鹿児島県の奄美大島の最南端に位置する瀬戸内町には、加計呂麻島(かけろまじま)、請島(うけじま)、与路島(よろじま)の三つの有人離島がある。島の行き来は船舶が担っているが、就航率は気象条件に左右されることから、物流の不安定さが課題だ。時に、学校給食の食材を届けられないこともあるなど、解決策が模索されている。
そうした課題解決の糸口として注目されたのが、ドローンだった。瀬戸内町では離島への物資輸送の実証実験を進めており、請島の池地小中学校では子どもたちによるドローンやAIなどのテクノロジーへの理解を深めるべく、ワークショップなども行われている。
また、この物資輸送の実証実験には、瀬戸内町だけでなく航空会社のJALグループが携わっている。同グループは空の「移動」という手段を通じて、人や場所、モノやコトをつなぐことで、さまざまな価値を提供しており、今回、このような空の移動が結んださまざまな縁や人々にフォーカスし、その“つながり”について想いを語ってもらう「My ENJIN(マイ エンジン)」を始動。
「My ENJIN」の「ENJIN」という言葉には、縁を紡ぐ人「縁人」、原動力を表す「エンジン」、そしてつながりの輪を表す「円陣」の三つの意味が込められている。同グループが提供する移動を通じた“つながり”によって、社会課題や未来の可能性と向き合う人たちが原動力となり、人と人はもちろん、場所、モノ・コトと縁を紡ぎ、多様なステークホルダーと手を取り合うことで、さらなる“つながり”の輪を創出し、広げていく取り組みだ。
今回AMPでは、この「ENJIN」が生み出す、人々の多様な“つながり”の可能性を連載形式で探っていく。連載の第1〜5回は、鹿児島県・奄美群島の「ENJIN」を紹介。第3回は、池地小中学校校長の花里弘克(けり ひろかつ)さん。「ドローンなど先端テクノロジーは、子どもたちの夢や希望を生み出すはず」――。花里さんが挑む、未来に向けた挑戦を追っていく。
少子化が進む請島の、教育機会と物資輸送の課題
花里さんの出身は鹿児島県の種子島。鹿児島市内の高校に進学し、県外の大学を卒業後、25年間にわたり教員の仕事に従事してきた。奄美大島への配属は、今回で2回目。池地小中学校には1年前に校長として赴任した。
池地小中学校がある請島の人口は87人であり、花里さんは人口減少のリアルな姿に直面した。
「今から40年ほど前は300人以上の人が暮らしていた請島ですが、高校がないことから、中学卒業とともに島外へ人が出ていってしまうのです。帰島しようにも農業や水産業しか仕事がなく、働き口を外に求める形で人口減少が加速します。親世代が減ったことで、少子化も進んできました」
池地小中学校は小学生が3人、中学生が2人の小さな学校だ。近い将来、子どもの人数がゼロになる可能性もあり、学校の存続そのものが危ぶまれている。
「人数の少ない学校の最大の課題は、子どもたちが多様な考えに出合う機会が減ってしまうことです。友達と自分の考えを比べたり、意見を交換したりすることは教育上とても重要なのですが、当校ではそうした場が非常に限られてきます。地元住民の方々に学校行事に参加してもらうことで補填してきましたが、高齢化も進んでいるため、新たな解決策が必要です」
もう一つ深刻な課題が物流だ。請島では悪天候などにより定期便が就航しない場合に、人々の生活物資が届かなくなる事態が頻繁に発生する。給食も同様であり、昨年は校内に備蓄されている非常食が使用された。
「波や風の変化に船の運航が左右されるため、『明日の食料は大丈夫だろうか』という、通常では考えられないような不安を日々抱えています。万が一、長期的な不通が生じた場合、本当に危険な状態に陥るため、何か打つ手はないかと模索してきました」
こうした中、花里さんの元に一つの情報が入る。瀬戸内町とJALが連携協定を締結して進める、ドローンを活用した課題解決のプロジェクトだ。
「学びの場所」で、ドローンへの理解と実現に向けた情報発信
JALグループはドローンを活用した地域課題の解決を目指す「ドローンプロジェクト」を推進している。災害発生時の孤立集落への救援物資輸送、日用品や医療関係品の輸送サービスを目的に、さまざまな検証実験が行われており、同プロジェクトに関心を抱いていた花里さんの元にも、JALのスタッフが訪れた。
「『給食をドローンで運ぶことはできないか』と、JALの筈見さんと宮前さんが学校に来て提案してくれました。その後、お二人とはさまざま連携をとるようになり、子どもたちのドローンに対する理解も促進しようと、筑波大学 計算科学研究センターの北原格(きたはら いたる)教授を招いたワークショップが実現しました」
2023年6月に行われたワークショップでは、北原教授の指導の下、子どもたちが未来のテクノロジーを自由に考えたり、ドローン飛行のデモンストレーションで操縦を体験したりと、科学技術を身近に感じられるプログラムが実施された。
「地域住民の方々にも多く参加していただき、AIについて共に学んだりもしました。テクノロジーの力で地域課題を解決するという視点を皆で共有したいので、今後も定期的に開催したいと考えています」
同時に、実証実験も進んでいる。2023年12月には、給食食材、医薬品、新聞などの物資を運ぶ実証実験が行われた。この実験では、瀬戸内町古仁屋と請島を結ぶ片道約20キロメートルの直行ルートで、約20キログラムの物資を輸送することに成功している。
「ドローンの積載量は30キログラムとされていますが、これだけあれば1回の給食で必要な食料を運ぶことが可能です。実際に運ぶのは、野菜や牛乳などを想定しています。出荷者、ドローン担当者、島の給食担当者の受け渡しの流れも検証しました。必要に応じた調整をJALさんと連携しながら進めており、細かな課題の解消に当たっています」
