12月初旬、英国のスタートアップ企業、オートジェンAI社が、3,950万米ドル(約55億9,000万円)という、シリーズBの資金調達を成功させたことを発表した。同社は、提案書の作成プロセスをAIにより大幅に自動・短縮化するソフトウェアを開発。受注獲得を狙う企業をサポートする。

今回の出資は、米国のセールスフォース・ドットコム社の投資部門、セールスフォースベンチャーズ社や、米ベンチャーキャピタル(VC)のスパーク・キャピタル社が共同主導して実現。英国のVC、ブロッサム・キャピタル社も参加した。総投資額は6,530万米ドル(約92億4,000万円)となった。

オートジェンAI社は、顧客となる企業にも出資企業にも高く評価されている。公共部門に売り込む大企業、特に世界的なコンサルタント会社や建設・公共事業分野の企業からも大きな関心が寄せられている。ソフトウェア販売開始から4カ月後の昨年4月には、年間経常収益が100万ポンド(約1億8,000万円)に達した。

2022年の創立からわずか2年。オートジェンAI社は、英国で最も急成長しているジェネレーティブAI企業の1つに数えられるまでになっている。オートジェンAIはどこを目指すのか。

AIチャットボットとは、一線を画す

オートジェンAI社の創始者であり、最高経営責任者(CEO)のショーン・ウィリアムズ氏によれば、オートジェンAIは、OpenAIなどの大規模言語モデルとクライアント独自の構造化・非構造化データ、同社が開発したインターフェースを組み合わせ、情報照会に答え、企業が最も成功した過去の仕事案件に基づいた提案書類を作成するのだという。

クライアントは3つの異なるAI言語モデルから選択を行い、提案先である公的機関個々の求めに応じた提案書類を作成することが可能。文書には、書かれた情報の出典も明記される。資料を捏造することもあるAIチャットボットとは、一線を画す。

提案書類は一旦クライアントに戻る。クライアントは微調整を行った上で、提案を行う。

AI導入におけるデータセキュリティに対する懸念の高まりを受けて、オートジェンAI社は、創設当初からプライバシーと事実の正確さを優先事項としてきた。同社は最新技術であるBowdleriserを通じ、企業文書から機密情報を削除してプライバシーとセキュリティを保持すると同時に、外部と共有可能なコピーを提供している。

提案書作成の難しさを知るCEOは、元提案書作成者

AIは現在、さまざまな分野においてビジネスのあり方に変革をもたらしている。そのうちの1つが入札・提案業界だ。

オートジェンAIの開発に手を貸した英国のデジタル・ワイヤ社に、ウィリアムズ氏は提案書を書くには膨大な時間とエネルギー、予算が必要であることを話している。提案書の自動起草ツールを創り出すにあたり、AIを導入すれば、スピードアップとコスト削減を行いながらも、提案書の質を落とすことなく、うまく落札できることを示したかったと創業の意図を説明している。

実は、ウィリアムズ氏はキャリアのスタートを提案書作成者として切っている。企業・組織にとって普遍的な提案書作成の難しさを経験し、それをビジネスチャンスとして捉えた。そして解決策として、オートジェンAIを開発したというわけなのだ。

AIに任せられる作業は任せ、その時間でより質の高い提案書を作成

オートジェンAI社は、入札・提案業界内でAIを取り入れると効率がよりよくなり、効果を上げる分野を見極めた上で、ソフトウェアを開発した。

例えば、リサーチ分野。AIは、膨大な量の提案に関する質問への回答や提案書類を短時間にスキャンし、検索することができる。クライアント独自のデータとインターネットからの情報の両方を用い、広範で関連性が高い検索結果をたった数秒で提供してくれる。従来であれば、専門家が提供してくれる情報を待った上で、提案書類を作成しなくてはならなかった。しかしAIを取り入れれば、その必要はなくなる。

