“メンテナンス業界”の市場規模は490億ドルに、ユニコーン企業MaintainXの戦略とは

企業を持続させるために不可欠なメンテナンス業務。設備などの定期メンテナンスからはじまり、作業計画や在庫管理、人的手配、レポート作成など、タスクは多岐に渡る。そして、企業の規模が大きくなるほど、より複雑になっていく。

そんなメンテナンス業界が市場規模490億ドルに急成長している。この成長にはいくつかの理由が存在するが、テクノロジーの進歩により、IoT、ビッグデータ、AIなどがメンテナンスに活用され、効率的なプロセスが可能になったことが挙げられる。

そんな技術の進歩により、予防保全がますます重要視されるようになっていることも大きい。予防保全は新しい概念ではないが、センサー技術、データ解析、予測モデルなどを活用することで、より実践的な事前のメンテナンス計画が立案できるようになったからだ。

さらに、市場の成熟と需要も大きな要因だ。成熟した市場では、製造業などで設備や機械の老朽化が進んでおり、新興国や新興市場では、設備投資を終えたばかりだったり、これから始まるところもある。どちらの国でも、設備や機器の寿命を少しでも延ばし、コストを削減したいというニーズが存在している。

そんな背景のなか、メインテナンス業務に特化した2018年設立のサンフランシスコ拠点のスタートアップ、MaintainXが注目を集めている。

同社は2023年12月初旬、アメリカを拠点とするベイン・キャピタル・ベンチャーズが主導するシリーズCファンディングで5,000万ドルを調達したと発表。2021年6月のシリーズBに続き、今回の投資で資金調達総額は1億400万ドルに達し、評価額10億ドルでユニコーン企業の仲間入りを果たした。同社のクラウドベースのソリューションは製造、エネルギー、ホスピタリティ、飲食業界など6,500以上の顧客が活用しており、ドゥラセル、マリオット、ボルボ、マクドナルドなど各業界の一流企業も名を連ねる。

MaintainXがいかにして伝統的なメンテナンス業務を革新し、多様な業界の顧客基盤を築いたか、その成功の鍵となっている要素を考えてみたい。

点と点をつなぐ

MaintainXは、自身のウェブサイトで次のように述べている。

「2023年でさえ、業務はほぼ100%が紙に依存している」「80%以上の労働力が現場で作業をしているにも関わらず、従来のメンテナンスのソフトウエアは、デスクトップコンピュータ向け」「メンテナンスを統括する部門では、決して安くないそれらのソフトウエアを指示やチェックリストのために印刷するだけだ。印刷物には時にコーヒーがこぼされ、ゴミ箱行きになる」。

MaintainXのCEOのクリス・ターリカ氏は、ベイン・チャーキャピタルベンチャーズのオンラインメディア『Bain Capital Ventures』で語る。

同社を立ち上げようとしていた2018年頃、製造業向けのソフトウェアは、コンピュータ化された保守管理システム(CMMS)は存在しているが旧態依然として革新性はなかった。一方で、システムのサービス提供側は保守、安全性、運用などをセグメント化して高度なツールを開発していた。

しかし、重要なデータをグリップしているのは、そんなソフトウエアとはほぼ無縁の現場の人間だ。その頃、スマートフォンが主流になってすでに10年が経過していた。現場で働く人々のポケットには、高性能なカメラを搭載した“コンピュータ”がある――。

これに気づいたターリカ氏は、スマートフォン向けの中央集権型プラットフォームにビジネス機会があると確信した。「工業セクターではユーザーはIT担当者ではなく、現場の作業者、プラントマネージャー、保守マネージャであり、彼らこそが意思決定者なのです」。

こうしてモバイル・ファーストのMaintainXは誕生した。

直感的で拡張的であること

MaintainXのプラットフォームが愛用されているのは、「直感的に操作できること」「機能がアコーディオンのように拡張すること」にある。

MaintainXが価値を生むためには、ソフトウエアの習慣的なユーザーではない現場の人間が簡単に操作できる必要があった。シンプルさとカスタマイズ機能の原則は、ユーザーが使用する機能のみを表示するなど、MaintainXのユーザーエクスペリエンス全体に浸透している。またSAPなどの外部プラットフォームと直接的かつシームレスに連携させて既存のシステムやワークフローに簡単に組み込むことができる。これにより、既存の環境に影響を与えることなく、新しい機能やデータの活用を可能にしている。

製造業は今、生産性、品質、利益を向上させながら、コストとリソースを削減するというプレッシャーに直面している。MaintainXのようなメインテナンスプラットフォームはこうした困難な取り組みの中心に位置している。

ダウンタイム・ゼロの世界

集められた膨大なデータはアセットとして価値があるが、集めるだけでは意味がない。在庫データ、機械や設備の故障や休止のデータ、運用データなど、現場の労働者、資産、施設全体から集まるありとあらゆる種類のデータから何を読み取り、どのように活用していくか。この洞察がなければ、データは宝の持ち腐れだ。実際、プラントを保有する企業から、機械に蓄積されているデータに価値があるのはわかるのだが、それらを最大限に活かす方法が分からないという声をよく聞く。

そこで、MaintainXでは、AIと膨大に集まるリアルタイムデータを活用し、「ゼロダウンタイムの未来」を創造すると宣言。それは、メインテナンス作業が、対処型から予測型で予防型になっていくことを示唆する。AI稼働の予測・予防に加え、アセット・ヘルス(ダウンタイムとコストで測定される問題のある設備などの資産を特定する機能)とリソース計画(チーム間で労働がどのようにバランスされているかを示す機能)への開発でも「ダウンタイム・ゼロ」を目指す。

MaintainXの事例動画より。ケミカル製品、特殊化学品の供給、販売、流通のグローバル企業Univar Solutions現場の保守管理担当者は、使えないデータや膨大な紙によるバインダー管理に悩まされていたが、MaintainXのプラットフォームによって管理が劇的に容易になったとで語る。そしてメインテナンス状況が可視化されたことで安心を確保できたことも大きいと述べている。

前述のメディアでターリカ氏は言う。「機械から送られてくるデータと、作業がリアルタイムでストリーミングされ、リアルタイムで洞察が生成される世界を想像してください。それは、自分たちの生活を支える設備が最高の安全性、信頼性、持続可能性で稼働する世界なのです」

文:水迫尚子
編集:岡徳之(Livit

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