2024年のニュースメディア産業動向を占う年末の動き

2024年はニュースメディア産業における生成AI関連の動きが活発化する見込みだ。

注目動向の1つは、ニューヨーク・タイムズによるOpenAIとマイクロソフトを相手取った訴訟の行方。2023年12月末、ニューヨーク・タイムズは、同社のニュース記事が無断でAIのトレーニングに使用されたとして、OpenAIとマイクロソフトを提訴。著作権を有する記事によってトレーニングされたAIモデルやチャットモデルを破棄することを求めている。最高裁まで持ち込まれ、今後の生成AIと著作権の関係を定義する動きになるとして非常に大きな注目を集めている。

一方で、大規模言語モデル開発企業とニュースメディア企業とのパートナーシップが増える可能性もある。

OpenAIは2023年12月13日、ChatGPTのリアルタイム性や情報の信頼性を向上させる取り組みの一環で、ドイツのメディア大手Axel Springerとの提携を発表。同メディア企業が保有する多岐にわたるメディアコンテンツによるAIトレーニングを行うことを明らかにした。

OpenAIが提供しているChatGPTは、さまざまなトピックに関しての回答を生成することができるが、リアルタイムの情報に対応できていないことが弱点となっている。これは、ChatGPTのトレーニングデータが最新情報を含んでいないことに起因する。OpenAIは多くのニュースメディアを保有するAxel Springerと提携し、信頼できるリアルタイム情報によってChatGPTのユーザーエクスペリエンスを向上させる狙いだ。

Axel Springerは日本ではそれほど知られた存在ではないが、世界展開するニュースメディアを複数保有するドイツのメディア大手企業である。同社傘下のグローバルニュースメディアとしては、Business Insider、Insider、Politico、Protocolなどがあり、同社ウェブサイトによると、Business InsiderとInsiderのオーディエンス規模は世界3億5,000万人に上るという。

PoliticoとProtocolも英語圏では広く知られたニュースメディアであり、OpenAIがこれらの記事コンテンツを活用してAIモデルをトレーニングした場合、ChatGPTの回答は、リアルタイム性だけでなく、その精度や信頼度においても大きく改善することが予想される。

また1946年創業のAxel Springerは、本国ドイツや欧州におけるプレゼンスが非常に強い企業であり、今回の提携はChatGPTの欧州情報を大幅に強化できる機会にもなる。同社の主要ニュースメディアの1つDie Weltは、創業年と同じ1946年に創刊されたドイツの老舗新聞で、政治、経済、文化、国際情報における幅広いカバレッジに定評がある。

もう1つの同社主要メディアである1952年創刊のBildは、政治から芸能情報までカバーするドイツ最大のタブロイド紙といわれており、Bildはドイツだけでなく欧州全域での認知度も高く、欧州の主要ニュースメディアの1つにもなっている。

このほか自動車マガジンAuto Bild、パソコンマガジンComputer Bild、スポーツマガジンSport Bildなどもぞれぞれの分野で欧州最大規模の読者ベースを有している。

フィナンシャル・タイムズによると、OpenAIはこれらAxel Springerのメディアコンテンツへのアクセス料として、年間数千万ユーロを支払うという。

Axel Springerによる社内における生成AI活用の取り組み

OpenAIとAxel Springerの提携は、ChatGPTをさらに進化させる動きという点で注目が集まっているが、ニュースメディアにおける生成AIの活用模索の取り組み活発化という観点からも無視できないものとなっている。

Axel Springerは2023年7月10日、同社のビジネスにおける生成AIの可能性を模索する新チーム「Global Generative AI Team」を発足させたことを発表した。メディアビジネスにおいてどのように生成AIを活用するのか、戦略を明確化・定義することをミッションとするチームだ。

この発表によると、Axel Springer傘下の各メディアブランドでは、すでにそのプロセス/プロダクトの強化に向けて、生成AIの活用方法模索が始まっているという。さらには、社内での生成AI関連のスキルアップ取り組みも進められていることが明らかにされた。

新チームの具体的な役割としては、生成AI領域において、Axel Springerの事業と最も関連性の高い技術・プロダクトを探し出し、社内関係者にレポートすること、また関連スタートアップをリストアップし、M&Aや出資の可能性、パートナーシップの機会を模索することなどが含まれる。既存ビジネスモデルを大きく変える可能性のあるユースケースにおいては、MVP(Minimum Viable Product)の開発も担うという。

この新チームではすでにOpenAIのテクノロジーを活用した社内取り組みを始めており、今回の提携は、これらの社内取り組みをさらに加速させるものになる。

社内取り組みに関する具体的な情報は明らかにされていないが、メディア事業におけるユースケースとしては、リサーチ支援や記事生成、編集支援、翻訳、校正のほか、コンテンツのパーソナライゼーション、インタラクティブコンテンツの作成、動画・オーディオコンテンツの生成、データビジュアライゼーションなど、さまざまな可能性が想定される。

メディア大手、ハイパーローカルなニュース記事を生成AIで作成

ニュースメディア産業で生成AIの可能性を模索しているのはAxel Springerだけではない。

米メディア大手News Corporationは、生成AIテクノロジーを活用したコンテンツ生成のほか、既存の記事コンテンツの生成AI向けライセンス販売による収益化など、生成AI関連で活発な動きを見せている。

2023年7月末の報道によると、News Corporation傘下のNews Corp Australiaでは、生成AIを活用し、週に3,000にも及ぶハイパーローカルな記事を作成していることが明らかになった。オーストラリアの特定地域におけるガソリン代情報、交通情報、天気情報などをAIを使い記事化しているという。この記事化プロセスでは、人間によるチェックが行われているが、それがAIによって生成されたものであることを示す「開示情報」は記載されていない。

ニュースメディア産業では全体的に、生成AIを活用することに対し慎重なアプローチをとっている。一方で、水面下ではテクノロジーの可能性を模索する動きが続いており、コスト削減圧力の高まりなどの影響も相まって、2024年はAxel SpringerやNews Corporationに続き、生成AIに関して、大きな動きが起こることが予想される。

文:細谷元(Livit