OpenAI取締役のAIスタートアップSierraが目指すチャットボットのパーソナライゼーション

顧客管理システムのリーディングカンパニーであるセールスフォースの元共同CEOであり、現OpenAI取締役会のブレット・テイラー氏と、グーグルの元AR&VR部門責任者クレイ・ベイボー氏が立ち上げた、企業向けのAIカスタマーサポートを開発するスタートアップ「Sierra」が、今年2月13日(現地時間)に社名と同名の会話型AI「Sierra」を発表し、注目を集めている。

昨年3月に設立されてから、すでに1億1,000万ドルの資金を調達したSierraが取り組む「これまでにない顧客体験」をもたらすAIカスタマーサポートが目指すもの、また、競合他社の動きなど、カスタマーサービスAI市場における動向をお伝えする。

これまでにないカスタマーサポートAIを目指す「Sierra」

セールスフォースは顧客管理をあらゆる方向からサポートするプラットフォームだ (セールスフォース公式YouTubeチャンネルより)

Googleマップ関連のプロダクトマネジャーや米FacebookのCTO、米Twitter(現X)の取締役などを務めてきたブレット・テイラー氏は、顧客のあらゆるデータを集約・一元化し、分析・活用するプラットフォームを提供する企業であるセールスフォースで7年間勤務し、共同CEOにまで上りつめた。

そんなテイラー氏が、顧客サービスとAIに焦点をあてたカスタマーサポートAI「Sierra」の開発を進めているのは自然な流れなのかもしれない。

これまでにも、多くの企業が会話型AIチャットボットをカスタマーサポートに活用することを試みてきたが、現在のところ、このようなチャットボットは一般的な情報の提供以上の対応をすることは困難であり、共感を示しながら、それぞれの顧客にパーソナライズされた回答を提供したり、何らかのアクションを実行したりすることはできなかった。

数千万の顧客を抱える国際的な企業がすでに初期顧客に

Sierraの会話型AIプラットフォームは、大規模な言語モデルを活用することで、各企業の固有の専門用語を理解しながら、ユーザーのタイプミスや会話の文脈にも適宜対応し、多言語で、配慮と共感を持って返信することを目指している。

活用例に挙げられていたスポーツジムのカスタマーサポートでは、怪我のためメンバーシップを解約したいと申し出た利用者に対し、AIカスタマーサポートは単純に解約手続きを示すのではなく、一時的な利用停止というオプションを提案しつつ、怪我について気遣うという対応を行った。

このようなSierraのチャットボットに寄せられる期待が大きいことは、世界で最も使用されている体重・健康管理アプリのひとつであるWeight Watchersや米国、カナダに多くのユーザーを有するSiriusXM(シリウスXMラジオ)などの企業がすでに初期顧客として名を連ねていることからも伺える。

数千万の顧客を抱える国際的な企業がすでに初期顧客となっている
(Sierra公式サイトより)

顧客のリクエストに対し、様々なアクションも実行可能

Sierraが話題になっているのは、単に問い合わせに対して情報提供をするだけでなく、許可が与えられている範囲内で、問い合わせ内容に対応した様々なアクションを実行できる機能によるところも大きい。

たとえば、ユーザーのサブスクリプションのアップグレードといった処理や注文管理システムにおいて配送遅延に対する対応など、多様なタスクを実行できる。

もちろん人間のカスタマーサポートには柔軟さでは及ばないものの、カリフォルニア発のフットウェアブランド「OluKai」で使用された際には、大規模バーゲン期間に急増したすべての顧客ケースの半分以上を処理し、前述の減量・健康管理アプリ「Weight Watchers」によると、顧客対応の約70%を処理、顧客満足度スコアは4.6/5であった。

AIチャットボットが対処できないケースについては、Sierraは人間の顧客サービスチームに詳細な重要事項のサマリーを提供し、効率的な解決の手助けをする。

会話型生成 AIカスタマーサポート市場で存在感「Rasa」

会話型生成AIスタートアップ「Rasa」もAIによる顧客サービスの革新を唱えている (Rasa公式YouTubeチャンネルより)

Sierraは、AIカスタマーサポート市場には既存のプレーヤーは存在しないと主張するが、大規模言語モデル(LLM)を活用しているチャットボット企業は、その品質や資金力に差はあるものの、現在もいくつか存在する。

そのひとつである2016年設立、今年3,000万ドルの資金調達が話題になった会話型生成AIスタートアップ「Rasa」は、大企業の開発者がよりパーソナライズされた会話型生成AIアシスタントを構築するためのインフラを提供してきたスタートアップ企業だ。対話型AIを採用したチャットボット、音声アプリなどのサービスを開発するためのオープンソース・プラットフォームとしてスタートし、昨年には対話型AIの提供も開始した。

Rasaは、主に金融サービスや通信分野に大規模な顧客を有しており、その中にはアメリカン・エキスプレスとドイツ・テレコムなどが含まれる。たとえばドイツの大手通信会社であるドイツ・テレコムの活用事例では、インターネット接続に問題が発生した場合、チャットボットが家のルーターのリセットを手伝ってくれるという。

他にも、カスタマーサポートにおけるAIのさらなる進化と活用に取り組んでいるスタートアップには、カリフォルニア発の「Forethought(フォアソート)」やエアアジアのフライト予約やメタのVR注文処理などのチャットボットをプログラムし、オープンAIと提携している「Ada(エイダ)」などがある。

現在も課題の多いAIによるカスタマーサポート

人間によるカスタマーサポートをAIが代替するのは未だ困難が多い
UnsplashBench Accountingより

SierraとRasa、この2つの企業に共通しているのは、どちらの企業も「ハルシネーション(AIが事実に基づかない情報を生成する現象)」といった問題に取り組んでいると主張していることだ。

カスタマーサポートにおいて、「もっともらしい嘘」とも言われるハルシネーションが頻繁に起こる場合、AIの回答を人間が頻繁にチェックしなければならず、見逃せば企業の信用問題にも関わるため、このハルシネーション対応の取り組みがどの程度の成果を生んでいるのかには、注視しなければならないだろう。

国境を超えてサービス展開する企業が増えている昨今、24時間、1年中、多言語で対応できる大規模なカスタマーサポートを人間が全て行うのは不可能だ。AIに寄せられている期待は大きく、BtoBマーケットレポート専門調査企業であるMarkets and Marketsによると、会話型AI市場は2023年に107億ドル、2028年までに300億ドル近くに達すると予想されている。

SierraやRasaなどのチャットボットがどこまで進化するのかは、企業だけではなく、なかなか繋がらないカスタマーサポートにやきもきさせられたことのある一般消費者にとっても、気になるところではないだろうか。

文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit

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