フィンテック業界におけるAIの活用は、事業モデルの変革を加速している。

アメリカでは、法人向け支出管理サービス企業でAI技術を前面に押し出した新たなサービスの展開が急速に進んでおり、BrexやRampといったBtoBフィンテックスタートアップの有名企業が続々とAIを活用したサービスを発表した。

AIの活用には会計周りの業務を大幅に効率化し、顧客体験の向上に寄与することが期待されているが、一方でセキュリティ、プライバシー保護の観点では新たな課題も生まれている。

BrexとRampがどのようにAIを活用して法人向け金融サービスの提供を変革しているのか、またAIのフィンテック業界への影響、そして直面している課題について探ってみたい。

独自の与信モデル開発で急成長「Brex」

サンフランシスコに拠点を置くBrexは、ブラジル出身のエンリケ・ドゥブグラス氏とペドロ・フランチェスキ氏らが、スタンフォード大学を中退して設立したスタートアップ。Brexは、米国で彼ら自身が若きブラジル人起業家として、スタートアップ向け法人クレジットカードを取得するのに苦労した経験に基づいて設立された。

独自の与信モデルを作り上げ急成長したBrex(Brex公式YouTubeチャンネルより)

大手の金融機関からサービスを受けづらい中小企業やスタートアップを対象として法人クレジットカードを提供する会社としてスタートしたBrexは、企業の過去の支払い履歴から信用度を測るのではなく、リアルタイムで企業の財政状況を把握する独自の与信モデルを作り上げた。

同社は、2018年にユニコーンとなった後、2022年に中小企業市場から撤退、現在は法人カード、経費管理、払い戻し、請求書の支払い、出張管理のすべてを1カ所にまとめたグローバル支出プラットフォームを、大企業とスタートアップに対して提供している。

人工知能アシスタントを含む「Brex Ai」による業務効率化

Brex AIの主力サービスはAIアシスタント(Brex公式サイトより)

そんなBrexは昨年夏に、AI業務サポートツールである「Brex アシスタント」の立ち上げを発表した。

この「Brex アシスタント」は、自社開発の大規模言語モデル(LLM)とアルゴリズムを用いて、使用すればするほどデータから学習して業務能力を向上する、支出管理人工知能ツール「Brex AI」の主力サービス。

経費の予算割り当ての提案、経費の入力を簡素化するための書類自動入力、リアルタイムチャット機能で支出に関する質問への回答機能を備えた、すべての従業員が活用可能なAIアシスタントだ。

このアシスタント機能以外にも、Brex AIは、高額な買い物といった異常なトランザクションを検知し、財務チームがレビューできるようにフラグを立てる、またユーザー別、部門別、加盟店別、またはカテゴリー別に前月比の支出増加を検出し、財務リーダーにリアルタイムで通知するなど、多角的に法人内の財務管理をサポートする機能を備えている。

企業のコストと時間の削減を叶えるサービスで急成長「Ramp」

B2Bフィンテックスタートアップとして注目されてきた企業には、ニューヨーク発のRampもあげられる。

その急成長速度で世界的に注目されたフィンテックRamp(Ramp公式YouTubeチャンネルより)

「どうすれば企業の時間とコストを削減し、従業員に支出の権限を与えながら、管理された効率的な方法でそれを実行できるか」という課題に取り組むのが、2019年に設立されたRamp。

無制限の1.5%キャッシュバックが可能な現物/バーチャル法人カード、組織全体の支出の管理、分析、最適化を行うゼロタッチ経費管理プラットフォーム、企業が希望する方法とタイミングで支払うことができる請求書支払いサービス、コスト削減に役立つインサイトレポート生成サービスをワンストップで提供し、急成長。

設立3年目にして評価額は80億ドルを超え、4年足らずで顧客数は10,000社を超えた。

RampはCopilotとの統合による対話型バーチャルAIアシスタントを提供

Rampも昨年11月、マイクロソフトのジェネレーティブAI「Copilot」との新たな統合を発表、スマートAIアシスタントに会話をするようにアクセスし、仕事を効率化するサービスの提供を開始した。

従来のサービスに、AIを活用した様々な新機能が追加されている。

その一例としては、「マネージャーが財務管理者と従業員の出張の支出限度額の引き上げについてチャットしている場合、財務管理者はRampエージェントを会話にタグ付けし、ボットに支出限度額を指定額まで引き上げるよう依頼する」といったケースが示されている。

AI活用拡大が法人の財務管理に与える影響

こうしたAIを様々な形で活用した財務管理サービスが一般的になることで、財務管理の煩雑な業務を大幅に効率化することが期待できる。経費を報告する従業員にも、それに承認を与える部署にも、そのメリットは大きい。

Brexによると、自動化されたデータ抽出および保存機能を備えた光学式文字認識(OCR)によって、色褪せてしわくちゃになった領収書であっても正確に読み取って、任意の言語や通貨で経費報告書を生成したり、詳細を報告書にまとめたりできる。

承認する側も、AIに過去のデータに基づいた重複トランザクションや不正パターンといった異常値の検出と警告をまかせることで、すべての経費申請を確認する必要がなくなる。

フィンテックにおけるAI活用には課題も残る

BrexやRampは、主に社内会計業務、経費管理にたずさわるAIアシスタントを提供しているが、今後、さらに金融分野でAIの進化と活用が進めば、顧客のカスタマーサポートやアドバイスにもAIが活用されるようになっていくかもしれない。

しかし、AI活用に伴うデータプライバシーとセキュリティ上の課題は、現在も数多く存在している。例えば、AIモデルのトレーニングに大規模なデータセットを使用する際、適切な保護がなされないと、使用されたデータに含まれる機密情報に対する不正アクセスや悪用の可能性が生じる。

AIの活用には業務効率化など魅力と共に課題も多い
UnsplashTowfiqu barbhuiyaより 

フィンテックにおけるAIの活用には、大きなポテンシャルがあるとして、期待が寄せられているが、今後はこのようなセキュリティやプライバシー面における懸念に応えられるようなサービスの登場が望まれている。

文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit