金融機関に効率化とイノベーションの機会をもたらす生成AI。マッキンゼーの最新の調査によると、金融機関が生成AIの可能性を最大限に引き出すには、運用の仕方がカギとなるようだ。金融サービス業でのAI活用は現在どこまで進んでいるのだろうか。
銀行業界でも進むAIの活用
他の業界同様、銀行各社もまた生成AIの導入を急いでいる。この新しいテクノロジーが登場した際には「生成AIは利用可能な段階にあるのかどうか」迷っていた銀行業界が、1年のうちにユースケースと価値獲得を拡大するステージへと進んだとレポートにあるほど、驚異的なスピード感だ。生成AIの活用は、従来からある銀行業務そのものを大きく変更することはないものの、影響が大きいのは確かだ。
銀行業界におけるデジタル化による変化は、「何が」変わったのかというよりも「どのように」変わったのか(変わるのか)という方法の変化が多いとする議論も多く聞かれる。
例えば、個人の利用客はこれまで通り残高の照会やお金の出し入れ、送金という用途で銀行と関わるが、実店舗の窓口に出向くというこれまでの方法をATM機やモバイルデバイスでの操作に替えていっているということ。方法こそ変わってきているものの、本来の業務は今までも、これからも変わることはないと見られている。
確かに、ドットコム企業が台頭してから25年ほどが経過する今なお、デジタルオンリーの銀行で、従来型銀行の規模を超えたものは登場していないことから、銀行そのものは存続していくものと見る向きが多い。
銀行業務の軽減からコンプライアンスのチェックまで
それでは、従来型のまま改革しなくても十分に生き残れたであろう銀行で、AIはどのように活用されているのか。米国の銀行市場のトップへの調査によると、AIの活用先はカスタマーサービス、レポート作成、合成データの生成、マーケティングが主要なものとして挙げられている。
特に重要なレポートの自動作成は、大幅な時間と人件費の節約になり、かつ精度がアップするため全体的な質の向上にもつながっている。様々なソースから情報を収集して、内容が充実した報告書を人間のよりもはるかに迅速に作成が可能で、これによって財務諸表、市場分析、リスク評価、顧客への金融アドバイスまでも自動化に頼ることができるため、やがては24時間いつでも、AIによる金融関連の相談ができるようになることも予想されている。
アクセンチュアの報告書によれば、生産性の向上は22%~30%、収益成長率は600BPS(1株当たりの純資産)、ROEは300BPSのポテンシャルがあるそう。また、マッキンゼー・グローバル・インスティテュート(MGI)の報告書ではAIによって世界の銀行業界にもたらされる価値は、年間2,000億ドル~3,400億ドル(約30兆円~51兆円)と見積っている。いずれも、生産性が向上することで得られる利益の計算だ。
また、数多くの複雑な書類がある銀行のペーパーワークの、例えばローンの申込書、本人確認手続き、契約書、当局へ提出する書類といったものの情報を自動で抽出、解釈、分類することで過程を自動化することで、生成AIが活躍し、業務に大幅な改革をもたらすと考えられる。書類の処理と同時にコンプライアンスチェックや記入漏れなどのチェックも可能で、結果をシンプルな人間の言語で出力できるようにもなる。
前述のアクセンチュアの分析では、米国の銀行従業員の業務時間の73%がAIの影響を受ける可能性が非常に高いとし、39%が自動化、34%が拡張の影響を受けると見積もる。その影響は窓口の従業員からCレベルの幹部に至るまで、さまざまな形態で及ぶとされている。41%の銀行従業員の業務の60%がAIのサポートを受けることで軽減されると同時に、より多くの判断が必要となるクレジットアナリストや個々のケースに対応するリレーションシップマネージャーなどには、生成AIのデータ拡張によって素早く資料を準備でき、従業員の34%にあたる人々への恩恵とつながる。
生成AIの可能性の最大化のカギとは
こうした生成AIの可能性を最大化する上でカギとなるのが、その運用方法であるということがマッキンゼーの最新調査で判明している。
同社が欧米の大手金融機関16社を対象にした同調査では、50%以上が中央集権型の運用モデルを採用。生成AIソリューションのチームを中心に、戦略の策定から実行まで一元的に管理することでAIチームのスキルや能力の構築も最速で可能になり、金融サービスにおける生成AIは非常に初期段階であるものの、最大の成果を上げているようだ。
高度に中央集権型の運用モデルを採用している銀行とその他の金融機関は、その70%がユースケースを実働環境に導入しており、分散型の運用モデルを採用している機関の導入率30%と大きく差をつけている。これは、一元化された運用が試験的段階から問題の解決、よりチャレンジングな環境での実働へと迅速に進むことができる一方で、分散型はパイロット段階から本格稼働へ移行する段階で苦心しているからとのこと。生成AIの急進によって金融サービス各社は、進化し続ける技術の能力や未踏のリスク、広範囲にわたる組織的意義に取り組むため、運用モデルの再考を強いられている。
同社が開催した最新のフォーラムでは、90%以上の金融機関がリソースの適切な配分や運用リスク管理に中央集権型の生成AI機能を設定していると回答している。また20%の機関が、生成AIの戦略的運用、スタンダードの設定、そして実行に高度に中央集権型の運用モデルのアーキタイプを利用しているとしている。約30%は中央集権型で、意思決定は中央、実行は事業部門という方法、別のほぼ30%が事業部門主導型で、中央集権のモデルはスタンダードの設定のみを行い、各部門が戦略に沿って実行を任されている形。残りの約20%の機関が高度に分散型のアーキタイプを利用している。この分散型利用は主に、自立した生成AIの取り組みに自社で十分なリソースを集めることができる大手の金融機関が当てはまる。
ただし、分散型よりも優勢な中央集権型の運用モデルにもフリクションが無いわけではない。戦略的ロードマップや資金調達メカニズム、人材プールなどで不一致が発生しやすく、これまでも運用モデル採用の主な障害となっている。金融機関の重要なリソースの喪失の恐れやオペレーションの優先事項を見落としてしまう恐れがあるからだ。
また、すでに生成AIの活用に成功している金融機関には、迅速にプロセスを再構築したり、柔軟にリソースを集約したりできる、高度な組織のアジリティがあることも判明している。こうした組織の生成AIチームのアジリティによって、ユースケースの早い段階からクラウドエンジニアやビジネスドメインの専門家、リスクとコンプライアンスの担当者を関与させることができるためであり、これが成功のための重要な要因だということがわかっている。これは、生成AIの非常に反復型の開発プロセスと、アプリケーションのスケーリングに関する予期せぬ、または推測される潜在的な意味を考慮する必要があることという、2つの要因によるものだ。
人による意思決定が必要なAI活用
金融機関にとっての生成AIの採用は、コスト削減を第一義とするものではなく、主に成長を促進するものであり、投資をしたところでリターンは未知数だ。目の前の課題は、現在の銀行業務のオペレーションの改革と、混乱を限定的に保ちながら機会を最大限に生かすことのバランスだと言われており、そこには、卓越した実行力だけでなく、好奇心を中核とした革新の文化が必要になってくる。
過去のデジタル改革やスマートフォン出現の時とは異なり、銀行は生成AIによる組織への影響を避けることは出来ない。ほぼすべての銀行業務に、生成AIが関わってくることは確実だ。生成AIの選択や導入に経営陣は、戦略とビジョン、ドメインとユースケース、導入モデル、人材、リスク、変革管理など、さまざまな分野での意思決定が求められている。
現時点で「生成AIの実経験が5年以上ある」という人材は残念ながら存在しないため、この分野を外部からの採用とするか、社内で人材を育成するかも大きな意思決定事項だ。また、人材が生成AIだけでなく銀行業務を理解する必要性もあり、いわゆる中間で「通訳」をする人材も新たに必要となると見られている。
金融機関にとっての最大の敵、リスクを乗り越えた成長への道
金融機関にとって一番避けたいのがリスクだ。生成AIを活用することによって、どのように誰がリスクのガードレールを決定するかが見極めなければならない。データ保護や知的財産権、法律違反などに関連するリスクを軽減する戦略が必要だ。
また、生成AIの採用に際して、顧客が利用するユースケースなどといった特定の場合における新たなガバナンスの必要性などといった、既存のフレームワークへのリスク調整を見極めなければならない。
最適な運用モデルの選択に、金融機関には戦略的なアプローチが欠かせないと報告書はまとめている。まずは、生成AIチームの役割に対する期待値の設定や時間の経過とともに適応できる柔軟性をモデルに組み込むことなど、重点的ポイントに取り組む必要がある。同時に、スピードとリスクを伴う改革とのバランスをとりながら、生成AIのポテンシャルを最大化させなければならない。
スケーリングが容易ではないことを念頭に、急成長するテクノロジーの恩恵を最大限に得るためにはまず、適切な運用モデルを見極めることが重要なようだ。
文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit)