このほど国際通貨基金(IMF)が発表した報告書によると、AIが世界の雇用状況に大きな影響を与える可能性が新たに明らかになった。「AIの台頭による失業の可能性」――すっかりおなじみとなったこの議論。様々な見解や憶測が発表され、今なお更新され続けている。
2024年1月14日付で発表されたIMFの報告書「生成AI―人工知能と仕事の未来」によると、AIは60%の仕事に影響を与え、不平等が拡大するとしている。技術が急速に躍進し続けるAIが寄与するインダストリー4.0は、世界の経済、労働市場を再構築する可能性もある。中でも多くの人が懸念しているのはAIによって奪われる可能性のある仕事のことだ。
仕事をしなくてもいい将来が来る
昨年11月にイギリスで開催されたAI安全サミット2023では、イーロン・マスク氏がイギリスのスナック首相との対談で「AIによって最終的に人々は働く必要がなくなるだろう」と発言している。
AIへの投資を加速させているマスク氏と、テクノロジー好きで知られるスナック首相との異例の会談で一通りの「明るい」AIとの未来が語られたのちに、この「負の側面」に言及があった。
「やがて仕事をする必要がなくなる日が来る。お望みとあらば仕事をすることも可能だがそれは自己満足のため。AIがすべてやりこなせるだろう」とマスク氏は語り、「人間にとってこれは良くも悪くもある。(仕事以外に)人生の意味を探し出すこと、これが将来の懸念になってくるだろう」とした。
この発言は物議を醸したが、「仕事がなくなる」という予測は他の投資家やメディアでも繰り返し言及されており、避けられない事態のようだ。
2020年に世界経済フォーラムが発表した「仕事の未来レポート2020」でも、2025年までに8,500万もの雇用に影響があると予測されていた。さらにさかのぼれば、マッキンゼーが2017年に「2030年までに、4億から8億の個人がオートメーションによって仕事を失い、新しい仕事に就かなければならなくなる」と予測しており、その時は刻一刻と迫っている。
先進国で60%、世界で40%に及ぶ影響
今回のIMFのレポートによると、アメリカやイギリス、欧州などの先進国では約60%、世界全体で見ても40%の仕事がAIの影響を受けるとしている。
そんな中で、ゲオルギエバ総裁は「実質的な影響について予測するのは困難」としながらも、「AIが相対的な不平等を拡大させることは確実。政策立案者は、テクノロジーによる社会的緊張の緩和防止に積極的に取り組むべき」と提言している。
先進国での影響が過半数と予想される中、新興市場や低所得国での影響も避けられない。
それぞれ40%と26%の割合で悪影響があり、短期的にはAI関連の混乱は少ないとみられる反面、AIによる恩恵を活用できる体制や能力が伴っていないという現実もある。これにより生み出されるデジタル格差と国家間の所得格差拡大につながる可能性が指摘されているのだ。
また、従来の産業革命や技術革新と今回のAIや機械による変革(第4次産業革命)が異なる点として、より高所得のグループ、「ホワイトカラー」に多大な影響が出ることが挙げられている。
オートメーションなどの技術革新によって職を奪われていたのは従来、高い技術を必要としない労働者がメインであったが、今回の失業はホワイトカラーに及ぶというもの。細やかな判断力、創造性のある問題解決、複雑なデータ解読などといった高等教育を受けた専門家が主体となっていた仕事が、最先端のAIによって拡張されたりや置き換えられたりする可能性がある。
これによって職種間だけでなく、職種内でも不平等が悪化するおそれがあるとのこと。それは、人間とAIの相補性(協業することによる有用性)が、正当な割合よりも大きな収入へとつながる可能性によって、所得格差が生じ、より深刻な格差拡大を生むと警告している。
これは、AIの導入による資本深化と生産性の向上のおかげで総収入が大幅に増加することで、人間とAIの相補性による大幅な利益増へとつながる可能性があるというもの。
さらに、高等教育以上を受けてきた労働者にとって、こうした「相補性」のある業務へとシフトすることは比較的容易であるが、高齢者や中等教育以下の労働者にとってはなかなか難しい。前者とAIの補完性が強固になればなるほど所得格差は拡大し、投資利益が増えるほどに貧富の差が広がるとしている。
AIやデジタルトランスフォーメーションに対応できない弱者は、労働市場から置いてきぼりとなり、現在の収入や職を奪われたままとなる可能性があるのだ。
ポジティブな予測は?
AIとの未来がやや悲観的にも見える調査結果が続くが、ポジティブな予測もある。
例えば、歴史的な産業革命や技術革新によって失業者と共に増加したのが「新しい仕事」だ。AIに仕事を奪われても、新たな職業の可能性が広がるという予測が当然ある。
プログラミングなどのICT関連の講義をオンラインで受講できるプラットフォームのUdacityはこのほど、生成AIのナノディグリーが取得できるプログラムを発表。急速に進化するAIの世界で活躍できる知識やスキルが身につくと謳う講座はすでに公開中で、同社は「AIの台頭によって生まれた新しい仕事の即戦力となるにはオンラインでの学習が最も効率的だ」としている。
講座はさまざまなAI技術の講義にとどまらず、AIスキルの取得に抵抗のない若い世代はもとより、専門家には実世界でのユースケースにインスピレーションを与え、企業のエグゼクティブには組織内の実体験に役立つ内容となっているそうだ。
イギリスの研究ハブ、オックスフォード・インターネット・インスティチュートの研究では、高レベルでのスキルの相補性によって、労働者の賃金が平均21%アップすると、AIのスキルの将来性を強調している。
完全にAIに置き換わる可能性が高い仕事として、カスタマーサービスやアシスタント業務、事務職、グラフィックデザイナー、データ入力業務、文字起こし、マーケットリサーチといった職業や業務が挙げられている。
一方で、AIリサーチサイエンティストやプロンプトエンジニア、深層学習エンジニア、AIチャットボット開発者、AI倫理とバイアスのアナリスト、責任あるAIのディレクター、AI倫理プログラミングマネージャーなどは今、非常に需要が高いポジションだ。
まだ、そしてこれからもAIにできない仕事
世界経済フォーラムは、AIが代用できない仕事(人間のスキルが必要な仕事)を、判断力や想像力、手先の器用さ、感情的知性の必要な仕事としている。
さらに、この先5年間(2023年から27年)、農業機器のオペレーター、トラックやバスのドライバー、職業訓練の教師、整備士や機械の修理の仕事が増加すると予測。
同期間に雇用主からの需要が最も高まるスキルは、分析的思考、共感的・積極的傾聴、リーダーシップと社会的影響力とのこと。最終的に、人間の脳がAIに勝っているのは「人体と脳がつながっている、一体である」という事実なのだとしている。
実際、肉体労働がAIによって奪われる可能性の予測は減少傾向にあることが判明している。2020年の調査で「2025年までに47%の業務がオートメーション化されると思う」と回答していた企業が、2023年の調査では「2027年までに42%」と下方修正している。
この先5年で最も増加すると予測される農業の仕事は30%(約300万人分)増、次に教育部門で10%(高等教育及び職業訓練で約300万人)、サプライチェーンやロジスティクスで12.5%(約200万人の雇用)と続く。
『Rule of the Robots』などを執筆するアメリカの未来学者マーティン・フォード氏はBBCのインタビューで「高学歴や高収入であることがAIの脅威から保護されているという保証にはならない」として、「ホワイトカラーの将来はUberのドライバー(注:日本のUberとは異なる、アメリカの自家用車で収入を得るドライバーのこと)の将来よりも脅威にさらされている」と警告している。
その理由は、完全な自動運転は未だ実現していないものの、AIがレポートを作成することは現実に可能だからとし、ほとんどの場合で学歴や収入が高いほど将来への脅威は高まるとしている。
例えばホテルでは、すでにフロントの接客がAIやロボットに代用されつつあるが、賃金がより低い傾向にある客室の清掃係を完全に自動化することは想像すら難しいことからも明白だということだ。
この種の調査では最大規模となった「AIの進歩に関する専門家調査2023」で、2,778人のAI関連著者に意見を求めたボン大学やオックスフォード大学の研究者たちのまとめによると、第3回目の調査となる今回、専門家の意見に大きな変化が見られた。
2023年秋の調査では「機械が人間の手を借りずに各タスクを人間よりもうまく、安価に遂行できる」高機能レベル機械知能の実現は、2047年に確率50%とされ、これは前の年(2022年)の調査から13年前倒し。
「機械が人間の手を借りずに人間よりもうまく、安価に仕事を遂行できる」労働の完全自動化は、2116年までに実現する確率が50%と、48年も早まるという結果が出た。1年の間の急激な変化は、AI技術の発展のスピードを象徴している。
同調査では専門家の68%が「AIによる影響」はネガティブよりもポジティブだと回答しているが、同時に半数以上の回答者が「人類の絶滅」といったような極端な悪影響が起きる可能性は10%以上あるとしている。
前述イーロン・マスク氏の「仕事をしないでもよい日がやって来る」のは本当であろうか。生存、という意味ではなく生きる意味、として人は何らかの仕事が必要であろう。給与所得以上の何か、目的や達成感、満足、社会貢献へのプライド、他人と一緒に働くこと、こうしたことが人としての幸せにつながるという科学的調査結果もある。
世界的経済や労働環境がAIによって大きく変わる中、これを脅威ととらえてただ嘆くのか、チャンスととらえてAIにつまらない単純作業を任せるのか。世界が、そして私たち一人ひとりが問われている。
文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit)