日本から1万4000キロ離れた、南アフリカ。アフリカ大陸最南端に位置し、2000m級の山が連なり、砂漠、森林、高原などが広がる土地には多様な動植物が暮らしている。近年は経済発展の目覚ましさから各国から注目を浴びる国でもある。その一方で、電力、水不足に行政サービスの停滞といった社会的課題がその歩みを遅めているといわれる。
その課題に挑戦する、日本人をご存じだろうか?電力・水不足を解決するための製品を納入し、国民IDのような行政サービスにも間接的に関わる。活動の場は南アフリカにとどまらず、ナミビアやモザンビークなどでは国連機関との仕事も積極的に行う。
文化の違う人々との仕事はどのように行っているのか。また、南アフリカで働く上で自身はどう変化したのか、今回話を聞いてきた。
- 小出洋介さん
- 東京都出身、45歳。南アフリカ在住。大学卒業後、外資系IT企業で勤務。NEC転職後は海外営業などを経て、アフリカ営業部へ異動。現在はICTソリューション企業のXON社(NEC子会社)でジェネラルマネージャーとして経営全般に携わる
利益だけでなく豊かさ、アフリカの人々の笑顔も追求
南アフリカの朝は早い。朝6時台、7時台には出社し、仕事を始める従業員の姿がある。
活動時間が早いのは治安上の懸念が一つの理由だ。日中でさえ、徒歩移動は危険で、場所によってはスーパーマーケットにも自家用車やUberなどの配車サービスを利用しなければ犯罪に遭う可能性がある。夜出歩くのは尚更危険なため、残業ができない。その分、太陽が出ている時間にしっかり活動するのだそうだ。
「お昼休みも日本では正午から1時間と決まっていたりするけど、南アフリカでは15分ぐらいでお弁当を食べ終えて、また仕事を再開。それで午後3時、4時には帰宅する人もいますよ」
小出さんの勤務するNECの子会社XON社では裁量労働によるフレックスタイム制で就業時間は決まっていないそうだ。それだけ結果が重視されるともいえる。
「意外かもしれませんが、生産性高いんじゃないかと思いますよ。総労働時間が日本と比べると短いのに、課題はありつつも、事業は伸びているんです。」
日本ではリスクなどを、関係部署、部長、執行役、社長など決定までのプロセスでしっかり検討する。だからこそしなくていい失敗を避けることができるかもしれないが、スピードが遅くなることもある。
その点、南アフリカでは、働き方のモットーは「とにかくやってみる」。何か決定する上で、現地法人経営陣の判断は“Quick & GO”と素早く、現場のアクションもおのずと早くなる。また現場社員と経営陣の距離感が近く、報告・相談の頻度も多いため、課題が発生したら、すぐにその都度調整しながら進めるのが、南ア流。
「どっちがいいとかではないんですけどね」
そう語る小出さんが勤務するのは、NEC XONという会社。通信やITサービスなどで知られる日本企業NECが、南アフリカの企業XON社に2015年7月に出資、2018年2月に子会社化した。
小出さんは出資をきっかけに、2016年1月にトレーニーとして赴任した。2018年3月に一度日本へ任期満了で帰任するも、2021年6月に再赴任。再び南アフリカ駐在の話が持ち上がった際、1度目の赴任で現地の人との関係性がすでに築けていた小出さんに再び声がかかった。
現在はジェネラルマネージャーとして、XON社の創業者であるCEO、上級副社長(EVP)と共に、経営管理から経理、法務など、経営全体のマネジメントを行いながら、CEO達をサポートしている。
そのほか、南アフリカ人のほか、ナイジェリア人やケニア人、タンザニア人、エチオピア人、ジンバブエ人の総勢500名以上の現地スタッフが共に働いている。
NEC XONが取り組むのは、社会課題解決に向けた事業。南アフリカにとどまらず、サブサハラ・アフリカ地域と呼ばれるアフリカ北部をまたがるサハラ砂漠より南のエリアを広く統括。アメリカに本部を置く国連のアフリカ事務所へITインフラ提供などを行っている。
「我々のいるアフリカは国連機関の主な活動地の一つなのですが、我々はIT、デジタルインフラを提供することで、国連機関がサポートしている人々を支援するような事業を行っています」
