グローバルの租税改革で企業の負担増 生成AI活用で法人税のインパクトを予測する取り組み

世界的な法人税改革の流れを受け、企業の税務に対する透明性への要求が高まっている。OECD(経済協力開発機構)加盟140以上の国・地域が2021年に合意したグローバルミニマム課税15%は今年2024年に各国で導入される予定だ。こうした中、KPMGが生成AIを活用した「KPMG Tax Transparency Services – Impact Analyzer」を発表した。複雑化する業務をどのようにサポートするソリューションなのか。

OECDのグローバルミニマム課税

米国の会計機運設定主体であるFASB(財務会計基準審議会)は、上場企業に対してより包括的な法人税の開示を求める提案を承認した。これは企業に対し、国ごとの税金、利益、経済活動の開示を義務付けるOECDのグローバルミニマム課税の導入に続く動きだ。

グローバルミニマム課税は、多国籍企業に対して最低15%の法人税を課すという同意。これによっていわゆるタックスヘイブンによる巨大企業の税逃れを防止し、法人税率下げ競争に歯止めをかけるというもの。これが世界的に実行されれば課税されていなかった利益のうち80%を取り戻せると試算している。言うなればAppleやAmazonなどの巨大企業がターゲットで、世界の政府に総額2,500億ドル(約37兆8,500億円)の追加歳入をもたらすとされている。

この改革には2つの柱があり、1つは多国籍企業の利益の25%を、企業の拠点に関係なく企業の「顧客」がいる国に割り当てるというもの。2つ目はグローバルミニマム課税を15%に設定し、各国政府が独自の水準で上乗せ徴収できるというもの。最低税率を適用することで、国際企業の法人税の9%にあたる2,200億ドルの獲得を見越している。

また、1つ目の柱である税金の配分は、2,000億ドル分に相当すると見られ、前回の予測1,250億ドルから大幅に増加。これは多国籍企業の利益が大幅に増加したことによるもので、その50%がデジタル関連企業とされている。また、2つ目の柱によってより多くの利益に課税できるようになることで、130億から360億ドル増を見越している。

この改革には、開発途上国からは大損の見込みがあると批判の声が上がっていたが、OECDの最新の試算ではこの再配分によって最も利益を得られるのは、低・中所得国であることがわかっている。またこの改革はこれまで、低税率の国で利益を享受していた多国籍企業に更なる税が課せられることとなり、利益を圧迫するという意味でもある。

法人税の開示

これに続きFASBの承認した新しい基準では、企業により包括的な法人税の開示を求めており、例えば州レベル、および連邦レベルで支払った法人税や外国所得税の支払いを年次財務報告書に盛り込まなければならない。ちなみに現在は、現金で支払った税金総額や、実効税率、税制上の優遇や経費のみの開示要求だ。

この新基準は2016年に初提案されたものの、投資家を困惑させる、といった理由や企業の機密が漏洩するなどと業界が抵抗していた。ここへ来て、承認へと進んだのは投資家からの声が大きかったからとFASBは言及している。この新基準は今年中に調整が終わり、公的企業には2025年、私企業には2026年から適用される予定だ。

複雑化する業務をサポートする生成AI

こうした動きの中で発表されたのがKPMGとMicrosoftが共同開発した生成AIを活用するプラットフォームだ。このソリューションはAzure Open AI Serviceを用いたクラウドベースで、データラングリングをし、企業がFASBやOECDの新しい基準や、ステークホルダーの要求に対応できるというもの。

税務関連の大量のデータを組織全体から迅速かつ効率的に収集し分析、インタラクティブで使い勝手の良いダッシュボードに表示できることが売りだ。

企業が税務ESGに関するナラティブを正確に伝えることができるかどうか、にも注目が集まっている。というのも、最近同社が実施した500人のCスイートを対象にした調査では、この経営幹部のうち自社の税務ストーリーを公に伝える準備ができているのは、わずか10%のみであったことが判明。その理由として、事業を展開する世界各国でさまざまな状況がある中、すべての国々から必要なデータを収集することが困難、データを収集し比較するテクノロジーがない、データを読み解くスキルのある人材不足、データを収集し比較する人材が足りない、といった理由を挙げている。

企業はImpact Analyzerの自動データ抽出・整理機能を使うことによって、開示に必要な大量のデータを解析することが可能になり、コンプライアンスプロセスが簡素化され、評判の悪化や納税者と当局の紛争、国民の不信感のリスクを最終的に軽減することが可能となる。

ESGと税の関係

近年その必要性に注目が大きく集まる、企業の環境・社会・ガバナンス(ESG)への取り組み。投資家やステークホルダーがより重視するようになってきているのはもちろんのこと、企業価値の向上もこのESG事業戦略にかかっていると言っても過言ではない。環境保護を達成することで受けられる税制の優遇や排出に応じてますます厳しくなることが予想される環境税など、複雑なESG要因が企業戦略と税務に密接にかかわってくることは明白だ。

KPMGは「税はESG(環境、社会、ガバナンス)のサステナビリティの促進力であり、重要な指針である」と述べ、税務部門は税務戦略や業務の調整が求められ、税へのサステナブルな取り組みと、グリーンタックス優遇税制へのコミットメントを求められるとしている。

ビジネスにおけるサステナビリティへの取り組みや企業の社会的責任の比重が高まる中で、税務部門が企業戦略とESG戦略を統合させる業務の負担増加は免れない。こうしたデータの収集・分析もKPMG Tax Transparency Services – Impact Analyzerがサポートできるというものだ。

OECDの税源浸食と利益移転(BEPS)第2の柱グローバルミニマム課税対策や国別の報告書、税のESG、その他の税の透明性や実効税率の世界基準に対応できるとしている。さらに、報告に必要な複数の企業資源計画(ERP)および非ERPからの構造化されているものとそうでない税務データと非税務データを識別。データを収集・抽出し、「ブラックボックス問題のない」自動化と変換を提供する。また、インテリジェント分析は、企業が高評価であるように肯定的に納税を解釈し、より説明的なナラティブが必要となりそうな潜在的要注意箇所を指摘するのに役立つ。

最終的な納税報告書は、用途に合わせて例えば規制当局向け、投資家向け、顧客向け、サプライヤー向けなどと複数の下書きを作成することができる。ここで言う税金とは大きく分けて、(1)通常政府機関が課税し学校や道路など公共サービスに使用される固定資産税、(2)企業が負担する従業員所得税や社会保険料といった対人税金、(3)製品やサービスに課せられる消費税や関税といった間接税、(4)事業で得た利益に課せられるキャピタルゲイン税、そして(5)大気汚染や廃棄物などといった環境を破壊することで課せられる環境関連税の5つがある。

KPMG Tax Transparency Services – Impact Analyzerは、KPMG Digital Gatewayを通じて、この膨大なデータをかき集めて分析、強力なインサイトの提供をし、ビジネスの課題解決をかなえるとしている。

税務におけるAIの活用

税務のシーンにおける生成AIの活用は、他の分野と比べるとややスローな印象を受けるとしながらも、そのポテンシャルは数字やデータの取り扱いにとどまらないと見る向きもある。

EYのグローバルタックスイノベーション部門のJeff Salviano氏は「生成AIには、オーダーメイドのアドバイスの提供や微妙な判断をするポテンシャルがある」としている。

すでに配布されているTaxGPTに関しては、生成された回答を丸ごとそのままクライアントに提供するわけではないが、かなり有用、と言及。TaxGPTはペルソナベースの検索ができることは特に評価される点で、性質の異なる複数の企業を分析し、B社に対してA社を守るためのアドバイスの生成も可能だそうだ。

一方でリスクもある。英国の会計事務所DSG Chartered AccountantsのタックスマネージャーRob Hackney氏によると最も重大なリスクは「非現実的な予想」とのこと。「データの品質が悪ければ、生成されるデータも利用価値がそれほどない。AIを超えた専門家のアドバイスや、人間の微妙な判断力はAIによって代替されない」として、AIが100%ではないと示唆している。

変化のスピードに迫られる企業の対応

税務の透明性がより求められる昨今、ESGに関する場面でもその重要性は高まっている。情報開示が義務化される潮流の中、企業は今すぐアクションを起こす必要があり、AIツールの活用もリスクを回避しつつ、大量のデータを迅速に処理できる一つの方法であり、テクノロジーを制するものが税務改革を制するものといっても過言ではない、とKPMGの税部門副会長は言及している。

会計士と税理士が税務において重大な役割を担う一方、前述500人のCスイートを対象にしたアンケートでは、「テクノロジーを学ぶことができる税の専門家」と「税務を学ぶことができるテクノロジーの専門家」のどちらを雇うか、という質問では、2021年に約6割と圧倒的に多かった「税の専門家」への需要が徐々に「テクノロジーの専門家」の需要に移り変わっているのも興味深い。2023年の回答では税務を学ぶことができるテクノロジーの専門家を雇う、と回答した割合が46%と、税の専門家の54%に着々と近づいてきているのだ。

これを受けてKPMG USの税部門、全米マネージングプリンシパルのRema Serafi氏は「技術革新によって税務の手法が変わり続ける中、人材はかつてないほどに重要」だとし、この先税務部門に必要な人材は税務の技術的側面を理解し、最先端の技術を駆使しながら複雑なデータを分析するスキル保持者。テクノロジーファーストの思考と税務スキルを混合させることが、デジタル時代の税務部門に欠かせないと分析している。

法人税を取り巻く環境がよりタフに、報告義務内容がより複雑になり、規制が変更し続ける中でAIを活用することの有用性に注目が集まっている。

統一した規格が確立されておらず、世界各国や地域で異なり、変化し続ける規制へのコンプライアンスの遵守など、マニュアルで対応していてはとても間に合わない時代へと確実に突入している。AIが企業とって避けて通れないテクノロジーの座を確立している昨今、ここからは企業のAIに対する対応力、理解力が成功のカギを握っているようだ。

文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit

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