人類の歴史は「所有からの解放」へ。大阪・関西万博オランダパビリオンの建築家が説く、サーキュラーエコノミーへの道

「サステイナブルなビジネスは儲からない」――日本のビジネスパーソンからは、よくこんな声が聞こえてくる。大阪・関西万博のオランダパビリオンを設計した建築家であり、思想家でもあるトーマス・ラウ氏は、サステイナブルが利益を生み出しにくいだけでなく、最終的にはゴミを増やす現状の経済システムを最適化しているに過ぎないと指摘する。

同氏が次のステージとして提唱しているのは、人類を所有から解放するサーキュラーエコノミーへの移行だ。それは、現状の経済システムを根底から変え、ビジネスに金銭的なインセンティブと持続性をもたらす。世界の政財界のリーダーが耳を傾ける同氏の構想について聞いた。

2025年大阪・関西万博のオランダパビリオン。波打つ水を彷彿とさせるファサードと、建物の中心部にぽっかりと浮かぶ巨大な球体(人工太陽)で、クリーンエネルギーがもたらす未来を表現している © AND BV/Plomp

「すべては一時的」という考えから生まれた「サービスとしての製品」

ラウ氏は10歳のとき、身体に大やけどを負った経験がある。「1年間水ばかり飲んで、激痛に耐える日々のなかで、僕は死ぬのかもしれない、と思いました。そのとき、『ちょっと待てよ。この世のすべては一時的だ』と考え始めたのです」(ラウ氏、以下カッコ内同様)。

建築家のトーマス・ラウ氏は循環型建築のパイオニア
(写真:Ministry of Infrastructure and Water Management)

それから何十年の月日を経て、ラウ氏は自らの建築事務所「RAU architechts」を設立し、2010年にオフィスを改善する時期を迎えた。その時に再び彼の頭を占めたのは、「すべては一時的にしか存在しない」という考えだった。「この事務所がここを去るとき、廃棄物の山を残さないようにするには、どうすればいいのだろうか?」

オフィスの照明はフィリップスが提供することになっていたが、ラウ氏は製品を買わずに明かりを手に入れるにはどうすればいいかを考えた。そして、ランプをメーカーから買って「所有する」のではなく「借りる」ことで、「明かりというパフォーマンス」に代金を支払うというモデルが生まれた。「XルーメンでX時間分の照明サービス」に対し、ユーザーは月額でサブスクリプション代を払うのだ。

製品はフィリップスの所有。電気代はフィリップスの負担。こうすることで、メーカー側はいかに省エネで長持ちするランプを作るかに注力するようになる。また、ランプが故障した際の修理もメーカー負担になるため、簡単に修理できるような構造も考案された。このビジネスモデルでは、事前に製品のパフォーマンスが設計されるため、メーカーも無駄を省けるだけでなく、安定的なキャッシュフローを得ることができる。

「サービスとしての製品(Product as a Service)」として知られるこの秀逸なモデルは、ラウ氏が立ち上げたコンサルティング会社「TURNTOO(ターントゥ)」によって開発され、サーキュラーなビジネスモデルとして大いに注目された。ラウ氏は家電やアパレルなど多くのメーカーに助言を与え、同モデルから数々の新しいサービスが生まれてきた。

サステイナブルからサーキュラーエコノミーへ

ラウ氏が提唱する「サーキュラーエコノミー」は、「サステイナブル」とは一線を画する。

「サステイナブルは現状のものを少しだけ良く、健康に、省エネに、材料を減らして……という具合に、現状の経済システムを最適化しているに過ぎません。だから、根本的に経済システムを変えるには、サステイナビリティではダメなのです」

一方、サーキュラーエコノミーへの移行は、経済システムを根底から変えることになる。

TURNTOOモデル(出典:Turntoo)

「将来的に私たちは資源や材料を所有するのではなく、借りるのです。鉱山からサプライヤー、製造業者、消費者へと価値が創造されるバリューチェーンがありますが、私たちはそれに加えて逆向きのチェーンを生み出さなければなりません。

例えば、掃除機。消費者はそれを借り、要らなくなれば製造業者に戻す。製造業者は材料代を消費者に払い戻す。今度は製造業者が要らなくなった材料をサプライヤーに返し、サプライヤーは材料代を払い戻す。サプライヤーは使わなくなった資源を鉱山に返し、鉱山の管理者である国家がその資金を払い戻す。そしてどこかの時点でまた材料が必要となれば、逆向きのサイクルが生まれる……つまり、経済を図書館のように回すのです。サービスとしての材料(Material as a Service)です。これは自由と責任によって運営されるビジネスモデルです」

このモデルでは、最終的に鉱山の資源がなくなったときにも、材料とお金のフローは続く。「すべての材料は『リミテッド・エディション(限定版)』です。限定されているものを無限のニーズに使えば、困ったことになる。私たちは、限られた材料を再利用する形で無限のニーズに対応しなければなりません」

金融業界も注目する材料の価値循環

現在は、製品を解体して材料を再利用するよりも、すべてを廃棄して新しいものを使った方が安い上に手っ取り早い。また、材料の再利用に対して規制を設けている国もある。これを覆すには、法規制を変え、製品の修理や材料の再利用に減税措置を導入するなどの工夫が必要だ。また、すべては返却され、再利用され、循環するという前提に基づけば、製品の設計方法や従来の商習慣など、すべてが変わる。サーキュラーエコノミーへの移行は、簡単なことではない。

ラウ氏が設計したLiander社のオフィスビルは、材料の81%が旧社屋からの再利用
© Marcel van der Burg

しかし、この構想を実現するための動きはすでに始まっている。ラウ氏はまず、建築セクター向けに「マテリアルパスポート」と「マダスター(Madaster)」というツールを開発した。マテリアルパスポートには、建物に使われた材料がすべて記載され、それはオンラインプラットフォームのマダスターに登録される。そこでは材料の経年と時価が反映され、建物の金銭的価値が自動的に計算される仕組みになっている。また、材料の再利用をどれほど考慮しているかを指数化した「サーキュラリティ・インデックス」も表示され、建物を売買する際の評価に利用できる。

ラウ氏が設計した「Triodos Bank(トリオドス銀行)」のオフィスビル。
材料はすべてマダスターに登録されている(2019年) © Ossip van Duivenbode

「普通の減価償却だと、建物の価値は最終的にゼロになりますが、この方式だと材料の価値は残るので、建物の価値はゼロにはならない。だから、建物は要らなくなっても、材料の価格は支払われる。これは非常に大きな金銭的インセンティブです」

10年前は耳を貸さなかった人たちも、今はお金を払ってラウ氏の話に耳を傾ける。特に金融業界や家族経営の会社の関心が高いという。オランダでまず導入されたマダスターは、現在、イギリス、スイス、ドイツ、ノルウェー、デンマーク、ベルギー、オーストリアでも使われている。

オランダパビリオンに込められたもの

サーキュラーエコノミーへの移行はさまざまな変化を必要とするが、ラウ氏によれば、中でもいちばん大切なのは、1人1人のマインドセットの変化だ。

「所有からの解放です。私たちは所有物で人を判断しがちですが、実際は所有することにはなんの意味もない。所有することでいい人間になれるわけじゃない。だから、私たちが学ばなければならないのは、何も持たずとも人として成長できるということです。それは、人類史の次の章のようなものです」

2025年大阪・関西万博のオランダパビリオンの内部。ファサードは水をモチーフとしたデザイン
© AND BV/Plomp

大阪・関西万博のオランダパビリオンにも、このメッセージが込められている。建物の材料はすべて取り外し可能で、再利用を前提に設計された。万博終了後に建物は解体され、別の場所で再建して使えるようになっている。現在は次のユーザーを探しているところだという。

「建築は常に、人間の意識レベルを映し出す鏡です。エジプトのピラミッド、ギリシャの寺院、ローマの教会……これらには、人間とその精神世界の関係が見られます。万博のオランダパビリオンでも、私は新しい認識を提示したい。この建物は、『私たちは変わらなければならない』という宣言なのです」

1国だけでは解決できないグローバル問題が山積する中、万博は各国が知恵を持ち寄るいい機会となる。ラウ氏は、「日本文化の本質は、西洋文化よりも非常にサーキュラーエコノミーに近い」と指摘する。「日本の歴史を振り返れば、さまざま段階の考え方が見えてくるはずです。その伝統の中で培ってきたことを、21世紀の意識レベルに押し上げることです」人類の次章は、私たち1人1人の意識に託されている。パビリオンに込められたラウ氏のメッセージは、万博終了後も受け継がれていくことだろう。

© AND BV/Plomp

取材・文:山本直子

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