Amazonのクラウドサービス部門であるAWSは、生成AIの分野においてサポート体制を大幅に拡充していると報じられた。これは同分野でのMicrosoftを意識した動きと見られている。
競争力を高めようとしているAmazonが、どのような独自性を発揮し、顧客に新たな価値を提供するか業界が注目する中、2023年に台頭したAIという分野でもありまだ多くの部分で不透明感もあるのが実情だ。
毎年注目が集まる恒例イベントre:Invent
毎年恒例AWSの「re:Invent」は今年、11月にラスベガスでの実地開催と一部はオンライン配信された。2時間弱の基調講演や最新情報、日本語でのセッションなど合わせて2,000以上のセッションや専門家と対面し、ネットワーキングや新テクノロジーを楽しめるEXPOも同時開催。世界各国からユーザー、パートナーが一堂に会するグローバルイベント、学習型のカンファレンスと位置付けている。
今回のイベントでも注目されたのはもちろん、生成AIの分野だ。
アメリカのテクノロジーウェブサイト「VentureBeat」の独占インタビューで、AWS のデータベース・アナリティクス・機械学習担当バイスプレジデントであるスワミ・シヴァスブラマニアン(Swami Sivasubramanian)氏は「企業は、一つのベンダーやプラットフォームにとらわれる必要のない柔軟性と、さまざまなプロバイダのさまざまなモデルを利用できる選択肢を求めている」ことが、生成AIの主題だと言及。これからの需要が多様性を持ってくることを示唆した。
多様な需要への対応が求められている一方、経年と共にコモディティ化されているモデルそのものだけでは競争で優位に立つことは難しいのも事実。そのため、自社の専有データと、そのデータをどのようにモデルに組み込みユニークなアプリケーションを作成できるか、が差別化のカギとなるとしている。
生成AIとデータ管理ツール
Amazonが今回のイベントで特に強調したのが、同社のBedrockサービスからアクセスできる多様な生成AIのラインナップと、利用者が独自に構築し展開する生成AIアプリケーションのために利用できるよりシームレスで改良されたデータ管理ツールの2点だ。ユーザーの多岐にわたる需要に独自性をもって対応できると考えているAmazonのビジョンを下支えする2点だ。
同インタビューでシヴァスブラマニアン氏はイベントの基調講演に関する内容も事前に言及した。
例えば、同年4月に発表された、単一のAPIを通じて利用者が基盤生成AIモデルを利用できる完全マネージド型サービス「Bedrock」は、利便性が大幅に向上。Bedrockでのアプリケーション構築がいかに簡単であるか、ユースケースを紹介し、中には構築までに1分とかからないものもあるとインタビューで言及した。
実際にイベントでは、旅行サイトのBooking.comからSVP兼CTO(最高テクノロジー責任者)が登壇し、同社での利用例を紹介。
例えば、Booking.comは約2,800万軒もの登録宿泊施設、54か国のフライト、5万2,000か所のレンタカー貸出所、数千のアトラクションの予約情報を保有しており、これを相互リンクさせてユーザーの旅行予約をサポートしている。
また同社では利用者のレビュー・評価を参考にする利用者が多く、人気のカギを握っている。数年間にわたって収集されたレニューを保有データに入れ込んだ複雑なデータを、生成AIによってカスタマイズし、瞬時に提案できるようになったと説明。
今後利用者は、これまでのように日程などのデータを一つ一つ入力することなく、「11月27日からラスベガスに出張。ギャンブルにあまり興味はないけれど、美味しい食べ物には興味がある。どこに宿泊すべき?」と会話のように入力するだけで、Booking.comのデータからホテルの提案がされるという仕組みを紹介。ホテルの選択肢がスワイプするだけで簡単に閲覧でき、そのままタップして予約できる、ユーザービリティも秀逸だと語った。
大規模言語モデル
大規模言語モデルの拡充にも言及している。Amazonでは、すでに企業顧客に事前トレーニングされた大規模言語モデルTitanをはじめ、サードパーティのAI21 LabsのJurassic、AnthropicのClaude、MetaのLlama 2、Stable DiffusionといったFMも提供してきている。
しかしながらここで注目が集まるのは当然のことながら、Amazonが9月に最大40憶ドル(約5900億円)まで投資すると発表したAnthropicとの提携とサービスの強化だろう。
OpenAIの元メンバーが立ち上げたスタートアップ企業Anthropicは、10月にはGoogleから最大20億ドルの追加投資を約束され、2021年の立ち上げ以来急成長を遂げている。AIが世界に与える影響は甚大であると理解し、AIの安全性と研究に特化。より安全で信頼でき、解釈可能で、操作可能なAIシステムの構築を提唱している。
イベントでは、同社の最新モデルClaude2.1の基盤モデルの提供開始が発表された。このモデルでは、業界トップクラスの20万トークンのコンテキストウィンドウ、ハルシネーション発生率を50%ダウン、オープン形式での会話での誤った回答を2倍低減、プロンプトのコストを25%削減するなど、機能性がアップしたことをアピール。
こうした分野でのモデルのラインナップ拡充にAWSは大規模な取り組みを継続していくと言及した。
ベクトルデータベース
