OpenAIのCEO追放騒動、アルトマンCEOと取締役会の哲学思想の相違が発端か?騒動の時系列とその理由

サム・アルトマンCEO追放から復帰までの時系列

ChatGPTの開発企業OpenAIをめぐる一連の追放騒動が国内外メディアのヘッドラインを賑わせている。数日間でさまざまな情報が飛び出し、状況も二転三転、シリコンバレー史上「最もクレイジー」な出来事だと現地メディアは伝えている。

この騒動をまとめると、OpenAIの取締役会がAIの安全性への懸念を理由に、同社CEOであるサム・アルトマン氏を解雇、しかしこの決定に対する不満が社内外で高まったことから、アルトマン氏の復帰交渉が開始された。同氏のマイクロソフト入社の可能性が浮上しつつ、復帰の有無で二転三転、最終的にアルトマン氏を解雇した取締役会が1人を除き辞任し、新取締役会とともに、アルトマン氏がOpenAIのCEOに復帰したという流れだ。現地時間11月17日から21日という数日間でこれだけの出来事が起こったため、情報も錯綜気味であった。

なぜこのような事態に発展したのか、時系列で追いつつ、その理由を探ってみたい。

今回の事態を把握するには、まず登場人物の整理が必要だろう。主要な登場人物は以下のようになる。

OpenAIの旧取締役会メンバー:6人

・サム・アルトマン氏:同社CEO、共同創業者
・グレッグ・ブロックマン氏:同社プレジデント、取締役会会長、共同創業者
・イリヤ・サツケヴァー氏:同社チーフサイエンティスト、共同創業者
・アダム・ディアンジェロ氏:Quora、CEO
・ヘレン・トナー氏:The Center for Security and Emerging Technologies(CSET)、ディレクター
・タシャ・マコーリー氏:ランド研究所、サイエンティスト

直近の時系列は以下のようになっている。

11月16日(木)

TechCrunchが伝えたブロックマン氏の投稿によると、サツケヴァー氏は11月16日(木)夜、アルトマン氏に翌日(17日)正午のミーティングを打診した。ブロックマン氏は、翌日暫定CEOとなる同社CTOのミラ・ムラティ氏には、この時点でアルトマン氏が解雇されることが伝えられていたと主張している。

11月17日(金)

ブロックマン氏によると、同氏は同日正午過ぎにサツケヴァー氏からビデオ会議の招待を受け、グーグルMeetのリンクをサツケヴァー氏に送信し会議を開始した。サツケヴァー氏はこのビデオ会議で、ブロックマン氏が取締役会会長を解任されたこと、またアルトマン氏のCEO解任と解雇を伝えた。一方、サツケヴァー氏は、ブロックマン氏がOpenAIにとって必要であり、プレジデントとして残留してほしい旨も伝えている。

このビデオ会議の終了後、OpenAIは公式ブログにてアルトマン氏の解雇を発表。同社の経営チームがアルトマン氏解雇を知ったのは、このブログが発表された後だったとされる。

プレジデントとして残留できる可能性があったブロックマン氏だが、同日OpenAIを退職することを発表。さらに同氏に続き3人の上級研究者も辞職した。

OpenAIは公式ブログで、ムラティCTOがOpenAIの暫定CEOに就任したことを発表している。

11月18日(土)

Axiosが入手したOpenAIの社内メモ(土曜午前に送信)によると、同社COOのブラッド・ライトキャップ氏ら経営陣は、アルトマン氏の解雇について全く知らされておらず、状況を把握するために取締役会と複数回会議を重ねたという。

アルトマン氏の解雇は、投資家らにとっても衝撃の出来事となった。

The Informationは3人の関係筋の話として、今回の騒動によりOpenAIの資金調達が危機に晒される可能性があると報道。OpenAIは860億ドルともいわれる評価額で、同社従業員株の売却を行い資金調達を進める予定だったが、この騒動により売却の可能性はなくなったという。もし売却が行われたとしても、評価額は大幅に下がると予想されていた。

また同時に、OpenAIの投資家らも取締役会に対し、アルトマン氏復帰の圧力を強めていたとも報じられている。

経営陣や投資家らのアルトマン氏復帰の圧力が強まる中、取締役会は自らの辞任、さらにはアルトマン氏とブロックマン氏の復帰に関して原則合意したといわれている。

The Informationによると、アルトマン氏はこの時点で投資家らに別のスタートアップを開始する計画を伝えていた。

11月19日(日)

The Informationによると、アルトマン氏は11月19日、OpenAIのサンフランシスコ本社で取締役会との交渉を予定。この交渉にはブロックマン氏も招待されていた。

ブルームバーグは、OpenAIのライトキャップCOOとムラティCTOもアルトマン氏らの復帰を取締役会に要求していたと報じている。

辞任に合意した取締役会だが、日曜日時点では後任が決まっていないなどの理由から辞任を拒否、アルトマン氏の復帰交渉は決裂に終わった。これに伴い、動画ストリーミングプラットフォームTwitchの共同創業者であるエメット・シアー氏がムラティ氏に代わりOpenAIの暫定CEOに就任した。

11月20日(月)

