少子高齢化が進み東京一極集中である日本では、地方創生が大きな課題となっている。この課題を解決するためには『都市デザイン』がその一翼を担う。人流を創出し、住人たちの街に対する誇りを形成するためには、美しい景観をはじめとしたデザインの力が必要だ。

また、地方創生のみならず、公衆衛生の観点から求められる広い空間づくりや、災害に強い施設の建築、多様性に配慮したユニバーサルデザインなども都市デザインが果たす役割のひとつだろう。そして今、これらはできる限りサーキュラーデザイン(循環型デザイン)であることが求められている。

AMPでは、『世界デザイン会議東京2023』への参加のため来日した台湾デザイン研究院 院長 張基義(チャン・チーイー)氏にインタビュー。都市デザインが築かれることは、私たちの生活にどのようなメリットを与えるのか——。グローバルに活躍する同研究院から見た都市デザインの力を探る。

台湾デザイン研究院について

台湾デザイン研究院の前身となる台湾デザインセンターは、デザイン業界の人材育成、行政や企業におけるデザインの導入支援、デザインによる国際交流などが評価され、2020年に台湾デザイン研究院へ昇格。同年に開催された『第4回総統革新賞(プレジデンシャル・イノベーション賞)』を受賞し、国家レベルのデザイン政策に携わっている。

張氏は今回の『世界デザイン会議東京2023』にて《都市のデザイン力を計る指標》を発表した。指標は各都市のデザイン領域における人的リソースや経済投資、環境への影響など、18の指標と15の理論をもとに作成。レーダーチャートにて台湾各都市のデザイン力における優れた点、改善点がわかるようになっており、今後はこの指標の活用を世界の都市にも広げていきたいとしている。

『世界デザイン会議東京2023』での発表の様子

コロナ禍で力を発揮したサーキュラーデザイン

デザイン業界にもサステナビリティの波が訪れている。日本と同じ島であり資源が限られている台湾では、持続可能な社会づくりに危機感を持っており、スピード感を持って取り組んでいると語る張氏。なるべく廃棄物を出さずに循環可能な商品開発やビジネス設計を行うサーキュラーデザイン(循環型デザイン)が求められているという。

実際に、台湾デザイン研究院ではスピード感を持ってサーキュラーデザインに挑んだ事例がある。新型コロナウイルス感染症に対応した、モジュール式スマート防疫病室「MAC-Ward(MAC=Modular、Adaptable、Convertible)」の商品化だ。

日本でもパンデミックによる病床のひっ迫が連日報道されていたが、同研究院では、この病床のひっ迫を解消すべく、半年でモジュール式病室を作り注目を浴びたという。

モジュール形式のコロナ対応仕様病室

張氏「モジュール式病室は、海外からの物流がストップしてしまったなか、国内にある廃棄物・資源だけで作りました。24〜48時間ほどで組み立てられます。色のついたパネルは国内の病院から出た廃棄物を利用して作られ、それを取り囲むフレームもアルミを使っており再利用が可能です。コロナ禍に陥ってから半年ほどで開発し、アメリカCNNにも取り上げてもらいました」

デザインは不測の事態にも対応する力を秘めている。この事例はデザインの持つ力が最大限に発揮されたケースだろう。

台湾デザイン研究院が取り組む3つのイノベーションと教育

張氏は「デザインは人の生活を豊かにする」と語る。しかし、都市デザインが成熟していることが人々の幸福度に直結するわけではないとも付け加えた。

「東京をはじめG7の国々の都市デザインは成熟していると思いますが、残念ながらデザインが成熟している都市であっても幸福度が高いとは限りません。これは台湾での話にはなりますが、幸福度は都会よりも離島に暮らす人々の方が高いとする調査結果があります。多くの人が集まる都市では、暮らしに対するニーズが高くなるからでしょう。しかし、都市デザインの成熟は価値を生み出すことに間違いはありません」

台湾デザイン研究院 院長 張基義(チャン・チーイー)氏

この価値とは具体的にどのようなものなのだろうか。台湾デザイン研究院が目標にしているのは、3つの価値の創出だという。

「都市デザインをはじめとしたあらゆるデザインは、パブリックイノベーション、社会の価値を作るソーシャルイノベーション、企業のイノベーションに寄与することができます。我々はこの3つの価値に取り組むことで社会全体を良くしたいのです。そして、培ってきた経験や知見は台湾のみならず世界の都市にも役立てることができるでしょう。それが、ひいては人々の幸福度の一部を形成するものになり得ると思います」

デザインによるイノベーションを起こすためには、デザイン領域で活躍できる人材育成が不可欠だ。台湾では小・中・高の教育プログラムに美学教育を導入。知識を身につけるだけでなく、学校をクリエイティブな空間へとリノベーションするなど、審美眼を磨く体験が重視されている。

『Design Movement on Campus(学美・美学)』プロジェクト

張氏「街・国のデザイン力を高めるためには教育が必要で、デザインを見極める力を養うにはさまざまな体験が肝心です。台湾ではTSMCに代表される半導体に強みがある一方で、デザインに強い企業は少ない現状があります。そのため、我々は美学教育に力を入れているのです」

美観・効率化・ブランディング。都市デザインがもたらすメリット

都市デザインを考慮して築かれた街にはどのようなメリットがもたらされるのだろうか。張氏は3つのステップに集約されると分析している。

張氏「都市デザインがもたらすメリットは多岐にわたりますが、そこには3つのステップがあります。まずは美しさ。都市デザインにおいて街の美観は外せない要素です。2つめは、デザインの力を借りて物事のプロセスをシンプルにすること。効率化を図り、利便性を高めます。3つめは都市のブランド化。美観が保たれ、物事の効率化が図られている都市は価値が高まるでしょう。環境・体験・サービスなど暮らしのなかにあるデザインが快適なものになれば、人が集まり、そこに暮らす人々は街に誇りが持てるのです」

台湾MRT中山駅の改装事例

台湾デザイン研究院では、世界各国から述べ600万人が訪れる『台湾デザインエキスポ』を企画・運営している。毎年開催都市が異なるのだが、開催都市は一年をかけて上記の3つのステップを見直し、都市の魅力を世界にアピールするチャンスを得ているという。

都市デザインがもたらす美観の向上、利便性の促進、その先にある都市のブランディングは、まさに地方創生に必要とされる要素だ。魅力的な都市が増えれば東京一極集中の解消につながり、日本全体の底上げになる。

そのためには、どこに課題があるのかを客観的に可視化することが必要だろう。台湾デザイン研究院が開発した《都市のデザイン力を計る指標》が日本の都市で活用される日が待たれる。

取材・文:安海まりこ
写真:小笠原大介