またプランニング分野において、AIは提案依頼書に挙げられた質問や要件を分析し、中心となるテーマや必要な情報を抽出することができる。そしてそれを基に、概略を作り、先方が求める内容に沿っているかをチェックするためのリストを提供。落札するために、提案先にアピールする提案書を作り上げる。

AIを導入すれば、提案書作成の準備・執筆・見直しの各段階で効率化を図れる。実際提案が行われた際に、その提案が高い評価を得られるよう、作成者を導く機能もAIは持ち合わせている。

時間短縮にもAIは一役買う。提案書作成者は、リサーチ、コンテンツの作成、書類の見直しなどを、AIによって自動化することができる。

落札は、提案の最も重要な目標だ。AIは提案書類の反復的な側面を自動化することを通し、落札率の向上に貢献している。つまり提案書作成者は、今までそれに取られていた時間を、「ウィン・テーマ(具体的な証拠に裏付けられた、受注するための簡潔で印象的なフレーズ)」などの戦略的要素をはじめ、差別化要因やバイヤー・プロファイリングなど、複雑な作業に充てることができる。その結果、競争力のある提案書が出来上がる。AIは他社を抑え、落札の可能性をアップさせる。

生産性は342%向上、作成にかかる時間は最大70%短縮

オートジェンAIは、このソフトウェアが提案に与えるインパクトを、数値で明確に示すことに成功している。オートジェンAIを利用した場合、落札する確率は30%上昇。1億米ドル(約141億円)以上に値する追加業務が発生したことになる。

また従来の方法で提案書類を作り、最終的に落札した場合、契約総額の約10%が、書類作成のコストに食い潰されるという。その一方でオートジェンAIを利用すれば、最大で85%もコストが削減できるそうだ。

提案書類を作成する期間については、従来であれば、1つを仕上げるのに何百人というスタッフが関わり、約半年を費やしていた。しかし、オートジェンAIを使用すれば、生産性が342%向上。作成にかかる時間は最大70%短縮されることになる。

過去約2年間に約50の顧客を獲得

オートジェンAIは、フォーチュン500に入る企業、国際政府機関、経営コンサルタント会社、建設会社のほか、慈善団体や非営利団体も顧客としている。米国の経済、金融情報の配信・通信社、ブルームバーグ社による昨年12月下旬の記事によれば、創設から記事執筆までの間に約50の顧客を獲得したそうだ。しかし、顧客名は一切公表していない。その理由をウィリアムズ氏は、テック系メディアである『テッククランチ』のインタビューで、未だにAIを使うと仕事の質が落ちるという風潮があるためと説明している。

そんな中、オートジェンAIは英国政府のAIフレームワークに指名され、国内のすべての公共部門にサービスを提供するようになったことを公表している。

AIは提案作成者の仕事を支援するツール

オートジェンAI社は、同社のソフトウェアなどのAIが人間に取って代わることはないと考える。人間の能力を高めるAIを利用する企業は、利用しない企業より優れた業務成績を上げる。AIは与えられたデータに基づいてのみ機能し、営業活動で重要な位置を占める、感情的なつながりを表現することはできない。AIは人間の能力を増強し、AIなしではあげることが難しい成果の、さらに上をいく成功を手中に収めることを可能にする。

オートジェンAIは提案書作成における単純作業を自動化し、人間であれば、長時間かかるような仕事をわずかな時間で処理してくれる。提案書作成者はその分の時間を、創造力を必要とする、新たなアイデアを生み出すなどの、より複雑な仕事に充てる。当然のことながら、生産性は飛躍的にアップする。結果的に、オートジェンAIを取り入れて作られた提案書は、従来の方法で書かれた提案書を凌駕する。

ウィリアムズ氏はブルームバーグ社に、「『Excelなしに財務モデルを作成する人はいない』。それと同じように、『オートジェンAIなしにテンダーオファーをする人はいない』と言わせるまでになりたい」と、同ソフトウェアを世界的なヒットにしたいと意気込む。同社は、昨年9月にオーストラリア、10月に米国に進出を果たしている。2025年までにはシンガポールと香港にオフィスを設立する計画だ。

文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit