欧州、AI法の大枠で合意

生成AI市場は、OpenAI、Anthropic、マイクロソフト、グーグル、メタなど米国企業が圧倒的なシェアを有しているが、市場のルール/規制づくりでは欧州が存在感を強めており、今後AI世界市場がどのように形成されるのかを考える上では、欧州の動向も無視できないものとなっている。

直近注目されているのは2023年12月の「歴史的」と称される欧州におけるAI規制に関する合意だ。

2023年12月8日、長らく議論されてきた欧州連合(EU)のAI法に関して、欧州議会、欧州委員会、および理事会の間での合意が達成され、トリローグ(三者協議)プロセスが終了したのだ。EUでは立法案に対して、これら三者の間で協議が行われ、次のステップに進むには、三者間の合意が必須となる。トリローグプロセスの終了は、議論された問題に関して、すべての主要な交渉ポイントが解決され、合意文書が完成したことを意味する。

これまでの報道によると、EU AI法の大部分の文言については合意に達したが、今後数週間にわたり技術会議での議論が行われ、技術的な詳細が最終化される予定という。その後、EUの立法手続きに従い、EU議会の内部市場委員会(Internal Market Comittee)と市民の自由委員会(Civil Liberties Committee)が最終文書に対する投票を行う見込みだ。この最終文書への投票は、2024年1月末に予定されている。欧州議会での投票後20日後に、EU AI法に関する最終文書がEU公式官報に掲載される(2024年春予定)。

最終文書の具体的な内容はまだ分からないが、同法律はEU内の人々に影響を与えるすべてのAIシステムに適用されるとの見解が有力視されている。これにはEU市場にAIシステムを配置する企業、またEU内でそのシステムの出力が使用される企業が含まれるため、実質的に米国企業も含まれることになる。

EU AI法はリスクベースのアプローチを採用しており、AIシステムがどのリスク分類に該当するのかで、求められるコンプライアンスレベルが異なってくる。最新情報によるとリスクは、「禁止リスク(Prohibited Risk)」「高リスク(High Risk)」「限定的リスク(Limited Risk)」「最小リスク(Minimal Risk)」の4つに分類されている。

禁止リスクに分類されるのは、人間の行動操作を目的とするもの、ソーシャルスコアリング、予測型警察活動、遠隔生体認証、職場や学校における感情認識を行うAIシステムなど。これらは、一部法執行用途を除き明示的に禁止される。

一方、健康、安全、基本的人権に重大な危害をもたらす可能性を持つAIシステムは高リスクに分類される。たとえば、医療分野や交通・輸送分野のAIシステムが該当すると考えられる。医療分野では、病気の診断、治療計画の提案、病理画像の分析などがAIによって可能となっているが、これらは患者の健康と安全に直接的な影響を及ぼすため、高リスクと見なされる可能性が高い。交通・輸送でも自動運転車や流通制御などでAIを活用することが可能だが、これらも交通安全に大きな影響を及ぼすため、高リスクに分析される可能性がある。こうした高リスクのAIシステムに対しては、市場投入前に適合性評価の実施が求められる。

AI法に違反した場合、最も厳しいもので、世界全体の年間売上高の7%、または3,500万ユーロの罰金が課せられる。これは禁止リスクに関連する違反の場合で、ほとんどのケースでは年間売上高の3%、または1,500万ユーロの罰金が適用されるとみられている。このほか、情報提供に虚偽があった場合、年間売上高の1.5%、または750万ユーロの罰金が課せられる。

欧州、地元AIスタートアップを支援、スパコンでのAIトレーニングを推奨

欧州はAI法の導入による規制強化の動きを見せつつも、先行する米国に追いつきたい思惑もあり、域内のAIスタートアップ育成にも注力し始めている。

その一環で開始されたのが、欧州のスーパーコンピューターを域内スタートアップに開放するプログラムだ。2023年12月21日、スペインのバルセロナ・スーパーコンピューターセンターにて、プレエクサスケールのスーパーコンピューターを披露するイベントが開催されたが、これに先立ってEUの関係者が同プログラムに関する情報を明らかにした。

このプログラムは、欧州域内のスタートアップや中小企業に対し、スパコンへのアクセスを提供、AIトレーニングを促進させることを目的とするもの。これに伴いエクセレンスセンターも設立され、スパコンで動作する専用AIアルゴリズムの開発サポートも提供されるという。

OpenAI、Anthropicなどの主要生成AI企業は、AIトレーニングの際、GPUベースのハードウェアを使用しており、スパコンの利用は一般的ではない。このためAI開発コミュニティにおいてもGPUによるAIトレーニングの手法や知識が広く共有されている。欧州はサポート機能を拡充することで、GPUではなく、スパコン利用を促す構えだ。

欧州は過去5年間にわたりスパコンへの投資を拡大しており、現在域内では8つのスパコンが運用されている。今後、これらのスパコンをテラビットレベルのネットワークで接続し、欧州全域で利用できるように、クラウドでのアクセス環境を整備する計画が進んでいる。さらにドイツでは2024年、フランスでは2025年にエクサスケールのスパコンが登場する見込みだ。

欧州でも拡大するAIスタートアップへの投資

生成AI市場では米国企業が圧倒的なプレゼンスを有しているが、欧州でも有力なスタートアップが続々誕生し、投資も加速しており、OpenAIやAnthropicを脅かす企業が現れる可能性もゼロではない。

欧州発のAI企業として現在最も注目されているのがフランスの大規模言語モデル開発企業Mistral AIだろう。2023年12月には4億1,500万ドルを調達、設立7カ月で評価額20億ドルを超えたとして欧州期待の星となっている。このMistral AIは上記スパコンプログラムのパイロット版に参加した経験を持つ。

一方、ドイツでは2023年11月にシリーズBで5億ドルの大規模調達を実施したAleph Alphaが最大の注目株だ。2019年設立の同社は、大規模言語モデルやマルチモーダルモデルの開発と展開を支援。現時点の評価額は明らかにされていないが、これまでの調達額は6億4,000万ドルに上る。

EUではないが英国も2024年に入り、ロンドン拠点のRobin AIがシリーズBで2,400万ユーロを調達、また同じくロンドン拠点のRecraftがシリーズAで1,100万ユーロを調達するなど、AIスタートアップへの投資が活況の様相となっている。2024年は、AI法だけでなくAIスタートアップ動向でも欧州の存在感が高まりそうだ。

文:細谷元(Livit