急成長見込みのジェネレーティブAI音楽市場

ジェネレーティブAI市場では、テキスト生成、コード生成、画像生成などさまざまな分野が存在する。この中で、最近関連企業の動きが活発化しているのが音楽生成分野だ。

YouTube(グーグル)、メタ、マイクロソフトなどのテック大手に加え、ユニバーサル・ミュージック・グループ(UMG)などの音楽大手企業が音楽生成AIに関連した取り組みを加速しつつある。ジェネレーティブAI市場の中で、音楽生成分野はニッチであるものの、高い成長性が見込めるためだ。

Market.USは、2023年4月に発表した調査レポートで、2022年のジェネレーティブAI音楽市場の規模は2億2900万ドルだったが、今後年間28.6%という高成長が見込まれ、2032年には26億ドルに達すると予想している。

2022年時点では、ジェネレーティブAI音楽市場の売上の大半を占めるのは、ソフトウェアで、収益全体の55%を占めていた。アプリケーション別ではマスタリング分野が30%で最大、地域別では北米市場が35%で最大の収益シェアを占めていた。

そんなジェネレーティブAI音楽市場において、YouTubeがユニバーサル・ミュージック・グループとのパートナシップのもと、AIと音楽の可能性を探求するプログラム「Music AI Incubator」を開始することを発表し注目されている。

このMusic AI Incubatorは、ミュージシャン、ソングライター、プロデューサーなどの音楽業界の人々がAIテクノロジーを試験する場として機能し、AIテクノロジーを活用することの利点や欠点の洗い出しを行うという。

YouTubeの発表によると、この取り組みには、国際的に高い評価を受けているアーティスト、プロデューサー、作曲家などが参加、さらにはグラミー賞受賞者などが含まれ、YouTubeが現在開発しているジェネレーティブAIツールの実験と研究に参加し、レビューや洞察の提供を行う。

音楽生成AIをめぐる論争

YouTubeのMusic AI Incubatorが今後どのように発展するのかはわからないが、YouTubeやグーグルが開発している音楽生成AIがYouTubeプラットフォームに実装される可能性はゼロではないはずだ。

現在、YouTubeプラットフォーム上では、クリエイターが無料で楽曲利用できる「オーディオライブラリー」が提供されているが、楽曲数には限界があるため、これを補完する形で音楽生成AIツールが登場しても不思議ではない。

しかし、音楽生成AIをめぐっては著作権などに関して大きな論争が起こっており、その結果次第では、音楽生成ツールの展開は難しくなる可能性もある。

これに関して最近、音楽ストリーミングのSpotifyが音楽生成AIツールで作曲された数千に上る楽曲を同プラットフォームから削除したというニュースが注目を集めた。

Mashableは5月10日、フィナンシャル・タイムズの報道として、Spotifyが音楽生成AIスタートアップBoomyで生成された数千曲に上る楽曲を削除したと伝えた。ユニバーサル・ミュージックがSpotifyプラットフォーム上で、Boomyによる不正なストリーミング活動の疑いを報告したことが発端。報道によると、Boomyがボットを使い、ストリーミングカウントを増やそうとした疑いがあるという。

ボットを使いストリーミングカウントを増やす行為は「人工ストリーミング(artificial streaming)」と呼ばれ、Spotify上では禁止されている。

Boomyは、2年前にAIによる音楽生成サービスを開始。「ラップ」や「ローファイ」など人気の音楽ジャンルの楽曲を自動で生成でき、上記報道時点のデータでは、これまでに同サービスを通じて1450万曲以上が生成されたという。この数は、これまでに世界でリリースされた全楽曲数の約14%に相当する。2023年9月5日時点のBoomyウェブサイトの情報では、生成された楽曲数は1700万曲以上に増加している。

Boomyを利用すれば、誰でも簡単に作曲することが可能で、利用者は生成した楽曲をTuneCoreなどの音楽配信サービスを通じて、Spotifyなどのプラットフォームにアップロードし、そこからストリーミングによる収益を得ることが可能だ。Boomyの場合、生成された楽曲の著作権は同社が保持するものの、利用者はストリーミング収益の80%を得ることができる。

この騒動では、不正なストリーミング行為疑惑が直接的な問題となったが、間接的に音楽の著作権問題にも波及している。一部で、Boomyが、著作権のある楽曲をAIのトレーニングに使用したという批判があがったためだ。これに関して、Boomy側は同社ウェブサイトで、AIのトレーニングにおいて、著作権のある楽曲の無断利用はないとする声明を出している。

音楽生成AIが作成した楽曲の著作権

音楽生成AIをめぐっては、AIのトレーニングに著作権のある楽曲が無断で使用された場合、それが著作権侵害につながるのか、またAIが生成した楽曲には著作権が付与されるのかどうか、などさまざま論点があり、現在も議論が続いている。

The Vergeが法律専門家に対する聞き取りを行ったところでは、AIトレーニングで著作権のあるデータが利用された場合、確実に著作権侵害であると指摘する専門家もいれば、もう一方では、ジェネレーティブAIのトレーニングプロセスは法的に適切であり、いかなる訴訟も失敗するだろうと指摘する専門家もおり、統一的な見解には至っていないのが現状となっている。

音楽企業においても、音楽生成AIに対して厳しい態度を取る一方で、同テクノロジーの可能性を模索する取り組みを始めるなど、フレキシブルな姿勢にシフトするケースが増えている。

上記YouTubeと提携したユニバーサル・ミュージックはその1つ。同社は、もともと音楽生成AIに対し、人間の芸術性を侵食したり、著作権を侵害する可能性があるとし、公然に批判的な態度を取ってきたが、YouTubeとの提携に加え、2023年5月には、音楽生成プラットフォームのEndelとも提携しており、音楽生成AIを取り入れる方向にシフトしている。

Endelは、機械的に睡眠やリラクゼーション用の楽曲を作成できる音楽生成AIを開発するスタートアップ。ユニバーサル・ミュージックとの提携により、アーティストとレーベルがAIの力を利用して、リラクゼーションや集中など、日常の音景を制作する支援を拡大する計画という。

最近自社開発の音楽生成AI「MusicGen」を発表したメタ、またパーソナルなBGM生成AIを開発するAI Musicを買収したアップルなどテック大手の動向も無視できないものとなっている。

文:細谷元(Livit