その一つが、支援の電子化を目的とした、新興国向け電子バウチャーシステムの導入。
国連はこれまでもナミビアやモザンビークで小規模農家や女性支援を行うために、小規模農家であれば農作業のために必要な種や肥料、貧困女性支援では食用油、お米、メイズというとうもろこしの粉でできた食糧の配布を行うために、店頭で使える引換券のようなものを配布してきた。
「しばらく紙の引換券を配布していたのですが、農民や女性などは1〜2万人にのぼり、住んでいるエリアもバラバラなので紙での配布は大変でした」
そこで導入されたのが、『eバウチャー』と呼ばれるシステム。女性たちにクレジットカードサイズの非接触型ICカードを無償で配布し、利用者の情報を登録した上で、支援物資の購入をしてもらうのだ。
配布がスムーズになっただけでなく、誰がどこでコメをもらった、といった情報がシステムに記録されるようになり、国連機関として支援の効果測定を行えるようになった。
また、南アフリカ国内では電力・水不足にアプローチする取り組みを行っている。特に電力に関して、地域によっては1日12時間計画停電が実施されるほどの深刻な電力不足に陥っている。
南アフリカでは石炭火力発電が電力構成の8割を担っているが、発電する国営電力会社の設備は、アパルトヘイト(人種隔離政策)時代に建設され、すでに老朽化して故障を繰り返している。総発電能力の約半分が故障か修理で使えなくなっているのに設備を新しくする予算がないことなどが原因として挙げられる。
「私の同僚が当時マンションの9階に住んでいたのですが、エレベータの中に2時間閉じ込められたことがありましたね。別の日には、水を部屋まで汲み上げるためのポンプに電力が供給されず、一時断水に見舞われたそうです。キッチンの水道もシャワーも何も出なくなったと聞いて、蛇口をひねると水が出るのは当たり前ではないのだと思い知らされました」
この課題を解決するために、水道公社と協力し、貯水池に蓄電池型のバックアップ電源システムを納入し、安定的な水道供給に貢献している。
小出さんにとっても他人事ではない電力不足問題。国が発展していく中で欠かせない電力をいかに安定的に供給できるのか、試行錯誤を重ねているのだ。
父の姿を思い浮かべ、転職。アフリカ営業部へ
今でこそ、南アフリカの国の発展に関わる仕事をしているが、小出さん自身は当初アフリカに興味があったわけではなかった。もっといえば、海外で仕事をすること自体に意欲を燃やしていたわけではない。
そんな彼を海外へ、アフリカへと導いたのは、一つ一つ小出さん自身の中の“違和感”を紐解いていく中での気づきだった。
NECで働く前、新卒で入社した外資系IT企業で営業として働いていた時のことだった。がむしゃらに動き回る中で、一度足を止めた。そして浮かんだのは、父の働く姿だった。
「33歳ぐらいの時にふと、このままIT業界、外資系IT業界で働いているのはいいのか?と本当にやりたかったことってなんだろうと思ったんです。その時に頭に浮かんだのは、父でした。父はかつて日本の電機メーカーで海外営業の仕事をしていて、私が子どもの頃には香港にいたことがあったんです。ふとその時のことを思い出して、私もひょっとしたら現地の市場に出向いて、父親みたいに海外営業をやりたいのではないかと思ったんですよね」
外資系企業の営業は日本国内での事業がメイン。しかし国内営業は、自分が今後やりたいこととは少しずれているかもしれない。漠然とした違和感が時間をかけるごとに明瞭になる中で、当時の小出さんの経験を活かした上で、海外への道が開ける方法を探し始めた。すると、人材会社からNECのキャリア採用の話をもらったのだった。
見事NECの採用面接に合格。転職後の2年間はITソフトウェア製品の海外営業を担当していた。やりがいはあったけれど、日本での仕事がメインでまだ物足りなさを感じた。
「もっと最前線で海外営業としてやっていきたいと思ったんですよね」
そこで目をつけたのが、NEC社内での人材公募制度。それぞれの事業部が募集をかけ、それに応募する制度だ。当時、欧州、アジア、ロシアなどでの募集がある中で、アフリカ営業部の募集に強く惹かれたという。
