映画の感動はどこから来る? テクノロジーの進化がこれまでにない“没入感”を実現

映画産業において、テクノロジーの進化がVFX(視覚効果)プロダクションに革命をもたらそうとしている。

CGI(コンピュータグラフィックス)やモーションキャプチャ、リアルタイムレンダリング、AI(人工知能)などの技術の活用が、映画の世界をよりリアルなものへと変え、観客にこれまでにない没入感をもたらす作品の制作が可能になっている。

また、このような技術は、映画制作のプロセスを大幅に効率化することに成功しており、特に複雑なシーンやエフェクトの制作において重要な役割を果たすようになっている。

映画の感動はどこから来る? テクノロジーの進化がこれまでにない“没入感”を実現

この数年で飛躍的に進化した画像処理装置GPU

映像制作における最先端テクノロジーの活用が急速に進んでいる背景にあるのは、GPU(画像処理装置)の飛躍的な進化だ。画像を描写するために必要な計算を処理するGPUは、膨大な量のデータの計算処理を高速で行うが、その機能はこの数年で何倍も強力になっている。

米国の半導体大手AMD社より、一昨年には、64コアで3GHzを100%超えるクロック数(CPUが処理を行う際に発する信号を扱う速さ)を持つRyzen Threadripper PRO、昨年には、最大96コアのCPUを搭載した第4世代EPYCプロセッサーが発表された。

このようなパワフルなGPUにより可能になったことの一つが、映像ファイルの保存と転送をより高速かつ効率的に行うことであり、これによって製作者が遠隔地から共同で作業を行えるワークステーションが実現可能となった。

リモートワークステーションによる制作業務の効率化

物理的に遠く離れた場所にいる映像技術者、映画製作者が、インターネットアクセスさえ十分であれば、最大数百人までアクセスして共有できるワークステーションを構築し、作業を共にすることが、新世代のGPUの活用によって可能になっているのだ。

映像制作スタジオやコンテンツ制作会社が、映画やテレビ、アニメ制作のプロジェクトを受注した場合、可能な限り早く必要な技術者を確保する必要があるが、十分な技術をもつスタッフを短期間で集めるのは容易ではない。

しかし、このバーチャルスタジオで制作を行うことができれば、スタッフ確保の困難さを軽減できるだろう。

パンデミックによって世界的にリモートワークへのシフトが進んだことも、リモートワークステーションの普及に拍車をかけているようだ。

コンピュータグラフィックス作成も高速化、低コスト化

新世代GPUは、没入感のある映像制作に欠かせないリアルなコンピュータグラフィックスの制作過程も大きく進化させている。

コンピュータ上で、3次元の被写体のデータを処理・演算を行い2次元に映像を表示させる「レンダリング」は、コンピューターによる膨大な計算処理が必要であり、これまでは非常に時間のかかるプロセスだった。

しかし、新世代GPUの能力によって、このプロセスは高速化し、一般的に行われてきたオフラインで映像を事前にレンダリングする「プリレンダリング」ではなく、データが入力された瞬間に映像を生成する「リアルタイムレンダリング」が、映像制作の場において広まりつつある。これは、1フレームのレンダリングに数十時間を費やしていた制作がはるかに効率化、かつ費用対効果も高いものになることを意味する。

背景を自在に創り出すバーチャルプロダクションの進化

ソニーのバーチャルプロダクション技術を活用した映像作成/ソニーPCL YouTubeチャンネル

バーチャルの背景と融合させて実物の被写体を撮影し、映像を創り出す「バーチャルプロダクション」の進化も著しい。

これまで映画制作の報道などで、目にすることの多かったバーチャルとリアルの融合作品の撮影シーンといえば、「グリーンスクリーン」と呼ばれる緑色のスクリーンの前で、俳優の演技を撮影し、後に別の映像を背景に重ねる、といったものだった。

しかし、このグリーンスクリーンは、インタラクティブに背景の視覚効果を操作し、調整できる「LEDウォール」に代わりつつあり、よりリアルな背景を創り出すことができるようになっている。加えて、最新のモーションセンサーによって、俳優とバーチャル背景はよりシームレスにつなげられるようになり、違和感の少ない仕上がりを可能にしている。

このようなバーチャルプロダクションの導入は、物理的なセットを用意する必要や物理的な移動、また撮り直しが生じる可能性を減らすことで、生産コストの大幅な削減を可能にしている。

ピクサーの最新作ではジェネレーティブAIが活用される

話題のジェネレーティブAIも、大手の映像制作スタジオで活用事例が生まれるなど映像業界に浸透しつつある。

ディズニー&ピクサーの最新映画「マイ・エレメント(原題: Elemental)」のキャラクター描写では、AI技術である「スタイル・トランスファー」が活用されている。

「スタイル・トランスファー」は、画風を変化させる機械学習技術で、自撮り写真をアニメ風や絵画風などに変更するスマホアプリで体験したことのある人も多いだろう。

「マイ・エレメント」の主人公の一人、火のエレメント(元素)の女の子「エンバー」の姿を創り出すにあたって、アニメーション・アーティストのアイデアと、この「スタイル・トランスファー」技術を組み合わせた画像効果を実現。

強力なGPUによってこのキャラクターが登場するフレーム全てに適用することで、リアルでありながらも個性的な、絶えず燃え盛る炎をまとった主人公の外観が生み出された。

AI映像制作ツール開発スタートアップも続々登場

手作業で行われていた映像編集作業を高速化させるAIツールも登場/Electric Sheep YouTubeチャンネル

AIの活用は映像制作の様々な局面で進められ、資金調達に成功する映像ソフトウェア系スタートアップも続々と生まれている。

ロンドンを拠点とするAI視覚効果スタートアップ「Electric Sheep」の開発するクラウド・AIプラットフォーム「Spotlight」は、「高速で完璧な背景除去」をAIによって可能にすることが売りだ。同社は先月、50万ドルを調達してプレシードラウンドを完了しており、今後の成長が期待されている。

現在、このような編集は手作業で行われており、1秒間の映像に約6時間、業界で年間15億ドル以上のコストがかかっているとのことだ。

テクノロジーの進化がもたらす映画業界の変革

クリエイターにとってより低コストでアイデアを形にできる時代となっていく(UnsplashGordon Cowieより)

このような高速なGPUや強力な映像制作のためのAIツールは、大手スタジオだけのものではない。映像制作全体を効率化し、コストを削減することから、人員や予算が少ないスタジオや個人のクリエイターにも大きな恩恵をもたらすものだ。

そして、長編映画や動画ストリーミングサービス、ゲームなどでその有用性が確認された最新のテクノロジーは、ミュージックビデオや広告、SNS、写真など、多様な映像分野にも波及し、クリエイターがリソースの大小に関わらず、アイデアを作品にできるようになる可能性に期待が寄せられている。

文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit

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