次に言及があったのが、ベクトルデータベースの拡大だ。
画像や文字、動画といった非構造化データに渡ってセマンティック検索を実現するベクトルデータベースが生成AIモデルの独自性を高められる分野の一つ。生成AIモデルを利用することで、キーワードやメタデータに頼ることなく、クエリに対して最も関連性の高い類似データを探し出すことが可能になる。
Amazonは7月にAmazon OpenSearch Serverless用にベクトル検索機能をプレビューモードで提供。以来「素晴らしい牽引力」を生み出したとして今後一般提供を開始する予定で、ベクトル検索機能はBedrockのみならず、他の分野でも展開していくと意欲を見せている。
生成AIとゼロETL
生成AIアプリの分野では、インタラクティブなダッシュボードやレポートを作成できるAmazon QuickSightや、患者と臨床医の会話を分析することで臨床ノートを作成するAmazon HealthScribeなど、生成AIやコーディングの経験がない人にも利用しやすい、展開済みのアプリに続くアプリの登場を予定している。
ちなみに今回のイベントでは、患者に対する医師の比率が圧倒的に少ない中低所得国でのがん治療に、革新をもたらした生成AIのHurone AIの例を紹介し、AIが人々の生活や医療の分野で世界を変革できることをアピールした。
Amazonが2022年のイベントでも唱えていた「ゼロ ETL」。複雑なデータのニーズがある企業にとって、面倒でコストのかかるETL無しに、異なるソースやフォーマットのデータを統一させることは主要な課題となっている。
この作業負荷をなくそうというのがゼロELTで、これまで数か月、数年かかっていたパイプラインの構築やコードを無くして統合するというもの。「データファブリック」と呼ばれる技術を用いて、データの互換や相互運用をしているクラウドもある。
この分野ではMicrosoftが、企業向けオールインワン分析ソリューション「Microsoft Fabric」を5月に展開しており、一部のアナリストの間ではAmazonやGoogleよりも優位にあると称賛されている。Amazonの出遅れ感は否めず、またGoogleも同様、オープン形式でのソリューション作成を急いでいる。
より顧客ベースが大きく、より強固なサービスの幅を持つMicrosoftは、優勢であるもののデータシェアリングの簡易化で頭角を現しているDatabricksやSnowflakeといったライバルとは、ミラーリングで本格的に対抗する構え。進化を続けなければ追い越されかねない分野でもある。
Amazonでは引き続きゼロETLビジョンへの投資を続けると表明、これは昨年のAmazon AuroraがAmazon RedshiftとのゼロELT統合に対応したことに代表されるような、自社のデータベース統合からの継続的事案。イベントでは、これにAurora PostgresやRDS for MySQL、DynamoDBが加わり、ほぼリアルタイムで分析ができるようになったと発表している。
差別化に成功しているVPC
Amazonが他のクラウドサービスプロバイダと大きく差をつけているとして胸を張るのが、データベースを顧客自身のクラウドに収納したままで生成AIのカスタマイズができる、同社の安全で分離した仮想プライベートクラウド(VPC)だ。
イベントで登壇したBooking.com社も生成AI利用の際には、利用者が意図せずに入力する「個人を特定するデータ」をまず排除してから回答を生成すると前置きするなど、データの安全性とプライバシーは企業にとっても死活問題だが、AWSのクラウドサービスVPCではそれがかなうとしている。
最後にあがったのが、生成AIチップのイノベーションだ。半導体を独自開発しているAmazonでは、NitroハイパーバイザーやGravitonプロセッサといったコストパフォーマンスの高い製品のアップデートを発表。また、機械学習のトレーニング専用の半導体Trainiumや、サーバーCPUのGravitonの最新版も発表され、2024年にはこの新型半導体を活用したサービスを開始する予定だ。
人間が中心となる好循環と人間の創造力の重要性
一連のAWS生成AIサポートの拡充の発表や、データベース、機械学習への取り組みが示されたのち、人間とデータ、生成AIのフライホイール(好循環)を強調したAWSイベントでの基調講演。
人間がイノベーションを創造し、開発をリードし、フィードバックを提供するという、人間が中心となった生成AIの成功を提唱し、AWSが取り組んでいるスキルアップや次世代の教育、奨学金制度についても言及した。
また、誰でも簡単に生成AIのアプリケーションを作成できるAWS PartyRockを紹介。その名が示す通り、楽しみながら簡単な操作で生成AIアプリを作成し、公開すれば誰でも閲覧、利用、再構築ができるもので、クレジットカードの登録やAWSのアカウントさえ不要、ソーシャルメディアのログインがあればすぐに始められるとして利用を奨励している。
データや生成AIのイノベーションが急速に進む中、なおも大切なのは「人間」である私たち一人一人が、独自のインプットやアイデアを提供することである、と基調講演は締めくくられている。競合との差別化を図りたいAmazonが、今後ライバルに歩調を合わせつつどのような革新を見せるのか注目したい。
文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit)