INDEX
身体的には健康であっても、精神的幸福感や自己肯定感が低いとされる日本の子どもたち。現代を取り巻く閉塞感は、大人だけの問題ではなく、その影響が子どもにも及んでいる可能性も無視できない。ウェルビーイングという言葉が定着しつつある今、子どもの生き方や幸せについて直視するのも、社会の大きな役割の一つだろう。
こうした中、子どものウェルビーイングにアプローチしている企業がベネッセグループだ。同社は1990年にフィロソフィー・ブランドとして「Benesse(よく生きる)」を導入して以来、教育や介護、生活などの幅広い領域で、“人”を軸にしたライフステージごとの課題を解決すべく、さまざまな事業・サービスを展開してきた。2022年には「ベネッセ ウェルビーイングLab」を設立し、対話や情報発信の機会を通じてウェルビーイングを探り続けている。
今回AMPでは、2023年2月にベネッセが開催したオンラインフォーラム「子どものウェルビーイングを意識できる社会へ」を取材。ウェルビーイングの専門家や実践者たちによる意見交換で子どものウェルビーイングをひもとく試みから、大人は子どもたちにどのように接することで、人が幸せに成長し、生きていく未来がもたらされるのか、共に考えていく。
ウェルビーイングを考えたことで見えた、子育て世代の気付き
ベネッセコーポレーションが手掛ける「たまひよ」「こどもちゃれんじ」をはじめとする子ども・家族向けサービスや、大学生・社会人向け学習サービス「Udemy」の日本における事業展開、また、ベネッセスタイルケアの有料老人ホームなどの介護事業で、人生のさまざまなステージに寄り添う事業を展開するベネッセグループ。1990年に同社が導入したフィロソフィー・ブランドであり、後に社名ともなった「Benesse」は、ラテン語の「bene(よく)」と「esse(生きる)」の造語であり、英語では「well-being(ウェルビーイング)」に当たる。
ウェルビーイングが注目される昨今からすると、それに通ずる企業哲学を追求し続けている同社は、先駆的な存在ともいえそうだ。そして、同グループは2022年12月、ウェルビーイングでいられることを目指すさまざまな人に向け活動を行うため「ベネッセ ウェルビーイングLab(以下、ラボ)」を設立。所長の岡田晴奈氏は、「対話と情報発信に注力している」と、ラボの活動を説明する。
岡田氏「ラボでは、専門家、企業やNPOなどとも連携し、さまざまな方と対話を重ねることでウェルビーイングの方向性を探りながら、情報を発信しています。その活動の中で、一つのテーマとしてアプローチしているのが『子どものウェルビーイング』です。日本の子どもたちの精神的幸福感・自己肯定感の低さが課題視される中で、どうしたら子どものウェルビーイングを形作ることができるのか。このフォーラムを通じて、少しでもそのヒントを共有しながら、一緒に考えるきっかけとなればと思います」
ラボでは、本フォーラムに先立って、現在子育て中のベネッセ社員に向けたヒアリングからスタートし、その後は一般の保護者を対象としたワークショップも実施。そこで得た、ウェルビーイングへとつながる気付きが岡田氏から共有された。
岡田氏「子どものウェルビーイングをテーマとして初めて対話をした時間の中で、『“したい”よりも“させちゃう”ことの方が多い』『大人が子どもの幸せを勝手に定義していないか。子どもの声を本当に聞けているのか』といった、さまざまな気付きの声が上がりました。幸福度の高いオランダや北欧の国々では、子どもの自己決定が尊重されており、幼い頃から考える癖をつけることが大切とされています。日常においてウェルビーイングを意識し、考える場がない中で、このような対話で得られた声から、自分自身の反省も含めて、子どもの考える機会を奪ってしまっていないか?と考えさせられました。
『親のウェルビーイングを置いてきぼりにすると、子どものウェルビーイングにつながらない』という声もありましたが、子どものウェルビーイングを考えることは、親や家族のウェルビーイングを考えることにつながります。そして、子どもたちを取り巻く学校や地域も含めた人とのつながりがあること、その中での子ども自身が安心できる時間や空間があることもまた大切な要素です。一人一人の中に育つものを、大人が信じ、見守れるような世界が広がっていけばと思います」
こうしたプロセスを経て開催された本フォーラムでは、日本におけるウェルビーイング研究の第一人者である石川善樹氏(公益財団法人Well-being for Planet Earth 代表理事)、そして放課後の居場所づくりを通じた子どものウェルビーイングのための実践を続ける平岩国泰氏(特定非営利活動法人 放課後NPOアフタースクール 代表理事)がゲストとして迎えられている。登壇者たちの知見を通じ、子どものウェルビーイングについて掘り下げる中で、いくつかのキーワードが挙げられた。
子どもの主観的ウェルビーイングの鍵となる“居場所”
「人がよく生きる(Good Life)とは何か」をテーマに予防医学や行動科学を研究する石川氏は、ウェルビーイングという大きな概念の全体像において、「主観的ウェルビーイング」が重要と時代背景を踏まえて説明する。
石川氏「ウェルビーイングには、“客観的ウェルビーイング”と“主観的ウェルビーイング”の2種類があります。客観的ウェルビーイングとは、健康や資産などの(客観的な数値基準で把握できる)指標です。従来のウェルビーイングは、この概念を指すことが多かったのですが、近年は『本人がどう感じているのか』という、主観的ウェルビーイングが重視されるようになりました。その背景には、日本でも“もっと生活満足度を高めていこうじゃないか”という動きが関係しています。政府は長年にわたり世論調査を行っていますが、その中で『今後、家庭の生活が「良くなる」と思っている割合』が1968年には35%近かったのに対し、「明日が良くなる」と考える人は、21世紀に入ると7〜8%前後の水準へと明らかに低迷しています。日本は経済的にはまだ豊かであり、平均寿命も長いとされる中で、この主観的ウェルビーイングの低さが国全体としての大きな問題となっているわけです。
それをなんとかしていこうということで、生活満足度の主観を上げようとする大きな潮流が子どものウェルビーイングにも影響してきました。5年ごとに計画される文部科学省の教育振興基本計画では、その基本方針として子どものウェルビーイングが盛り込まれました。では、子どもたちの主観的ウェルビーイングに貢献するためには何が大事なのか?」
続いて示されたのは、「子供・若者の意識に関する調査」(令和元年度 内閣府)における、子どものウェルビーイングに貢献する要素のデータだ。石川氏が注目したのは「居場所」であり、家庭や学校、習い事のほか、SNSなどのデジタル空間まで幅広い活動の場を指す。そして、居場所があるほど、充実感や将来への希望、自己肯定感、社会貢献意欲などが高まることが伝えられた。
石川氏「データから示唆されることは、自分らしくあるための居場所は多い方が良いこと。また、あまりにも居心地が良すぎる場所をつくらないこと。一つの居場所だけに執着すると、他の居場所の居心地が悪く感じてしまうからです。いろいろな居場所を提供することが、ウェルビーイングに寄与すると指摘されています」
子どもの居場所づくりを探求するのが、平岩氏が運営する「放課後NPOアフタースクール」だ。全ての子どもたちに安全で豊かな放課後を提供することを目指し、小学校施設を活用して地域社会と共に子どもを育てる「アフタースクールモデル」を展開している。
平岩氏「私たちの調査では、放課後に友達と遊ぶのは『週1回以下』と答えた小学生は70.9%もいることが分かりました(※1)。このことから『時間』『空間』『仲間』という3つの“間”が失われていることが分かります。『小1の壁』(※2)、『小4の壁』(※3)といった問題も見られ、仕事と子どものケアの両立が大変な中で、学童保育が足りないという、子どもたちの放課後の課題が顕在化しています」
※1 出典:「⼩学⽣の放課後の過ごし⽅に関する調査レポート」(2023年11月)
※2 子どもが小学校入学後、仕事と家庭の両立が困難になる社会問題。小学生の子どもを預かる学童保育の不足など、放課後の過ごし方が主な要因となる。
※3 学童保育が小学3年生までで、4年生以降に居場所を失う社会問題。都心では多くが学習塾に吸収される。最近は「小3の壁」に低下しているともされる。
アフタースクールの活動の中で、平岩氏は居場所づくりにおける四つのキーワードが見えてきたと語る。
平岩氏「一つ目が『ありのまま』です。『あなたは素晴らしい存在』であることを子どもたちに伝え、自分自身に価値があることを感じ取ってもらうことになります。二つ目が『自己決定』。多様な選択肢から、主体的に選んでいくことです。そのためには考える余白が必要であり、大人が次々と決めてしまうのはよくありません。三つ目は『人への貢献』です。活動を通じて『誰かに何かができる人であること』を実感でき、自己肯定感につながります。四つ目は『伴走者』。信頼して共に歩んでくれる人がいると子どもの自信につながります。こうしたことから、居場所とは単に預かりなどの場だけでなく、人とのつながりによって成り立っているのだと思います。そして、いかに子どもたちにとって良質な居場所がつくれるか。これは放課後だけではなく、家庭にも当てはまるキーワードとなるのではないでしょうか」
大人もウェルビーイングを感じながら、子どもを見守り寄り添う
フォーラムの後半では、パネルディスカッションを実施。ベネッセ教育総合研究所の庄子寛之氏がファシリテーターを務める形で、参加者から寄せられた質問に対し、登壇者たちによる活発な意見交換が行われた。まず取り上げられたテーマは、「子どもの自己肯定感を高めるために、親ができること」だ。
平岩氏「子どもにとっての大切な居場所が家庭です。家庭の場合、外での活動や成績の良しあしとは関係なく、『あなたは唯一無二の存在』だと、お子さんに伝えることが何より重要になります。そして、子どもたちは親に喜んでほしいと感じています。いいところを見てほしい一方で、誰かと比べられたくはないという気持ちもあります。そうした気持ちを理解した上で『斜め後ろから見守る』ように接することが、自己肯定感の基本になるのではないでしょうか」
岡田氏「外の世界では、どうしても比較や評価を受けることが多いので、家庭でもそうしたことがあると本当に生きづらくなってしまうのでしょう。まずは家庭の中で、お子さんの思いを受け止めて、『あなたがいて良かった』と心から伝えてあげることが、大切なのだと気付かされます」
石川氏「家庭の問題で難しいのが、子どもと親が違うタイプの人間だということがある点です。親にとっての安心や喜びが、必ずしも子どもにとっても同様だとは限りません。子どものタイプを見極めることも重要になるでしょう。お子さんと似たタイプの大人に第三者として協力してもらい、その人に自己肯定感を高めてもらうのも、一つの方法かもしれません」
また、不登校の問題についても議題に上がった。不登校の子どもが増える中で、何を支援することが適切なのだろうか。
岡田氏「昔は学校へ行くことが第一義であり、不登校であることを親も子も苦しんでいました。今は、子ども一人一人の心の変化や状況を理解しようという機運が以前よりは高まっているように思います。一方で、子ども自身は心の変化を明確に言語化することが難しいなどの側面もあります。どうしても行きたくないということがあれば、それを受け入れて、つらい状況など場合によっては逃げるという選択を肯定することがあっていいのではないでしょうか。何よりも親から見守られている、という安心感が子どもには重要なことだと思います」
石川氏「そもそも人はどのように学んでいくのかと考えたとき、先輩の存在は大きいはず。例えば同じように不登校でも、生き生きとしている別の子どもを見せてあげると、自分も受け入れられるかもしれません。不登校に限らず、さまざまな生き方をする多様な人と出会わせてあげることも、有効だと思います」
平岩氏「社会全体で不登校が増えている現実は受け止めなければいけないと思います。これまで多くの不登校のお子さんのケースを見聞きしてきましたが、親子で話をするだけで解決することはあまりなく、そうした場合に“第三者の力を借りる”ことも必要だと思います」
続いての質問は、「親や大人、そして子どもに関わる教員のウェルビーイングを高めるには?」。 ラボで実施したワークショップでも「親もしっかりと発散していかなきゃ」といった声が上がっていたが、子どものウェルビーイングを実現させるためには、大人側のウェルビーイングも充実させる必要があるのだろう。
石川氏「大人のウェルビーイングも子どもと同じで、いろいろな場所が必要です。私は“健全な多重人格”と呼んでいるのですが、例えば教員が学校を出ても四六時中“先生”であることを求められると、身が持たないと思うんです。何者かである自分とそうでない自分、いろんなバリエーションがあって、いろんな自分でいられることが大事だといわれています」
庄子氏「私は公立小学校で教員をした経験がありますが、朝早くから勤務し、学校を出ると夜遅くになることや、土日も地域の行事があったりと、教員のウェルビーイングを下げる要因を日々感じていました。教員は悩みが多く、業務も多忙なので、“先生以外”になる時間も必要ですね」
平岩氏「子どもが大人の思う通りにならないのは当たり前のことですので、それ自体に悩む時間はもったいないのかもしれませんね。親や教員も、まずはそうした悩みを一度切り離し、子どもとはまったく異なる人と出会ってみる。そして多様な視点で再び子どもを眺めてみると、何か面白い発見が生まれる気がします。仕事と家庭に加え、もう一つの場所であるサードプレイスを用意するとよいのではないでしょうか」
岡田氏「子どもと大人の違いは時間軸。全ての大人は子ども時代を通過してきて、その体験をベースに人生を歩んできています。その中で『こうなりたいな』『これが好きだな』と思ったことをそれぞれに見つけてきたはずなので、それを誰かに褒められなくても、自分なりに大切にしていけばいいのではないでしょうか。そして、子どもが夢中で取り組んでいる様子も見ながら、お互いにそういう瞬間を大切にしてもらえればと思います」
幸せを意識しながら日々を過ごすと、よりよい生き方に出会える
イベントでは最後に、子どものウェルビーイングに関する登壇者の考えが、参加者に対するメッセージとして発信された。
平岩氏「子どものために大人のウェルビーイングが大切になるという考えは、ポイントになると感じました。大人たちがいい顔をしていれば、子どもも『社会って楽しいんだな』と希望を抱けるようになります。大人がウェルビーイングを大事にして楽しみながら、子どものウェルビーイングにアプローチしていくのがいいのではないでしょうか」
石川氏「安心・安全が好きな人もいれば、面白いことが好きな人もいます。重要なのは、自分がよかれと思ったことが、相手にはストレスになるケースもあるのだということ。主観的なウェルビーイングとはまさに多様性。大人も子どもも、それを一つ一つ理解しながら、学ぶしかないんだと思います」
岡田氏「今日という機会を通じて、私自身もさまざまな気付きを得られました。大人も子どもも、ウェルビーイングや幸せというものを少し意識しながら生きることで、よりよい生き方へとつながる可能性を秘めていると思います。今日得た知見を実践し、周りの人の幸せを意識しながら、皆さんには自分自身の幸せも実現してほしいと感じます。ラボとしても、これからさまざまな方々との対話を通じ、気付きを積み上げていきたいと考えています」
子どものウェルビーイングのためのヒントとなるキーワードがいくつも生まれたフォーラム。重要なのは子どもたちがそれぞれの主観的なウェルビーイングに対し、一人一人の特性や気質に寄り添いながら、大人自身もウェルビーイングを意識して実践することで、毎日を積み重ねていくことなのだろう。
次回AMPでは、「“場”のウェルビーイング」をテーマに、ベネッセアートサイト直島の事例から地域社会の在り方を考えていく。