コロナ禍も収束を迎え、空の移動も再び活性化してきた現在。飛行機を使った移動は、やはり無くてはならないものだと改めて認識する人も多いだろう。そんな日々の生活に欠かせない移動手段を、今後も継続して提供していくために、航空業界でもサステナブルな取り組みが進んでいる。

例えば、航空業界では次世代の持続可能な航空燃料と呼ばれる「SAF(サフ)」を利用し、CO2の排出量を大幅に削減できるフライトを実現しようと試みる企業が増えつつある。他にも、飛行機の円滑な離着陸を可能にするシステムを導入することで、飛行機の待ち時間を減らし、CO2の排出を抑える効果もあるという。

持続可能な社会の実現にむけて業界内でさまざまな取り組みが行われるなか、乗客とともにサステナブルな施策を進めている企業もある。「#かくれナビリティ」の取り組みを始めた、JALがその先進的な事例の一つだ。JALは、旅行中にサステナビリティへの意識を高めてもらおうと、空の旅を通じて気軽に取り組める“何気なくやっていた隠れたサステナブルな行動”を#かくれナビリティと名付け、機内での紹介動画の放映や、特設サイトを立ち上げ全社としてこの活動を推進している。

同社は、なぜこの取り組みを始めたのか。

プロジェクトを主導したカスタマーエクスペリエンス本部 CX戦略部の石川恭子氏と、総務本部 ESG推進部の西岡桃子氏に話を伺いながら、その背景にあるJALの企業戦略に迫る。

実はこんな行動も環境負荷の軽減に。旅行中にできる#かくれナビリティとは?

改めて#かくれナビリティとはどんな取り組みなのか。プロジェクトを主導した石川氏は次のように話す。

「飛行機に乗る前や移動中、さらには訪れた場所でできる、実は環境にやさしい行動を『隠れたサステナビリティ』=『#かくれナビリティ』として可視化し、紹介する取り組みです。私たちだけでなく、お客様にもサステナブルな取り組みを自分ゴト化し、一緒に取り組むことこそが持続可能な社会の実現につながると考えていました。とはいえ、そもそも空の旅を楽しみに来ているのに、取り組みを一方的に押し付けることはできません。そこで、一方的ではなく、空の旅のなかで気づき、これならやってみようかなと思ってもらえるコミュニケーションを意識しました。例えば飛行機に乗る前にお手洗いに行ったり、時間を守ったりといった日頃の心がけでできるものを紹介しています」

『#かくれナビリティ』特設ページではさまざまなアクションが紹介されている

このように、自分ゴト化しづらいサステナビリティの活動を、わかりやすく伝えることで、JALがお客様と一緒に行う共創型の取り組みが、今回の#かくれナビリティと言える。

#かくれナビリティでは乗客ができる行動と、JALが行っている取り組みの2つをわかりやすく可視化している。乗客ができることには、飛行機に乗る前にお手洗いに行くことや時間を守ることなど、「そんな簡単に?」といった小さい驚きとともに興味を持ち、試したくなるようなアクションを機内やWEBサイトで紹介している。

空の旅の中でできるサステナブルな行動の例

JALの取り組みとしては、パイロットが運航中に行っているCO2削減のための工夫や、機内で使用するサービス・商品において使い捨てプラスチックを減らす取り組みなどを明るいトーンで紹介している。

動画を通してJALの社員自ら、運航中に行っているサステナブルな取り組みを紹介

石川氏「JALの取り組みも紹介するうえで、どうやって分かりやすく伝えるかを考えたとき、飛行機に乗り、飛んで、降りるといった一連の体験のなかで、実はこんなサステナブルな取り組みが裏側では行われていることを伝えるように心がけました」

カスタマーエクスペリエンス本部 CX戦略部 石川恭子氏

そんな#かくれナビリティのサイトや動画を公開し、社内や乗客からの反応はどうだったのか。

石川氏「夏休みにお子様向けの自由研究課題として『自由研究シート』を配布しました。夏休み中ということもあり、旅行で出かけられる親子連れのお子様などが多く、親御さんたちからも『親子で一緒にサステナビリティ考えるきっかけになった』というお声をいただきました。社内からの反応も良く、客室乗務員や空港スタッフから、お客様とのコミュニケーションの際も『このように伝えられるといいのか!』という気づきがあったと言います。JALとして経営方針でESG戦略を掲げ、こういうことをやっていくという大枠の方針は発信していましたが、社員にとってそれを自分ゴト化して考えるのはなかなか難しい。SDGsという言葉も知ってはいるものの、自分たちがどうしたらいいのかわからない現状もありました。そうした状況で、#かくれナビリティを通じてサステナブルな取り組みをお客様だけでなく社内にもわかりやすく示すことができたと感じています」

自由研究シートには、ちょっとしたクイズや自分が見つけた#かくれナビリティを記載できる工夫が施されている

サステナブルな人流・商流・物流の創出へ。JALが#かくれナビリティに取り組む理由

なぜ、JALは#かくれナビリティの取り組みを開始したのか。そこには乗客の「やったほうがいいと思っているけど、何から始めていいかわからない」という声があったそうだ。

石川氏「サステナビリティに関する関心度アンケートを取ったとき『SDGsに意識して取り組んでいる』というお客様は全体の5%程度に留まりました。しかし『取り組むつもりはあるが、まだ取り組んでいない』というお客さまは40%ほどもいたのです。つまり、この40%のお客様が、驚きや気付きとともに一歩踏み出すきっかけになるようなコミュニケーションができればと思ったのが、取り組みを始めた1つの理由です」

こうした乗客の声に加え、JALでは「中期経営計画 ローリングプラン2023」において、中長期的な成長を実現するために、ESG戦略を「最上位の戦略」と定めている。企業としてもサステナブルな取り組みを強化し、それを外部にわかりやすく発信する必要性を感じていた。

石川氏「JALではこれまでCO2削減のために燃料を変えたり、機体を軽量化したりすることでサステナブルな取り組みを行ってきましたが、それらを可視化し、お客様も含めたステークホルダーに知ってもらうのはなかなか難しいと感じていました。そこで、まずはお客様ご自身の移動体験のなかで、サステナビリティを少しでも意識するきっかけ作りができたらと思いました。何気ない行動が、『実はサステナビリティなんだ』という気づきがあり、そこからJALが取り組むCO2排出量の削減などにも興味を持ってもらいたかったんです。さらに、#かくれナビリティを通して知った取り組みを周りに広めたり、ご自身の生活のなかで応用していただいたりすることで、サステナビリティの輪をどんどん広げてもらいたいと考えています」

JALが掲げるESG戦略では従来の「安全・安心な移動」を提供することに加え、移動によって「つながり」を創造する企業へと成長していくことも目指す。ここで言う、つながりとは中期経営計画において「人流、商流、物流」という言葉で表現されているが、改めて西岡氏が次のように補足してくれた。

西岡氏「飛行機による移動によって、お客様が他の地域・人と関わりを持ったり、モノが動くことで経済が動いたりといったことをすべてまとめて『つながり』と呼んでいます。そのうえでつながりを創造し続ける企業であるために、空の旅において持続可能な基盤を構築しつつ、JALらしい新たな価値を作っていきたいと考えています。例えばCO2削減や脱プラスチックなどは持続可能な空の旅を実現するうえで欠かせない要素なので、前者の基盤の話です。この基盤となる取り組みをわかりやすく可視化したのが、今回の#かくれナビリティであり、ここは引き続き注力していく部分です。さらに後者の新たな価値で言うと、地域との連携を強めたり、新しいテクノロジーを活用したりしてつながりを作ろうと思っています」

総務本部 ESG推進部 西岡桃子氏

例えばJALでは、ドローンを使い、本島から離島へと物資を送る取り組みを検証中だ。沖縄や奄美群島あたりには、フェリーでしか移動できない小さな島がたくさんある。そうした地域では、台風や大雨などでフェリーが止まると、1〜2日、本島から物資が供給されないといった事態に陥ることもある。そこで、JALはこれまで空の安全を守るために積み上げてきた実績を活かし、ドローンによって物資供給の課題を解決するための準備を進めている。

また、色々な土地に人が足を運ぶことで、その地域の自然を侵害してしまう恐れもある。そのため、人を運ぶ立場であるJALは、地域の生態系を守ることも責務と捉え、大学と連携した取り組みなども行っている。

こうしたJALによる「つながり」の創出は、サステナブルな社会そのものを創っていくことだと言える。

西岡氏「持続可能な空の旅の実現によってつながりを創出し続けることができれば、人の行き来が増えたりモノが活発に行き交ったりするようになり、シンプルに経済が活性化していきますよね。また、その人なりの体験をして楽しんで帰ってきたり、多くの地域とのつながりを持った人が増えたりすることでウエルビーイングの実現にもなる。その結果、経済的にも社会的にもサステナブルな社会が創られていく。こうした循環のお手伝いをすることこそが、JALの役目だと考えています」

安全・安心とサステナビリティの両輪で実現する「持続可能な空の旅」

JALでは今回の#かくれナビリティ以外にも、サステナブルな取り組みをわかりやすく可視化してきた。例えば国連SDGsサミットにあわせたサステナブル・チャレンジフライトの実施が一つの例だ。

西岡氏「持続可能な空の旅を具現化したのが、サステナブル・チャレンジフライトです。2022年から東京(羽田)-沖縄(那覇)線のチャーター便で初め、2023年はニューヨーク行の定期便で実施しました。例えば大豆ミートを使った機内食の提供や、スリッパや歯ブラシをサステナブルな素材に変えたほか、SAFなどを活用してCO2排出量の削減に取り組みました。最近ではA350-1000という新しい機体の導入も予定しており、従来の飛行機と比べて15〜25%の燃費削減効果が期待できます。2030年までにすべてのフライトが、サステナブルなものになることを目指しています」

こうした、サステナブルな取り組みを推進していくために何が大切だと考えているのか。

石川氏「やはりお客様や社員目線で伝えることが大事だと考えています。だからこそ、今回の#かくれナビリティでは、お客様の視点に立って、自分ゴト化できるようなコミュニケーションを心がけました。また、サステナビリティは自社だけで実現できるものではなく、お客様はもちろんパートナーの皆さまの力も必要です。そうした方々を巻き込むためにも、一方通行で独りよがりにならないように気をつけなくてはいけません」

西岡氏も今回の#かくれナビリティは自分ゴト化できるコミュニケーションを意識したからこそ、社内の理解を得やすかったと補足する。

西岡氏「#かくれナビリティのようなゆるいキャラクターを使ったり、ポップなテイストで発信したりするのはJALとして珍しい取り組みで、それを面白がってくれた社員や管理職の方に自然と後押ししてもらいました。わかりやすく可視化することさえできれば、社員もサステナビリティの取り組みを後押ししたいという気持ちがあったんだと、改めて認識できましたね」

JALは、2050年のCO2排出量実質ゼロの達成に向け、「安全・安心」と「サステナビリティ」の両輪で「JAL Vision 2030」を実現するという方針を掲げている。今後も#かくれナビリティに限らず、持続可能な空の旅を実現するための取り組みを強化していく。

西岡氏「航空会社ですので、安全・安心は大前提、当たり前のことです。それと同じぐらい今後はサステナビリティも大事になってくると考えており、国産SAFの普及・拡大を目指した横断的な取り組みや、省燃費機材への更新などに力を入れながら、JALのビジョンを追い続けていきたいと考えています。お客様に最高のサービスを提供するという想いはそのままに、商品・サービスの開発もサステナビリティを標準装備にし、世の中の課題を解決するためにお客様やパートナーとともに取り組みを継続していきます」 交通インフラとして安全・安心は大前提として、さらにサステナビリティへの挑戦を続けていくJAL。すべてのフライトをサステナブルなものにしていくことで、持続可能な空の旅を実現して欲しい。

取材・文:吉田祐基
写真:西村克也