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AIスキル習得、シンガポールは2016年比で20倍に拡大
ビジネスSNSリンクトインが2023年8月に発表したレポート「Future of Work」の調査で、各国の人材によるAIスキル習得に大きな差があることが明らかになった。
このレポートは、リンクトイン利用が活発な25カ国における同プラットフォームユーザーのプロフィールに記載されたAIスキル情報を調査したもの。同調査が定義するAIスキルを2つ以上もつユーザーの数が2016〜2023年にかけてどれほど増えたのかを分析している。
調査対象となった25カ国は、米国や英国など主に欧米諸国が中心となっており、アジア太平洋地域では、オーストラリア、インド、シンガポールのみが調査対象となった。日本は含まれていない。
調査の結果、プロフィールにAIスキルを記載したリンクトインユーザーの伸び率が最大となったのは、シンガポールであることが分かった。その増加率は実に20倍に上り、平均の9倍を大きく上回った。このほか、フィンランド(16倍)、アイルランド(15倍)、インド(14倍)、カナダ(13倍)で顕著な増加率となった。
リンクトインでは、ユーザーがプロフィールに記載できるスキルの数は全体で3万8,000個あるが、このうちAIスキルとされるのは121個。具体的には、機械学習、自然言語処理(NLP)、ニューラルネットワーク、ディープラーニングなど広く知られたものから、最近話題のプロンプトエンジニアリング、また人気プログラミング言語PythonのAIパッケージであるPyTorchなどがAIスキルとして定義されている。
この調査は、AIスキルの習得において、世界の中でシンガポールの人材が最も速く適応していることを示唆するものとなっている。
シンガポール人材のAIスキル習得が拡大した理由
なぜシンガポール人材のAIスキル習得が他国よりも進んでいるのか。
CNBCはリンクトインのアジア太平洋地域編集部長であるプージャ・チャブリア氏の話として、同国が長い間、AI変革のための土壌を醸成してきており、その結果AI人材を生み出しやすい環境が整い、このような結果につながったと指摘している。
チャブリア氏は、シンガポールにおける重要要素として、堅牢なデジタルインフラ、知的財産保護のための強固なフレームワーク、資本提供するベンチャーキャピタルやエンジェル投資家が繁栄するエコシステムを挙げている。
リンクトインの調査では、2016〜2023年までのスキル動向を分析したものだが、2022年頃から、最近話題のジェネレーティブAI関連スキルの増加が顕著になっており、この頃からジェネレーティブAIの出現を示唆する動きが起こっていたことも判明している。
特にAIスキルの中でもジェネレーティブAIに関連する「質問応答(Question Answering)」は、322%の増加を記録。また、「分類(classification)」や「レコメンドシステム(recommender system)」なども大幅に増えたという。
シンガポールの産業や政府による積極的なテック人材育成の取り組みも、AIスキルを持つ人材増加に寄与しているようだ。
シンガポール銀行大手である、DBS、OCBC、UOBはそれぞれテック人材のトレーニングプログラムを開発、社員や学生のテックスキル習得を促進する取り組みを始めている。たとえば、OCBCは2022年に、この取り組みを通じて今後3年で1,500人のテック人材を採用する計画を発表した。またプログラムの一環として、ファイナンスやリスク管理部門の社員400人ほどにプログラミング言語Pythonの習得を促し、エクセル以上のデータスキルを身に着けさせたという。
このほか、サプライチェーン管理システムを開発するSTLogisticsも2022年に、従業員のデジタルスキル開発プログラムを開始、これに120万ドルを投じる計画を発表。シンガポール通信大手M1も学生向けに、クラウドインフラストラクチャなどのスキル育成プログラムを提供している。
シンガポールの情報通信当局であるインフォコムメディア開発庁(IMDA)の取り組みも同国のテック人材動向に大きな影響を与えている。
IMDAでは、特に非テック人材を対象としたさまざまなテックスキル習得プログラムを提供。その中には、非テック人材が集中的にテックスキルを習得できるブートキャンプスタイルのプログラムがあり、効果をあげているようだ。IMDAのプログラムを通じてこれまでに1万5,000人のテック人材が輩出され、金融サービス、リテール、教育分野などでのテック職に転職したという。
米国でもAI人材需要が急騰
リンクトインの調査は、AIスキル需要の高まりを示唆するものであるが、他のさまざまな調査でもAIスキル需要が高まっていることが示されている。
グローバル求人検索プラットフォームAdzunaの最新調査では、2023年6月の米国労働市場では約760万件の求人があったが、このうちAIスキルを求める求人数は16万9,045件となり、全体の中で急速に増えていることが確認された。このうち、3,575件では、ジェネレーティブAIスキルを求める求人であったという。
AI関連で特に需要が高いのは、ソフトウェアエンジニア、プロダクトデザイナー、ディープラーニングアーキテクト、データサイエンティストなどの職種。一方この調査では、AIスキルを持つ税務マネジャーを求める求人が急速に増えていることも観察されている。
Adzunaのデータサイエンス担当ジェームズ・ニーヴ氏はCNBCに対し、このところChatGPTのような大規模言語モデルを導入する会計事務所やコンサルティング企業が増加、これにともない適切なAIスキルを持つ会計士や税務マネージャーの採用が増えつつあると説明している。
ChatGPTの登場によって、AIが人間の仕事を奪ってしまうのではないかという「AI脅威論」が再燃しているが、現在のところ、その脅威は現実とはなっていない。一方、スタンフォード大学とMITの調査では、AIを活用する労働者が14%の生産性向上を達成したことが報告されており、今後は「AIを活用する人材が、そうではない人材に取って代わる」状況が増えると予想される。
文:細谷元(Livit)