TechCrunchによると、マイクロソフトのサティア・ナデラCEOが、アルトマン氏、ブロックマン氏、そして他のOpenAI社員らを雇用したと発表。マイクロソフトは新たにアドバンスAI研究チームを発足し、アルトマン氏らが同チームをけん引すると報じられていた。

興味深いことに、この騒動の首謀者といわれるサツケヴァー氏がXにて、今回の取締役会の決定に賛同したことを深く後悔しているとのメッセージをツイート。アルトマン氏を追放したことを後悔しており、同氏を復帰させるために全力を尽くすとも読み取れるメッセージが話題となった。

同日午前時点で、取締役会が辞任しアルトマン氏が復帰しなければOpenAIを辞めると意思表明した社員数は全社員770人中500人ほどだったが、午後には700人まで膨れ上がった。その中にはサツケヴァー氏も含まれている。

TechCrunchはアルトマン氏らがマイクロソフトに入社することを報じていたが、The Vergeによると、契約は締結されておらず、アルトマン氏とブロックマン氏ともにOpenAI取締役会の辞任を条件に、OpenAIに復帰する可能性を残していたといわれる。

一方、頑なに辞任を拒否する取締役会は、OpenAIの競合となるAnthropicの共同創業者でCEOのダリオ・アモデイ氏に、AnthropicとOpenAIの合併を打診したと報じられている。The Informationは、OpenAI取締役会がアモデイ氏をOpenAIのCEOに据えることを画策しており、その一環で行われたアプローチだと報じている。アモデイ氏はもともとOpenAIの研究幹部だった人物。OpenAIの方針に異を唱え退職し、Anthropicを立ち上げた。アモデイ氏は、この打診を即答で拒否したという。

11月21日(火)

Anthropicのアモデイ氏による即答拒否が決定打となったのかは不明であるが、取締役会はその翌日となる11月21日、アルトマン氏が同社CEOに復帰することで原則合意に至ったことを発表した。また、取締役会はアルトマン氏との交渉を主導したディアンジェロ氏のみを残し辞任し、新メンバーで再出発することも明らかにされた。

取締役会が全員辞任することは今回の決定が間違ったものであったと認めてしまうことになるため、ディアンジェロ氏が残る形になったといわれている。

新取締役会の会長には、セールスフォースの元共同CEOブレッド・テイラー氏が就任。これに米財務長官を務めた経歴を持つラリー・サマーズ氏が加わる。辞任した旧取締役会は、アルトマン氏のCEO復帰に合意しつつも、アルトマン氏とブロックマン氏の取締役会復帰は拒否しており、当面新取締役会は、テイラー氏、サマーズ氏、ディアンジェロ氏の3人で運営されることになる。

旧取締役会は、新取締役会の選出にあたり、アルトマン氏の権力を抑止できる人物を選んだとされ、今後も新取締役会のメンバーは増える可能性があると報じられている。

OpenAI騒動の発端、取締役会の哲学思想

この騒動のきっかけの1つは、2023年10月に発表されたアカデミックペーパー「Decoding Intentons」といわれている。OpenAI旧取締役の1人、ヘレン・トナー氏が同論文の共著者だ。

この論文は、政策立案者がAIの安全性と責任ある開発を促進するために、各国政府や民間企業が発するAI関連情報をどう読み解くのかを「Costly Signal(コストのかかるシグナル)」という概念によって議論したもの。

この論文の中で論じられたOpenAIとAnthropicの比較が大きな問題になった。

それは、OpenAIがAIの安全性に対する強いコミットメントを示すために実行したのが安全性試験を何度も繰り返したGPT-4をリリースすることであった一方、Anthropicは自社のAI「Claude」の市場投入を遅らせることで安全なAI構築へのコミットメントを示したという議論だ。

トナー氏は、このAnthropicのアプローチがAI市場における「底辺への競争(race-to-the-bottom )」力学を緩和するものであると指摘。意図的にAIモデルのリリースを遅らせ、技術開発競争の激化を防ぐことで、安全性や倫理的な検討がおろそかになる可能性を小さくできるという考えだ。トナー氏はおそらく、アルトマン氏が早々にGPT-4をリリースしたことに反感を持っていたものと思われる。

この論文を目にしたアルトマン氏は、OpenAIにとって危険な考えであるとし、トナー氏を叱責したといわれている。その後同社では幹部らの間で、トナー氏を解任するかどうかの議題が持ち上がったが、AIテクノロジーのリスクを懸念するサツケヴァー氏がトナー氏、ディアンジェロ氏、マコーリー氏の意見に賛同したことで、逆にアルトマン氏が追放される格好となった。

トナー氏、ディアンジェロ氏、マコーリー氏はともに、「効果的利他主義(Effective Altruism)」と呼ばれる哲学思想に深く関与しており、取締役会の中でもとりわけ思想的に強いつながりを持っていた。サツケヴァー氏は、この思想に幾分かの共感を示していたといわれており、今回の騒動は、効果的利他主義とアルトマン氏の考えに相違があり、その不調和が増大した帰結という見方もできる。また非営利の取締役会が営利部門を統括するというOpenAI独特の複雑な組織構造も影響したと考えられている。

文:細谷元(Livit) http://livit.media/

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