“100年に一度の変革期”に湧く長崎。注目エリア・島原半島の「地域活性化」を現地からレポート

現在、“100年に一度の変革期”を迎えている長崎県。2022年秋には西九州新幹線が開業し、23年秋にはJR長崎駅の新駅ビルが誕生、24年秋にはジャパネットグループが主導する長崎スタジアムシティの開業も控える。

国際文化交流都市として発展してきた長崎には、異国情緒にあふれたスポットが点在している。長崎原爆資料館や世界文化遺産に登録された端島(軍艦島)など知名度の高い観光スポットもある。

一方、それほど知られていないものの、県の南部にあり海に囲まれた島原半島にも複数の温泉や島原城などの見どころがある。近年は新たな施設が次々と誕生し、地域活性化につながっているという。そこで長崎県が主催した「島原半島をめぐるプレスツアー」に参加し、現地の変化を取材した。

24年1月、JR長崎駅前に誕生した「長崎マリオットホテル」からの長崎市の眺望(筆者撮影)

訪日客も訪れるオーガニック直売所「タネト」

島原半島の注目スポットとして訪れたのが、19年にオープンしたオーガニック直売所「タネト」。13年に家族で雲仙市に移り住んだ奥津爾(おくつ・ちかし)さん・典子さん夫妻が開店した直売所だ。

「タネト」は、2023年度グッドデザイン賞のグッドフォーカス賞[地域社会デザイン]に選ばれた(筆者撮影)

店内中央には、市内自家採種の在来種野菜を中心に、ほぼ農薬・化学肥料不使用の野菜が並ぶ。奥には器や雑貨、焼き菓子に古本なども。在来種野菜をたっぷり使ったメニューを扱う食堂も併設する。

「日野菜かぶ」や「赤紫大根」など東京では見かけない野菜も多い(筆者撮影)

タネトのInstagramには約2万8,000人のフォロワーがおり、メディアへの露出も相まってか、国外のみならず国外からも訪れる人がいるという。

タネトから車で30分ほどの場所に高温の源泉を利用した蒸し釜があり、30分200円で利用できる。タネトで野菜を購入して、この蒸し釜で蒸して食べる人が多いそうだ。

タネトの近くには源泉を利用した「蒸し釜」があり、購入した野菜を蒸すことができる(筆者撮影)

キャリアを活かして起業、地域活性化

タネトの他にも、島原半島に移り住んで観光関連事業をスタートさせた事例が多く見られた。

小浜出身の川島貴宏さんは、21年に小浜温泉ワイナリー社(長崎県雲仙市)を創業し、ワインの醸造所と小浜ワイン食堂を立ち上げた。イタリアでの修行経験を持つ料理人の川島さんは、現地でワイン醸造のノウハウを習得。小浜でトライ・アンド・エラーを繰り返しながらブドウを栽培し、手作業でのワイン醸造に取り組んでいるという。

料理人の川島貴宏さんはUターンで小浜に帰ってきて、ワイナリーとレストランを立ち上げた(筆者撮影)

醸造所にほど近い小浜ワイン食堂では、長崎の食材を豊富に使った料理と自社醸造のワインを提供する。バレイショの新品種である「ながさき黄金(こがね)」で作ったフライドポテトや地元のみかんを使った「雲仙蜜柑ワイン」、自社栽培のブドウを使った「長崎ヌーヴォー」など。地元の人だけでなく観光客にも好評だという。

地元のみかんを使った「雲仙蜜柑ワイン」は、食事に合うよう辛口としている(筆者撮影)

夫婦で雲仙市に移り住んだ諸山岳志さん・朗(あき)さんは、空き家を使ったゲストハウス「諸山宿舎」を23年4月にオープンした。内装は美術大学出身の諸山夫妻が、ほぼ手作りしている。

約1年をかけて、古民家をほぼセルフでDIYしたという(筆者撮影)

「暮らすように過ごしてほしい」との思いから、あえて浴室と食事は提供していない。徒歩圏内の小浜温泉街で温泉に入り、地元のレストランや居酒屋で食事をする、あるいは地元食材を使っての調理を推奨している。国内旅行者がメインだが、ちらほらと訪日外国人も訪れているそうだ。

部屋は最大3名が泊まれる「プライベートルーム(写真)」と相部屋タイプの「キャビンルーム」がある(筆者撮影)

小浜出身の元村龍馬さんは、閉館した築70年の老舗旅館恵比寿屋を購入して、「癒やし」をコンセプトにした複合型施設「ととのい処  ゑびすや」を、この1月にオープンした。旅館の客室を活用したリラクゼーションサービスに加え、カフェやイベントスペースも備える。医学療法士と鍼灸師の資格を持つ元村さんは、「近隣の旅館やホテルに宿泊した観光客などにマッサージを提供したい」と話す。施設内には温泉もあり、屋上にサウナを建設する計画もあるという。

地元の活性化につなげたいと話していた代表の元村龍馬さん(筆者撮影)

歴史ある古民家を再利用した新事業も

地域に残る古民家や武家屋敷を再利用した新事業例も複数見られた。23年3月、島原市にオープンした「水脈 mio(ミオ)」は、江戸時代からある築170年超の古民家を改装し、ホテル、カフェ、コワーキングスペース、オフィスの4つの機能を持たせた複合施設だ。

築170年超の古民家を改装した複合施設「水脈 mio」は、地元の建築設計事務所が改装・運営する(筆者撮影)

同施設の運営を手がけるのは、建築設計事務所「INTERMEDIA(インターメディア)」で、地元の人や観光客が集まって交流できる場所を作り、地域活性化につなげたい意図がある。耐震補強の基準を満たしつつ、元の姿を極力残している。

2室ある客室は最大4名が宿泊でき、広々としたつくり。庭に面していて落ち着いて過ごせるようにしている(水脈 mioのプレスリリースより)

オープンから1年弱が経過した現在の状況をたずねると、カフェやコワーキングスペースは20〜30代の若年層、ホテルは40〜50代の利用者が多いとのこと。ホテルの価格帯は2名の素泊まりで3万2,000円〜4万円ほどとなる。ホテルの利用者は約8割が国内の観光客、約2割が訪日外国人だという。

「水の都」島原市は、いたるところに水路がある。1階のカフェにも湧き水が引かれている(筆者撮影)

国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、江戸時代の町並みが残る雲仙市国見町の神代小路(こうじろくうじ)地区にも、築190年の武家屋敷を改装した一棟貸しのホテル「TOKITOKI(トキトキ)」が誕生した。

築190年の武家屋敷を改装した古民家ホテル「TOKITOKI」も誕生(筆者撮影)

同地区で事業を営む一級建築士の境研伍さんが空き家になっていた武家屋敷を買い取り、歴史文化資源を活用した古民家再生事業等を手掛けるNOTE九州社(福岡県福岡市)と共にpatina社(パティーナ)(長崎県雲仙市)を設立、古民家ホテルに生まれ変わった。

「この地区はヒガンザクラが有名で、毎年『緋寒桜の郷まつり』が開催されます。この屋敷の前にもキレイな桜が咲くのですが、その後ろにある庭が荒れ放題で……。どうにかしたいと思い、買い取って改装しました」(境さん)

建築当時の姿が残るのは12畳の座敷のみ。残りは建て替えられている(筆者撮影)

夕食は提供せず、近くのレストランを利用するほか、備え付けのキッチンで調理もできる。朝食は、神代商店街の老舗旅館「松栄旅館」が手がけ、地元の食材をふんだんに使った料理が食べられる。

想定以上に反響があり、宿泊者は長崎県以外の国内観光客だけでなく、訪日観光客もいたという。中には結婚パーティーの用途で利用する人もいたそうだ。2月中旬〜末は桜が見頃とあってか予約が埋まっていた。大人2名の素泊まりで約5万3,000円〜7万4,000円となる(24年2月現在)。

2つのベッドルームに居間、ダイニングキッチンもあり、家族やグループでも利用できる広さ(筆者撮影)

旅行者の受け皿となるホテルもリニューアル

本ツアーでは、1669年創業、19年にリニューアルオープンしたリゾートホテル「伊勢屋」に宿泊。一番のウリは毎分1万リットルが湧き出ているという温泉で、24室すべてに露天風呂があるほか、大浴場や少人数で貸し切れる家族湯も完備する。

窓からは海が眺められ、プライベート空間を満喫できる仕様だ(筆者撮影)

ここ1年ほどで韓国、香港、中国などアジアからの訪日外国人の宿泊が増えており、15〜18%の利用者が訪日外国人だという。客室は「スタンダード」(一泊二食付きで1人1万4,800円〜)、と「ジュニアスイート」(同1万7,000円〜)となる。

雲仙地獄のすぐ近くにある「雲仙温泉 雲仙宮崎旅館」は、22年にリニューアルオープン。耐震強度の基準変更に伴った建て替えで、雲仙の自然を存分に楽しめることに重点を置いて設計したという。

雲仙市の人気観光スポット・雲仙地獄では、高温の温泉が湧く様子が見られる(筆者撮影)

それまでは団体客用の宴会場を備える96室で運営していたが、宴会場が使われるケースが非常に少なかったため39室に縮小し、個人客のみを受け入れている。

雲仙宮崎旅館の休憩スペースやダイニングには、ところどころに温泉が湧く雲仙ならではの景観が広がる(筆者撮影)

最近は訪日外国人が増えていて、香港、台湾の宿泊者が目立つ。23年10月から長崎-上海間の直行便の運行が再開された影響で、中国の宿泊者も徐々に増えているそうだ。リニューアル前は70代以上の利用者が中心だったが、現在は40〜50代が中心だという。

客室は雲仙地獄の眺望を眺めやすいように設計されている(筆者撮影)

雲仙市観光局が実施した「観光動向調査」(22年6月〜12月、806名に実施)によれば、同市の観光客は40代以上が約70%で、長崎と福岡在住者が約60%を占める。訪問形態は夫婦2人旅が最多で約39%だ。温泉や食事、自然などの満足度は高いが、レジャーや買い物、アクセスには課題が見える。

今後は20〜30代の女性層やワーケーションなどの長期旅行者、訪日観光客も狙いたいという。SNSを中心としたプロモーションやインバウンド対応の強化が求められそうだが、見どころは増えている。さらなる観光産業の盛り上がりが気になるところだ。

ダイナミックな自然と温泉で、人々を魅了している雲仙市(筆者撮影)

取材・文:小林香織

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