アフリカ営業部ではその名の通りアフリカ現地法人を統括する部署で、南アフリカだけでなく、ケニア、ナイジェリア、ナミビアなど多岐にわたる。アフリカは行ったことがなかったが、目覚ましい成長をする国々がある大陸だ。そこで挑戦をしてみたい。
公募での採用面談でも、当時の部長から「本当に出張多いし、一度行くと1カ月は帰ってこられないけど平気?」と何度も確認されたが、小出さんは「むしろ海外に行きたいと思っていたから大丈夫です!」と意気揚々と受け答えをした。そして見事、営業部へ異動が決まったのだ。
異動してしばらくは出張ベースだが、いずれ海外赴任も視野に入る。やりたいことが実現していく。海外への強い思いから転職を決意して良かったと胸の高鳴りを感じていたが、妻はそうではなかった。
「あした、アフリカ営業部に異動になるんだ」
異動が決まって自宅に戻り、笑顔で奥さんに報告したら、「なんでアフリカなの!?」と怒られたのは、予想外の反応だった。
未知なる大陸、アフリカ。犯罪率は日本と比べられないところへ夫が出張へ行く、ひいては数年間駐在する可能性だってある。妻が心配するのも無理はない。心配をよそに小出さんは「面白そうだったからさ」と一言。妻の怒りは頂点に達した。
しばらくしてから、海外赴任の話がチラリと持ち上がった時も大変だった。当初、ナイジェリア赴任の可能性が高いと考えていた小出さんは、そのことを奥さんに伝えると、彼女は国の情報をネットで調べ始めた。
「とにかく治安が心配で『絶対にやめて欲しい』と懇願されましたね。彼女、涙ながらに真剣に訴えていました」
結果的に南アフリカが赴任先となった。家族帯同での赴任を考えていた小出さんだったが、小出さんのお子さんは当時、小学校低学年と幼稚園生。加えてネットには、感染症に、殺人率の高さといった、不安な情報ばかり。
幼い子どもたちを連れて危険な国へは連れていけない、とする妻を説得するために、小出さんは南アフリカに当時赴任していた前任者の家族に連絡をとった。その家族にも小出さん家族と同じ年齢のお子さんたちがいて現地駐在していたのだった。
妻同士がつながり、直接現地での様子、学校の雰囲気など話を聞くと、小出さんの妻も安心したようで、「すでに南アフリカで暮らしている人がいるなら大丈夫かな」と赴任に前向きになった。そして家族みんなで南アフリカへ渡ったのだった。
家族で2年ほど暮らした。日本とは勝手が違い、日々の暮らしで注意することは多々あったけれど、来てよかったと思うこともそれなりにあったという。情報が溢れる社会だからこそ、実際に現地にいる人の声に耳を傾けられる機会があったのは大きいと痛感した。
違っていて当たり前な南アフリカ社会
小出さんが小学生の頃、南アフリカについて教科書には人種のるつぼと説明がされていた。
過去、人種隔離政策もあり悲しい歴史を乗り越えた国には、たくさんの人種、宗教、民族が暮らし、さまざまな考え方が存在する。だからこそ、互いを受け入れ合おうと努力する。
「日本では出る杭は打たれるといいますよね。でも南アにいると十人十色、みんな違っていて当たり前、尖りまくった人ばかりだと実感します。日本人は僕と経理担当者しかいないマイノリティですが、そんな僕らを差別することはない」
違っていることを受け入れることが当たり前の価値観を持つ人たちだと小出さんは語る。
日本人同士であっても内面はそれぞれ違う。また、外国人や海外にバックグラウンドのある社員は増えているが、見た目や文化が違うことで目立ってしまうケースはあるのではないだろうか。
「僕は南アフリカで、それぞれの価値観、考え方を持っている前提の社会で、相手をリスペクトし、きっとこう考えるかもと思いながら物事の交渉、仕事を前に進める人を傍で見てきました。そういうところはすごく学ぶべきところだなと思います」
そんな彼ら、彼女たちと共に成長していきたい。
南アフリカではNECの指紋認証システムを活用して、国民IDカードを提供してきた。国民のほとんどが保有しているとされ、このカードのおかげで本人確認が正確に行われ、行政サービスが効率化した。小出さんも間接的に携わった社会保障のインフラ基盤事業。
「ただビジネスをするだけじゃない」
その思いを胸に、アフリカの人々の笑顔を増やしたいと今日も南アフリカで生きる。
取材・文:星谷なな
編集:岡徳之(Livit)