課題の一つが、輸送ルートの整備だ。児童生徒が利用する校庭に直接着陸させることはできないため、港に到着した物資の輸送ルートを別途整える必要がある。
「『ドローンプロジェクト』は2023年度中の実装を目指しています。私たちがすべきことは、関係事業者や地域住民とコミュニケーションをとりながら、滞りなくプロジェクトを進めていくこと。課題は多いですが、必ず実現させたいです」
離島だからこそ見つめ直す、“つながり”を広げる教育
テクノロジーが解決するのは、物流の課題だけではない。少子化に伴う教育機会の課題解消にもつながると、花里さんは語る。
「池地小中学校ではインターネットが不通になることも多いのですが、JALさんから役場にKDDIさんをご紹介いただいたことで、スターリンクの試験運用につながり、Wi-Fiの整備が進み始めています。通信環境が整備されるだけでも、島外にいる世界中の人々とオンラインでつながることができます。島外には同じように離島の小さな集落で暮らす子どももいます。似たような境遇にある学校同士でコミュニケーションをとれば、双方の課題解決にもつながります。
また、当校でも一人一台端末の支給がスタートしていますが、ネット回線が安定すれば、アクセスできる情報も増えるはずです。さらにワークショップのような取り組みにより、子どもたちがテクノロジーに触れる機会を増やすことも重要です。今後、世の中が急激に変化していく中で、先端技術や科学の知識は欠かせなくなります。ドローンの実証実験は、最新テクノロジーに対する関心の入り口になるのではないかと期待しています」
以前からブログやSNSで情報発信をするなど、IT活用には積極的だった花里さん。ワークショップを実施したことで、「技術を使い、自ら考えることが大切」だと実感したという。
「北原先生が考案したワークショップでは、子どもたちが『空飛ぶ○○』を自由に考え、生成AIでそれをイラスト化します。教室は大盛り上がりで、私たちも生成AIの面白さを知ることができました。子どもたちが生き生きと、目を輝かせながら話をする光景が心に残っていますが、やはり教職員や地域住民の力だけでは、テクノロジーの知識に限界があるんですね。こうした機会で科学に興味を抱き、いずれ『ドローンの操縦士になりたい』『テクノロジーの力で課題を解決したい』と感じてくれたらうれしいです。子どもたちが多様な人たちと“つながり”を持つことの大切さを、改めて実感しました」
花里さんはテクノロジーに限らず、“つながり”こそが学校経営の重要なキーワードだと考えている。地域との“つながり”もその一つであり、多様な気付きが子どもたちの将来をつくっていくからだ。
「地元にも、海外で仕事をした経験を持つビジネスパーソン、Iターンで移住してきた都会の出身者など、多彩な人が暮らしています。地域内にある各集落の区長さんに『授業において○○をしたいが、詳しい人はいないか』と相談し、紹介してもらうことも多いです。ずっと奄美で暮らしてきた方の考えも大切で、総合的な学習の時間では奄美・請島の歴史やサトウキビの食文化などを、高齢の方にレクチャーしていただいています。さまざまな人たちと出会うことで、子どもたちは将来の職業や生き方における視野を広げられるのではないでしょうか」
少子化が進むものの、池地小中学校には強みもある。人類の大きな課題である自然との共生については、地域に教材があふれているのだ。
「地元の美しい海岸で漂流ゴミの清掃をしたり、奄美の固有種である動植物を観察しながら生態系の大切さを学んだりと、地球環境問題の基本を体で学ぶことができます。SDGsや、持続可能性に対する理解を、地元の素材を使って深めていくことは、離島だからできる先進教育なのかもしれません」
空輸がつなぐのは、子どもたちの未来
物の移動のみならず、人の交流においても一つのきっかけをもたらした「ドローンプロジェクト」。花里さん自身も、離島における空輸の重要性を見つめ直したという。
「島の道路は十分に整備がされていないため、災害時に機能しない可能性があります。そうした際にドローンがあれば、安全確認や物資輸送で活用できるでしょう。海運も同様で、ライフラインをつなぐためには、第二の選択肢が大切です。そして何より、ドローンや飛行機が運んでくれるのは、生活物資にとどまりません。島の外との交流が盛んになり、新たな“つながり”が育まれれば、教育にもプラスの効果を与えます」
存続が危ぶまれる池地小中学校だが、花里さんは必ず学校を未来につなげたいと考えている。そのためには教育のみならず、さまざまな視点からのアプローチも必要になるのだ。
「請島の住民は、先祖代々島を大切にしてきました。しかし今日、少子高齢化によって、学校や島そのものの存続が懸念されています。この状況を乗り越えるためには、直面する課題の解決だけでなく、長期的に島の魅力を増やしていかなければなりません。教育はもちろん、産業や文化、観光など、さまざまな領域が動く必要があります。例えばドローンがきっかけになり、新しい産業が生まれれば、雇用が創出されて経済も活性化し、再び人口が増えていくはずです。そうした未来が訪れることを期待して,池地小中学校を存続させ、なんとか現時点の課題を解決しながら、次世代へとつないでいきたいです」
人と人とのつながりを、教育の根幹に据える花里さん。その強い意志は、現在と未来をもつなぐ「ENJIN」として、次の世代を支えていくのだろう。持続可能な教育の新たなアイデアは、小さな島から生まれるのかもしれない。
取材・文:相澤優太