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AmazonがこのほどAIスタートアップのAnthropicへ27億5,00万ドル追加出資し、同社への投資を完了したと発表。合計40億ドル(約6,063億円)の投資は、Amazon史上最大の社外投資と報じられた。Microsoftが抱えるOpenAIのライバルであるAnthropicへの投資でAmazonが目指すBedrockの強化に注目が集まっている。
AIをめぐるテック企業の競争激化
改めて言うまでもなく、Amazonの巨額投資は近年ますます激化している生成AI競争を勝ち抜く狙いがある。世界のAIレースは現在、OpenAIとパートナーシップを提携したMicrosoftが業界の圧倒的勝者だと見られている。
MicrosoftはOpenAIに対して2019年に10億ドル、2021年に2回目の出資(額は不明)をし、2023年1月にはさらに100億ドルの投資をしたと報じられている。その後、10月にはOpenAIの評価額が800億ドル超に達し、9か月前から3倍に上昇している。
またMicrosoftもAI投資に注力したクラウドコンピューティング部門がけん引し、2023年7‐9月の純利益が前年同期比27%アップの222億9,000万ドル(約3兆3,850億円)、収益が565億1,700万ドルと、同社やアナリストの大方の予想さえ超える業績となった。
また、同四半期のクラウドフォーカス事業で史上最大の成長率19%(242億6,000万ドル)を記録、Officeやメールなどの職場製品のプロダクティビティ部門は13%の成長、約186億ドルの収益を記録した。
クラウド部門が好調なMicrosoftと後塵を拝すGoogle
業績が好調なMicrosoftの、特にクラウド部門での急成長にAmazonが気をもんでいた。
MicrosoftのAzureクラウドの成長は、前年比29%で前四半期との比較でも26%と驚きの結果となったからだ。同社はそのうち2%ポイントがOpenAIのGPT-4などの生成AI製品によるものであるとし、欧州ではプライバシー保護規定に則ったOpenAIモデルの利用は現在、Azureを通じてしかできない。
さらに、MicrosoftはMetaのLlmaやHugging Faceのモデルといったオープンソースのモデルへのアクセスも提供しており内容が充実。同社の「全般的な差別化」によって、AzureのOpenAIサービスを利用している企業は1万8,000社にまで拡大。一流のAIスタートアップは自社のAIソリューションにOpenAIを利用しているため、Azureクラウドの利用がアップするとして、今後もデジタルファーストの企業へとアプローチする計画だ。
一方でクラウドビジネスが3社中最小規模にとどまっているのがGoogleだ。同社を傘下に持つAlphabetは同四半期に22.5%業績アップした一方で、前年比32%ダウン、前四半期比で28%ダウンと、サービス開始以来最もスローな成長にとどまった。
最小規模であるがゆえに、最大のポテンシャルがあるAlphabetの伸び悩みは、世界経済のスローペースの影響を受けた、と言えなくもないが同じ製品を同じ市場で同じ顧客で競うMicrosoftの成長を見ると、もはや言い訳にはならない。
AIのトップ企業を自称するGoogleは、AI駆動のクラウドビジネスでMicrosoftに後れをとるわけにはいかない。Googleは2023年12月に、同社のクラウドで利用が可能なマルチモーダルGeminiモデルを発表し、市場に新たな動きをもたらしたとされ、今後の動向に注目が集まる。
クラウド戦争に向けたAmazonの動き
大手テックで次なる収益の対象となる「クラウド」ビジネスの強化は各社ともに喫緊の問題だ。そこでAmazonはAnthropicに巨額の出資をすることでライバルに挑んでいる。
Anthropicのテクノロジー、中でもClaude 3のサービスをAWSに導入し、Anthropicは主要なクラウドプロバイダーとしてAWSを利用することに同意。また同社はAmazonの独自設計チップTrainium(機械学習アクセラレーター)やInferentia(推論に特化したチップ)を基盤モデルのトレーニングに利用している。
AmazonがMicrosoft同様にクラウド上でのAI機能を拡充し提供するのは確実であり、おそらくAWS上のAI生成プラットフォーム「Bedrock」の魅力を高める要因となる。
Anthropicの基盤モデルのClaudeはOpenAIやChatGPTの競合。同社は3月に大規模言語モデル「Claude 3」ファミリーをリリースし、スタンダードベンチマークテストでOpen AIやGoogleを上回る性能を示したばかりだ。
このClaude 3ファミリーはHaiku、Sonnet、Opusと3種類がリリースされ、それぞれがインテリジェンスやスピード、コスト面でのユーザーの多様なニーズに対応しているとのこと。
例えばHaikuは低価格設定で、同等モデルのGPT-3.5やGemini 1.0 Proと比較してもパフォーマンスが高く、最も高価格かつ高性能のOpusは科学的データの分析とコンピュータコードの生成に有用だとしている。Haikuはすでに一部のユーザーから「非常に有能で、価格が安すぎる」と評されるほどの高評価だ。
AWSのData and AI部門の担当副社長であるSwami Sivasubramanian氏は「Anthropicの生成AIと、Amazonの業界最高クラスのインフラAWS TraniumやマネージドサービスのBedrockを組み合わせることで、顧客に迅速で安全、かつ責任ある生成AIのイノベーションをさらに届けられるようになる」とAmazonのブログでコメントしている。
Amazonはこの最強Claude 3の発表後まもなく、同機能を順次Bedrockに追加。現在利用可能なものはSonnetとHaikuであるが、Opusも近日リリース予定でファミリーの全シリーズの利用がかなう。
BedrockのAIフルマネージドサービスでクラウドユーザーは、1つのAPIから複数のモーダルにアクセスが可能、ClaudeのほかCohereやオープンソースのMistralやMetaのLlmaの利用が可能となり、顧客や従業員向けのモデルだけでなく、自社でサードパーティーモデルの構築も可能になっている。
Anthropicへの出資でAmazonは、最強のClaude 3を提供する権利を留保して競合に差をつけることで、投資家から「クラウド上のAI機能でAzureに後れをとる」と見られている立場を返上したい狙いがある。
今後企業のAI関連の需要が増加することで、Amazonは立場の返上だけでなく収益のアップも確実に見込めるとされている。
顧客には、AWSのクラウドサービスまたはS3を利用してBedrockのプラットフォームで自社AIアプリの作成が可能、しかも最前線のClaude 3の利用が可能であるとアピールできるとし、話題のスタートアップや一流企業、政府機関の多くが同社のマネージドサービスを選択すると期待している。
また、AWSはスタートアップ向けに主要なAIモデル利用の無料枠プログラムを拡大するとロイターのインタビューで明かしている。
スタートアップにAnthropicやMeta、Mistral AIなどの他社プロバイダーからのモデルをクラウドで利用する際の無料枠を提供。ファーストストップとしてスタートアップにAWSを選んでもらえるよう、エコシステムをバックアップするものとしている。
Amazon側は、この無料枠は同社ではなくAnthropicの収益につながるとしたうえで、これはエコシステム構築に不可欠で過去10年間ほどで60億ドル以上の無料枠をスタートアップに提供してきたと明かしている。
加熱する投資合戦にFTCの調査も
マグニフィセント・セブン(米国テクノロジー企業7社)によるAIや機械学習への投資は、2022年の44億ドルから23年には246億ドルへと飛躍、一方で巨大テック企業群によるM&Aは40件から13件に激減している。
スタートアップへの投資競争が激化する中で、今年1月に連邦取引委員会(FTC)は、生成AIとのパートナーシップに関して巨大テック企業の調査に乗り出す事態にまで発展している。消費者を保護し、競争市場を維持するためとする調査はAlphabet、Amazon、Anthropic、MicrosoftとOpenAIの5社を対象に行われる予定だ。
ただし、AmazonとAnthropicの提携は独占や限定とは言い切れないため、問題はないと見る向きが多い。というのもAWSを通じなくてもユーザーはClaude 3に直接アクセスできるからだ。
またAmazonでは、社内のAI部門で大規模言語モデル「Olympus」を専門チームが開発中との噂がある。Olympusは2兆個のパラメータを有し、最大の大規模言語モデルになる可能性も。OpenAIのGPT-4モデルのパラメータは1兆個とされており、倍の規模になると見られているからだ。
また、同Olympusは今年半ばにはClaudeの最新モデルを超える性能で発表されるという噂もあり、業界が注目している。ただし、これまでのAmazonの自社LLMは成功とは程遠いのが現実。
AmazonではショッピングのチャットボットやビジネスのチャットボットQに生成AIを使用している。ただ社内のLLM学習を担当せず、利用だけする部署ではClaudeの利用が明らかに有利、との声も上がり開発チームのストレスがうかがえる。
それでも、AmazonのCEO、Andy Jassy氏の肝いりプロジェクトとの見方が根強く、発表の日が待たれている。開発が完了すれば、Amazonのほぼすべての領域に組み込まれると予想され、AWSを通じて他の企業にも提供される。
顧客争奪戦に勝ち残るのはAmazonか
生成AIのスタートアップに史上最大級とされる40億ドルもの投資をしながら、自社での開発を進めるAmazon。MicrosoftやGoogleがクローズドの生成AIプラットフォームを中心に展開しているのに対して、フレキシブルでオープンなプラットフォームを提供して差別化を図っている。
またEU一般データ保護規則(GDPR)や米国のHIPAA(医療保険の携行性と責任に関する法律)に準拠したデータ利用の管理が可能で、安全性とコンプライアンスの重視もアピールしている。
AIスタートアップに史上最大の投資をする一方で、自社でその性能を超えるLLMを開発しているAmazonの戦略。ライバルのOpenAIは今年半ばにGPT-5を発表するとの噂もある。
Amazonは次なるドル箱であるクラウドビジネスで勝ち抜くことができるのか、目くるめく変化を遂げるAIを取り巻く情勢で、技術革新と資金をめぐる競争はまだ終わりそうにない。
文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit)