたので、廃食油は『もう一つ加わる』という感覚で回収できると思いました。実際にイベント開催に向けてビラを配布したのですが、多くのお客さまに手に取っていただきすぐに無くなったことから、関心の高さがうかがえましたね」
藤澤さんがプロジェクトに積極的だったのは、店舗責任者として一つの課題を抱えていたからだった。環境貢献活動における理解促進である。
藤澤「例えば、リサイクル品の回収ボックスが汚れていたり、他の物を投棄されたりしていると、ご協力いただいているお客さまに対して申し訳ない気持ちになります。会社として環境貢献を推進しても、それに伴う労力がかかってしまえば懸命に頑張る従業員の負担になってしまいます。そのため、単なる注意喚起ではなく、環境貢献活動への参画という意義をお伝えできる何らかの啓発をしたいと考えていました。そこで緑区の環境推進課さんに働きかけていたところ、ちょうどいいタイミングでSAFの話を聞きました。横浜市やJALという生活者に近い企業と一緒に活動ができれば、資源回収のイメージをポジティブにできるかもしれない。そんな期待が、一つのモチベーションになっていたんです」
信頼あるサプライチェーンを構築し、水平展開を目指して
市民からの回収に加え、重要になる要素がトレーサビリティだ。回収した廃食油がどのような流れでSAFへと活用されていくのか。そのプロセスを把握し、明確化することも、プロジェクトの課題となる。
村尾「ご家庭から集めた廃食油は、通常は廃棄物として取り扱われます。廃棄物を取り扱う際には廃棄物処理法に基づく許可を取得する必要がありますが、資源となるとその扱いは変わります。資源として売買が可能な有価物であれば、複雑な許可は不要であり、さまざまな業者の参入が可能です。今回のプロジェクトでは、横浜市が廃棄物と有価物(資源)の判断について支援するとともに、市民の皆さまが安心して資源として廃食油を持ち込んでいただけるよう、回収後のプロセスを明確にすることに力点を置きました。回収した廃食油は、所有権がJALさんに移行します。回収、運搬からSAFの製造に至るサプライチェーンを、JALさんがしっかりと構築しているため、皆さまの理解も得られやすいのではないでしょうか」
中山「お客さまの環境に対する意識は、年々高まっているように感じます。他の資源に関しても、『回収後にどのようにリサイクルされるのか』と問い合わせを受けることも多いです。今回の廃食油に関しても、トレーサビリティが重要なのは明白でした。『廃食油で航空機が飛ぶ』という分かりやすい循環モデルも、プロジェクトの盛り上がりを後押しすると期待しています」
藤澤「お客さまの質問に答えられるよう、従業員とともにSAFを勉強してきました。現場スタッフも、例えば『回収した油は引火しないか』という安全面の懸念を抱いたりします。(※)こうした懸念はお客さまも感じるはずなので、告知物で周知するなどしてお客さまへの情報発信を心掛けています」
※廃食油は灯油などと異なり消防法の危険物に該当せず、一般的な廃食用油の引火点は280度以上とされており、マッチなどの弱い火力であれば着火する心配はありません
回収イベント当日も、利用者からはさまざまな質問があがっていた。JALのスタッフが個別に対応することはもちろん、ブースではVR体験によりSAFの生産プロセスを解説。プラントや空港など普段は見られない光景に、熱中する子どもたちの姿も見られた。
村尾「ブースではダイエーさんと協力して、お子さま向けに緑区のキャラクター『ミドリン』の缶バッチ作りも実施しました。イオンフードスタイルには子連れのお客さまも多いため、未来世代に脱炭素への関心を持っていただくためにも、親子で楽しめる仕掛けづくりを工夫しました。6月以降は回収ボックスを常設する予定です。こちらの店舗では、段ボールなど廃食油以外の資源回収の取り組みも実施されています。環境月間や3R推進月間などと連動させながら、イベントなど普及啓発を定期的に開催していきたいですね」
国産SAFの普及を図る上では、より多くの家庭から廃食油を回収していく必要がある。イオンフードスタイル鴨居店を起点に、今後プロジェクトはどのように広がるのだろうか。
村尾「今回は食用油を買う場所で回収するという、最も市民の方に身近で分かりやすい場所で実証を実施しました。ノウハウが蓄積されれば、駅やコンビニなど他の場所でも回収できるはずです。今回の取り組みを始めて、市民の皆さまからも『家の近所で回収してほしい』という声が寄せられています。多くの人口を抱える横浜市で回収サイクルを水平展開できれば、持続可能な未来へと近づくのではないでしょうか」
中山「一つの自治体の中で広げることは、回収効率の観点からも重要。イオングループとしても、拠点は増やしていきたいところです。そこで課題となるのは認知度でしょう。イベントなどを通じてSAFへの理解が広がれば、回収ボックスを設置する店舗も増やせると考えています」
藤澤「社内の意識を一つにしていくことも欠かせません。スーパーマーケットは、店舗によってお客さまの層やニーズ、リソースが異なります。店舗にとっては作業負荷の少ない仕組みづくりが必要ですし、安全性も確保しなければなりません。そうした意味でも、私たち鴨居店が一つ一つの現場課題を解消して、モデルづくりをしていきたいです」
自治体、企業、生活者の連携が、未来の航空機を飛ばす
市民への旗振り役となる自治体、地域に根差した企業、サプライチェーンを構築するJALが、一体となった今回のプロジェクト。3人はどのような思いで、連携を強めてきたのだろうか。
藤澤「実は私の父親がJALに勤めていたこともあり、今回の話には不思議な縁を感じていました。環境への取り組みは、個人的にもやりがいを感じます。スーパーマーケットの大きな課題の一つとしてフードロスが挙げられますが、SAFもある意味ではフードロス削減の一つ。『食べ物を無駄にしたくない』という思いはお客さまも同じはずなので、お店とお客さまが一体となって取り組める場をつくっていきたいです」
中山「イオンはさまざまな角度から環境保全にアプローチしていますが、廃棄物処理法などの環境関連法規が関わるほか、市民の皆さまの認知向上のためにも、行政との連携は欠かせません。航空機で多くの人が移動を行えば、各地域の活性化にもつながります。そのためには国産SAFを普及し、持続可能な空の移動にしなければなりません。地域、企業、航空会社がパートナーとして、より強く結束することが、今後は求められていくでしょう」
村尾「脱炭素の取り組みは、日常とかけ離れた他人事と一般には思われがちです。しかし家庭で使い終わった油を回収場所へ持っていくことは、誰もが直接的に起こせるアクションです。ゴミだと思っていた物を、自分の行動で資源に変え、脱炭素に貢献できる。そんな実感が広がれば、航空燃料にとどまらない波及効果も生まれるはずです。持続可能な未来への可能性を広げられるよう、パートナー企業、そして市民の皆さまと協力していくことが、何より大切だと考えています」
家庭に眠る貴重な資源を活用するため、官民が連携し、おのおのが持つ「ENJIN」の役割を果たしていく。そうした輪が全国に波及していくことで、SAFの国産化、そして脱炭素社会が実現するのだろう。6月から始まる実装は、どのような形で盛り上がりを見せるのか。“つながり”の力に期待したい。
取材・文:相澤優太
写真:水戸孝造