ビル・ゲイツ氏らが注目する感情知性を持ったAI「Inflection AI」、設立1年で40億ドルの評価額に

13億ドル調達、1年で評価額40億ドルとなった驚異のAIスタートアップ

ジェネレーティブAI分野のスタートアップとして世界的に最も知られているのは、ChatGPTを開発したOpenAIだが、他のスタートアップも大規模な資金調達を行っており、OpenAIに対する競争力を高めている。

OpenAIの直接的な競合スタートアップには、同社の元研究幹部らが立ち上げたAnthropicのほか、Cohere、Adept、Hugging Faceなどがあり、いずれもこの数カ月間で大型資金調達を実施、独自の大規模モデル開発を加速している。

その中でも2023年8月末に巨額の資金調達を実施したInfleciton AIへの関心が急速に高まっている。

もともと、ビジネスSNSであるリンクトインの共同創業者レイド・ホフマン氏とアルファベット傘下のAI企業ディープマインドの共同創業者ムスタファ・スレイマン氏が2022年に立ち上げたAI企業として話題性は高かったものの、他社のようにメディアのインタビューを受けることが少なく、同社のAI開発もステルスモードであったため、話題に上がることはほとんどなかった。

しかし、8月末にNVIDIAが主導する13億ドルの資金調達ラウンドを実施し、評価額が40億ドルに拡大したとして注目度が高まっているのだ。

ジェネレーティブAI分野のスタートアップ評価額は、OpenAIが270億〜290億ドルで他社を圧倒する状況ではあるものの、競合の追い上げもあり、1年前と比べると様相は大きく変わってきている。

CBInsightの2023年5月8日時点のまとめでは、OpenAIが評価額290億ドルでトップ、これにAnthropicが44億ドル、Cohereが20億ドル、Hugging Faceが20億ドル、Lightricksが18億ドル、Runwayが15億ドル、Jasperが15億ドル、Replitが12億ドル、Infleciton AIが12億ドル、Adeptが10億ドル、Character.aiが10億ドル、Stability.aiが10億ドル、Gleanが10億ドルと続く。

2023年9月7日時点においては、このランキングに大きな変動が生じている。Hugging Faceは8月末、セールスフォースが主導する資金調達ラウンドを実施し、グーグル、アマゾン、NVIDIA、インテル、AMD、クアルコム、IBMなどの参加があり、計2億3,500万ドルを調達した。これによりHugging Faceの評価額は、45億ドルと2倍以上拡大したといわれている。

さらに、上記CBInsightのランキング外であったイスラエルのAI21 Labsが8月末に1億5,500万ドルを調達、評価額は14億ドルに拡大した。

そして、ほぼ同じタイミングで、Infleciton AIが13億ドルを調達し、評価額40億ドルをつけた。

Infleciton AIが注目される理由

OpenAIのフラッグシップモデルは、文章生成、翻訳、コード生成などさまざまなタスクで高パフォーマンスを示すGPT4だ。オールラウンダー的な存在であり、このモデルをベースとするアプリケーションが多数登場している。

一方、Anthropicのフラッグシップモデルは「Claude2」。OpenAIのモデルよりも多くのデータをプロンプトに入力することが可能で、長文処理に長けたモデルだ。英語7万5,000ワードに相当する約10万トークンをプロンプトに入力することができる。

このほか、Cohereはエンタープライズ向けAIに強みを持ち、Hugging FaceはAI開発者コミュニティに強みを持つなど、各社の特徴はさまざまだ。

では、Infleciton AIが開発するAIはどのような特徴を持っているのか。

同社の主要モデルの1つとなるのが2023年5月にリリースされた「Pi」だ。Piとは、personal intelligence(パーソナル・インテリジェンス)を意味し、同社によれば、単に賢いだけでなく、感情知性を持った新しいタイプのAIであるという。Piは、教師やコーチ、信頼の置ける相談相手、創造的なパートナーなど、個人の興味やニーズに基づいてさまざまな役割を担うことができる。

実際にPi.aiで、Piと会話をすることができるが、試してみると同社が言うように、親しい友人に話かけているかのような感覚で会話をすることができた。Piの発言には、絵文字が入ることもあり、カジュアルな雰囲気での会話が可能だ。現在、開発初期段階であり、今後さらに改善されるという。

Piとの会話

ビル・ゲイツ氏も注目、パーソナルAIアシスタントによる変革

Inflection AIは、2022年に設立されたばかりで、規模は約35人という小規模なもの。そんな同社がなぜ40億ドルもの評価額となったのか。

理由の1つは、AIの中でも同社が開発する「Pi」のようなパーソナルAIアシスタントが将来的に大きなインパクトをもたらすと考えられているからだ。

2023年5月にゴールドマン・サックスとSV Angelが開催したAIベントで、ビル・ゲイツ氏がパーソナルAIアシスタントがもたらすであろうディスラプションについて語っている。

ゲイツ氏は、将来的に個人に寄り添うパーソナルAIアシスタントが登場すれば、消費者の行動が大きく変化すると指摘。たとえば、何かを調べるとき、これまではグーグルなどの検索エンジンを利用していたが、パーソナルAIアシスタントが登場すると、AIが消費者に代わり情報を検索するようになるだろうと述べている。

現在、ChatGPTを利用する際、ユーザーはプロンプトに質問を入力する必要があるが、パーソナルAIアシスタントは、ユーザーのニーズを把握し、自ら提案を行うようになるため、プロンプトに入力する必要もなくなるであろうと予想されている。

ゲイツ氏はこうした未来予想を展開した上で、将来のAI市場で競争優位を持つのは、パーソナルAIアシスタントを開発する企業だと述べている。パーソナルAIアシスタント開発競争で、スタートアップが勝者となるのか、テック大手が勝者となるのか、その確率は五分五分であるという。また同氏は、この開発競争で、Inflection AIを含むいくつかのスタートアップに注目しているとも語っている。

ベンチャー投資は世界的に落ち込んでいるといわれているが、ジェネレーティブAI分野はバブルの様相。今後もOpenAIに対抗する競合スタートアップによる資金調達・開発取り組みは加速する見込みだ。

文:細谷元(Livit

モバイルバージョンを終了