近年、ITやSNSの発達、新型コロナウイルスの世界的大流行により、エンターテインメント業界は大きな変革期を迎えている。SNSをきっかけにブレイクするタレント・アーティストが増え、その活躍の場はテレビや雑誌などの従来のメディアだけでなく、SNSやコアなファンを集めたライブなど多岐にわたるようになった。一方で、ファンや消費者を取り巻く環境も変化しており、タレント・アーティストには、ファンに選ばれる存在、いわゆる「推し活」の対象になるような、活動など求められるものも変化している。

このような変革期のエンターテインメント業界において、イベント事業者はどのようにイベント出演者とファンとのつながりを深め、収益を確保しているのだろうか。また、それをサポートするプラットフォームとの関係性とはどのようなものなのだろうか。

イベントのDXや収益拡大など時代のニーズにマッチしたエンタメ活動のサポートを行うイベントプラットフォーム「TIGET」(チゲット)の前田裕司氏(以下、敬称略)と、TIGETを実際に活用する人気お笑いライブ制作会社「K-PRO」(ケープロ)代表の児島気奈氏(以下、敬称略)に、コロナ禍以降のライブシーンの変化や「推し活」を促進するライブ体験、電子チケット販売に限らず様々なサービス・機能を提供するTIGETの価値、さらには両者が見据える先について話を伺った。

ーーITの発達やSNSの普及、コロナの流行などにより、お笑い、音楽などジャンル問わずライブシーンには、どのような影響があったのか、教えてください。

児島:2019年頃は劇場が毎日満員になるほどお笑い業界全体で劇場に足を運ぶ文化が成長していると感じていました。それがコロナ禍で一気に人の集まる場所への制限が求められる状況になり、お笑い界を盛り上げてくれていたファンや、芸人さんのための舞台がなくなってしまいました。そのことに対し、申し訳ない気持ちでいっぱいだったのですが、何かできることはないかと考え、当時は毎日芸人さんの近況を聞くYouTube生配信を始めました。

芸人さんには、舞台に立てないつらさや、楽屋で対面して顔を合わせることの楽しさについて話していただきました。でも、その状況を乗り越えるのは大変でしたし、いつ以前の状態に戻れるのかを気にしながら、毎日を過ごしていましたね。

前田:コロナ禍のイベント開催が制限された状況下で、TIGETの売り上げも10分の1以下に落ち込みました。その時は、サービスの存続自体も危ぶまれましたが、それ以上に普段からライブ関係の職種の方々の仕事がなくなってしまったことが気がかりで、何とかできないかと昼夜問わず考え続けていました。

そんな中、ライブ配信が急速に普及し始めました。実はコロナ禍以前から、私たちもライブ配信を提案していたのですが、当時は権利の問題や、アイドル業界はDVDやブルーレイの販売だけで十分な収益が得られていたこともあり、配信が普及しづらい状況でした。しかし、コロナ禍を機に配信を行うことが一般的になり、TIGETもオンライン配信チケットを販売するようになりました。これはTIGETにとって大きな変化でしたし、多くの方にご利用いただけるようになりました。

ーー現在のライブシーンの状況について教えてください。

児島:常連だったお客様がコロナ禍で劇場に足を運ぶ習慣が途切れてしまい、もう一度劇場に足を運ぶきっかけが作れず、なかなか戻ってこないという問題があります。この問題を解決するためには新規客を集めつつ、常連さんが戻ってきやすい環境作りを両立することが大切だと考えています。

前田:お笑いに限らず、アイドルやアーティストのイベントでも同様の状況が見られます。コロナ禍以前は、ファンがアイドルやアーティストに会うことを目的にライブに足を運んでいました。しかし、その習慣が途切れてしまったことで、他の趣味を見つけてしまった方も多く、現在でも、ライブ会場に戻ってこないファンが一定数いるとお聞きしています。

ーー近年、「推し活」という言葉も一般的になってきていますが、ファンのニーズの変化をどのように捉えていますか?

児島:コロナ禍以前は、ファンが芸人さんと直接コミュニケーションを取る”出待ち”の時間が十分にありました。でも、コロナ禍になってからは、ライブ後すぐに芸人さんは帰らなければいけなくなりました。その代わりに芸人さんが自宅から配信アプリを使って、ファンと感想を言い合ったり、YouTubeに新ネタを投稿したりするようになりました。こうした活動の幅が広がった結果、これをやらないとサービスが劣っていると感じられてしまうほど、ライブ以外の活動が増えました。また、ファンの推し方も変化し、推しの芸人さんの配信にコメントを書いたり、SNSでその芸人さんについて発信したりする機会が増えたように思います。

前田:ライブ配信やTikTokのショート動画配信が主流になったことで、演者とファンがつながることが当たり前になってきました。このような双方向のやり取りに対するニーズは高まっていると感じています。

ーーTIGETがサービスを始めたきっかけと他社のサービスとの違いについて教えてください。

前田:TIGETは、もともとお笑いライブのチケット取り置きをデジタル化し、より簡単に行えるようにしたいという考えから生まれたサービスです。しかし、私たちの根本的な目的は、イベント主催者が抱える様々な課題を解決することにあります。​​そのため、TIGETはチケット販売だけでなく、グッズ・コンテンツ販売などの収益源の提供やファン層の拡大を支援する機能も充実させてきました。私たちは、単なるチケット販売業者やプレイガイドではなく、イベント主催者のパートナーとしての役割を果たすことを目指しています。この点が、他社のサービスとの大きな違いだと考えています。​​

TIGETを展開するgrabss株式会社 取締役 CMO 前田 裕司 氏

ーーTIGETが提供するサービス・機能にはどのような特徴があるのでしょうか?

前田:TIGETには、イベント主催者とチケット購入者を直接つなぐという大きな特徴があります。これにより、イベント主催者が発信したい情報をファンに直接届けられるようになり、他社のサービスでは難しかったコミュニケーションとプロモーションの両立が可能になりました。

こうした特徴を活かした興味深い事例のひとつがK-PROさんが行ったスポンサー集めです。これは芸人さんを応援するための権利をデジタルコンテンツとして販売し、ファンが購入することで芸人さんとコミュニケーションを取れるようにするという取り組みでした。

ーーK-PROがTIGETを使い始めたきっかけを教えてください。

児島:お笑いライブの主催を始めた2004年当時は、チケットの予約を希望するお客様にメールを送ってもらい、その名前を手書きでノートに書き写して取り置きリストを作っていました。私自身はそれでお客様の情報を覚えることができましたが、ライブ数が増えると取り置きの数も増えるので、他のスタッフが間違うことなく取り置き完了メールを返信するのが難しくなりました。だから、その作業は誰にも任せることができず、私だけでやっていました。

そんな時、一緒にK-PROを立ち上げたスタッフから、取り置きリストを無料でデジタル化できるサービスとして、TIGETのことを教えてもらいました。ただ、最初はお客様の情報を把握していることが自分のお笑いに対する自信やプライドでもあったので、なかなかTIGETを使いたいとは思えませんでした。でも、今後やるべきことが増えていくのだから、効率化できるものはそうするべきだと説得されたことで、TIGETを使ってみることにしました。

お笑いライブ制作会社「K-PRO」代表の児島気奈氏

そういった経緯があって、TIGETで取り置きリストを作成することになりましたが、ある時、リストをプリントアウトした時にお客様の名前の後ろに”様”という敬称がないことに気づきました。そのようなものがお客様の目に触れるのは失礼だと思い、TIGETに敬称を表示できるようにしてほしいとお願いのメールをしたところ、即日で対応していただけました。正直その時までTIGETには機械的な印象がありましたが、迅速に対応して頂いたことで、人の血が通ったサービスだと思い直しました。そして、TIGETに対する信頼感が生まれたことで、このサービスを活用すれば、お笑いライブがより良い方向に進化していけるのではないかという期待が膨らみました。

ーー現在はどのようにTIGETを使っているのでしょうか?

児島:コロナ禍を機に事前決済とQRコードの読み取り方式が浸透したことで以前よりもスムーズな入場受付が可能になりました。これにより、お客様とスタッフのやり取りが最小限になり、受付のストレスがなくなりました。TIGETの導入で受付業務が機械化されましたが、お客様との関係が冷たいものになったわけではありません。むしろ、煩雑な手続きから解放されたおかげで、お客様一人ひとりとしっかり向き合える余裕ができたことは私たちとしてもありがたく思っています。

また、TIGETでは、お礼動画などのデジタルコンテンツを一斉送信できるなど、コミュニケーションを深めるための便利な機能が揃っています。これらの機能を活用しながら、ライブ終了後もお客様とのつながりをより深めていきたいと考えています。

ーーお笑い、音楽などジャンル問わずアーティストやイベント主催者からTIGETに関して、どういったサービスの要望があるか教えてください。

前田:主な要望としては、より簡単に使いやすく、わかりやすいシステムを求める声が多いですね。ただ、TIGETは使う側の自由度を大事にしているので、実際に使っていただいて自分たちなりの使い方を発見していただけたらと思っています。また、イベントやエンターテイメントに携わる方々は、やりたいことのアイデアもたくさんお持ちですので、それらを実現できるようにシステムの制約をなるべくなくしていきたいです。

ーーユーザーの要望から直近では、どんな機能が実装されたのでしょうか?

前田:公演数が多い主催者向けにマイページを複数ページに分けて表示できるように改修しました。また、入場受付についても、電子チケットを提示すれば、ボタンを押すだけで入場受付ができるタップ入場受付機能を導入しました。これにより、イベント主催者はQRコード読み取り用の端末が不要になりました。今後もこういったニーズに合わせた機能を提供していくつもりです。

ーーTIGETは「PLAYGUIDE から PLAY-EXPANDへ」というミッションを掲げていますが、この考えについて教えてください。

前田:このミッションの根底には、従来のプレイガイドのあり方やビジネススキームを変革していきたいという考えがあります。これまでのプレイガイドでは、チケット購入者との直接的なコミュニケーションや詳細な情報提供が難しかったのですが、デジタル化が進んだ現代においては、そのあり方を見直す必要があると考えています。

例えば、TIGETを通じてチケットを購入されたお客様は、あくまでもイベント主催者のお客様であり、TIGETはその手段に過ぎません。従来のプレイガイドの概念では、それはプレイガイドの顧客だと捉えられていましたが、私たちはその顧客情報を全てイベント主催者に提供するという点で、これまでのビジネススキームと異なります。

また、チケットを販売することは、単にイベントに入場できる権利を販売しているだけに過ぎません。しかし、マーケティングの観点で考えると、チケットを通じて熱狂的なファンや初めてライブに来た人のデータを取得し、コミュニケーションを図ることができる点で非常に興味深いツールだと言えます。そこで、”PLAY-EXPAND”という形で、これまでできなかったことを拡張し、チケット購入者のデータをイベント主催者がプロモーションや、コミュニケーションのために活用しやすくしていく、さらなるマネタイズに繋げていく、これはプレイガイドの従来の概念を超えた、新しい取り組みだと考えています。

ーーK-PROとして、ファンエンゲージメントを高めるために今後チャレンジしたいことはありますか?

児島:K-PROはライブを主催している立場ですが、お客様は芸人さんを応援する気持ちで来場しているため、そこには少し距離感があります。しかし、K-PROの運営だから入場受付がスムーズで簡単にできる、という安心や慣れを感じてもらい、それを定着させていくことが大切だと考えています。「語れるお笑いライブ」を目標に掲げている私たちは、終わった後もチケットを見返してファン同士が思い出を語り合ったり、SNSで共有したりできるライブを目指しています。そういった体験を提供することで、お客様にお笑いライブの盛り上がりを知ってもらい、その一端を担ってもらうことでさらに濃いファン層を形成していく。それと同時にライトなお客様も大歓迎という姿勢を忘れずに、手軽で安いというお笑いライブの魅力を広げていきたいと思っています。

ーーそのためにTIGETを使ってチャレンジしたいことがあれば教えてください。

児島:TIGETの他のイベントページを見ると、アイドルや音楽のファン層がお笑いに比べて多いと感じます。また、お笑いはまだマニアックなイメージがあるので、綺麗なチラシ画像をTIGETのトップページに表示するなど、印象面をよりキャッチーにしていくことにも力を入れていきたいです。特にお笑いは宣伝費が限られているので、そういった部分で他ジャンルとの差が出てしまいがちです。だからこそ、主催者側でできることはやっていきたいと思っています。

ーーTIGETのこれからの展望と今後実装していきたい機能・サービスなどがあれば教えてください。

前田:今後は、お笑いライブの観客の中にアイドル好きがいる可能性など、ライブ会場では把握しづらい観客の嗜好を私たちがデータ分析から明らかにし、イベント主催者がその情報を活用してプロモーションできるようにしたいと考えています。また、イベントの前後に告知やお礼に最適な文面のメールを自動送信したり、ライブの感想を投稿しやすくして他のファンにも共有されやすくしたりと、機能面でのサポートも充実させていく予定です。

また、中小規模から大規模まで幅広いイベントを取り扱う中で、イベントの規模によってニーズが大きく異なることも明らかになってきました。そのため、中小規模のイベント主催者に対しては、使いやすさに加えて、やりたいことを実現するためのより手厚いサポートを提供していきます。一方、大規模イベントの主催者からは、ファンマーケティングに関する要望が多いため、BIツールの提供なども検討しています。これからもそういった様々なニーズに柔軟に対応できるサービスを目指していきたいと思っています。