ChatGPTは昨年11月に公開されて以来、各国でさまざまな話題をさらってきた。中でも、高校や大学で学生の不正行為を助長するという懸念は大きく、教育施設によってはChatGPTの使用を禁止するところも出ている。

ChatGPTを開発したOpenAIは、8月に「ティーチング・ウィズ・AI」と題したブログを掲載。現在、教育の妨げと捉える傾向がある世論に対抗し、教育現場でChatGPTを生かす方法を紹介している。果たして、今後教育現場でChatGPTは吉と出るか、凶と出るか。

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ChatGPT公開後、各国の教育施設が使用を禁止に

ChatGPTに対し、教育関係者が懸念を抱くのには共通した理由がある。まず第一にChatGPTを利用した剽窃の広がりが心配される点だ。そのほか、提供する情報が信ぴょう性に欠ける点も挙げられる。

米国では、昨年末にシアトル公立校、ロサンゼルス統一学区、メリーランド州のボルチモア郡公立学校などが、学生のデバイスからChatGPTにアクセスできないようブロックをかけたと、ビジネスや技術ニュースの専門ウェブサイト「ビジネスインサイダー」が伝えている。

オーストラリアに関しては、西オーストラリア州、ニューサウスウェールズ州、クイーンズランド州、タスマニア州などが禁止を表明していると、同国の公共放送局であるABC放送が報じている。それぞれの管轄区域内の学校で、生徒がChatGPTにアクセスできないよう、学校のインターネット・ネットワーク上でブロックしているそうだ。

また、ChatGPT使用の不安は高等教育機関にも波紋を広げている。例えば、1月末、ロイター通信によれば、フランスのエリート校であるパリ政治学院が、インドでは、「インドのシリコンバレー」と称するバンガロールのトップ大学の1つ、RVカレッジ・オブ・エンジニアリングがChatGPTをはじめとするAIツールの使用を禁止したと、デリーを本拠地とした英字新聞社ヒンドゥスタン・タイムズが報じている。

チャットボットが助長する不正行為

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ChatGPTの開発に用いられたのは、人工ニューラルネットワークに基づく大規模言語モデル。膨大な量のテキストを処理し、文やフレーズの次に来る単語の予測を学び、単語やフレーズを、互いの関係を表す多次元マップに配置する。

OpenAIは明らかにしていないが、GPT-3の学習データはインターネット上のテキストに加え、デジタル化された書籍や学術雑誌、対話・エッセイ・試験などを文字に起こしたものであるとモントリオールを拠点にAIツールを構築するハギング・フェイス社の研究者、サーシャ・ルッチオーニ氏は分析している。

GPT-3にさらなる改良を加えたGPT-3.5、InstructGPTにおいては、人間がAIの出力をチェックすることで精度を強化し、良し悪しを判断した情報も組み込んだ強化学習を機械学習に追加。この言語モデルを微調整したのが、無料版のChatGPTだ。

こうした機能を利用した不正行為にはいくつかタイプがあることを、高等教育機関でのエッセイや論文などの校正を専門とするScribb社が指摘する。AIが作成した文章を自分のものとして提出する「盗作」、ほかの情報源からの内容をツールに言い換えさせ、自分のものとする「剽窃」、偽のデータを作成し、それを本物の研究成果として発表する「データの捏造」などが挙げられるそうだ。

学生の不正行為に対抗しようとする教育者

Scribb社の調査では、6月現在、米国の100の大学の内、18%がChatGPTを基本的に禁止しているそうだ。一方で、4%は「講師が禁止しておらず、出典をつければ使ってよい」、51%が「各講師に判断を任せている」としている。残りの27%は方針が明らかになっていないそうだ。

約半数の大学で、判断が委ねられている講師たちも必死だ。オンラインでの試験中、ほかのアプリケーションをブロックし、印刷、コピー、ほかのURLへのアクセスを許可しない機能を持つロックダウンブラウザを学生に利用させるのはもちろん、さらに思い切って試験を口頭試問や筆記試験など、以前の試験方法に戻すことに踏み切る講師もいると、「ビジネスインサイダー」が伝えている。一方、ChatGPTで書かれたエッセイかどうかを見分ける、TurnitinやGPTZeroなどのアプリも登場。しかし、講師や教授、さらにはOpenAI自体、AIコンテンツ探知ツールには疑問を抱く始末だ。

「禁止」から「賢く利用」に方向転換

Day of AI Intro Reel from Day of AI on Vimeo.

今年初めからChatGPTなどのAIを禁止していたニューヨーク市教育局は、世界的な「デイ・オブ・AI」である5月18日に、「管轄の公立校での使用を認め、教師と学生が共にAIを探求することを奨励・サポートする」と発表した。ロサンゼルス統一学区も、つい先だってAIを学習に取り入れ始め、オーストラリアでは、来年をめどに採用を検討しているという。少しずつ教育界や社会が、教育の向上に役立つ可能性に目を向けるようになってきている。

米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)では、多くの講師が、ChatGPTなどの大規模言語モデルがどのように機能し、どんなことを可能にするのか、学生に教える義務があると認識し始めているという。高度なチャットボットであれば、授業をよりインタラクティブにしたり、メディアリテラシーを教えたり、学生ごとにパーソナライズされた授業計画を作成したりと、学生に直接メリットをもたらすことができるという。

バージニア州ノーフォークにあるオールド・ドミニオン大学教育工学部の准教授であるヘレン・コロンプトン氏は、教育システムにおいて、成績ばかりが重視され学習が十分に行き届かないことを教師たちは長い間変えたいと考えてきたことを明らかにしている。氏は、もしテスト時にChatGPTが不正に使用されるのであれば、チャットボットを禁止にするのではなく、テスト自体を捨て去るべきだとまで主張。チャットボットが使えなくなることよりも、テストがなくなり成績がつかなくなる方を教師は選ぶというのだ。

クリティカル・シンキングを身につけるために

ミシシッピ大学のライティング講師兼教育開発者であるエミリー・ドナホー氏は、授業でAIと関わり、AIが生み出したものに対して批判的な考えを持つことで、より「人間的な」授業になるのではないかと可能性に期待する。氏は、学生にChatGPTを使って論旨を作成させ、それがどのような読者に効果的かという説明を付けさせた。それから、学生の考えに沿って、再度書き直しをさせることを行った。

英国のシェフィールド・ハラム大学で、生命科学の教授を務めるデビッド・スミス氏は、どんな情報を求め、その結果をどう受け止めるかは、教えるに値するスキルだという。氏は、学生がエッセイを作成する際にChatGPTを使いたがるのは十分理解している。しかし、エッセイ以上に、プロンプトとしてどのような言葉を使えば、どんなアウトプットが得られるかを教える必要があると考える。つまり、学生は、正しく命令を下し、的確なアウトプットを得るにはどうすればいいかを身につけるべきだというのだ。

教育者は「情報のファシリテーター」に

MITによれば、講師らのChatGPTなどのチャットボットに対する認識の変化は、講師自身が果たす役割の大きな変化を意味していると、メリーランド州のボルチモア大学で、効果的な教育評価の開発を主導するジェシカ・スタンズベリー氏は指摘しているという。

今まで教室は、ほかのどこにもない情報を提供する場だった。しかし今、情報はあらゆるところにあふれている。教育者が教えなくてはいけないのは、情報を見つける方法はもちろん、その信ぴょう性をいかに見極めるかなのだ。講師は「情報のファシリテーター」だというのが、氏の意見だ。特にチャットボットが生み出す謝った情報やバイアスの中にこそ、学習のチャンスがあるという。

例えば、チャットボットを利用し、印刷機の歴史のエッセイを書かせたところ、地元である米国のことは書かれていたものの、中国やヨーロッパの情報は含まれていなかった。それをきっかけに、講師はメディア・リテラシーに焦点を当て、先入観・偏向について話し合ったのだそうだ。

コロンプトン氏は、チャットボットによって学習に双方向性を持たせることに力を入れる。創造力を使ったり、ロールプレイをしたり、批判的に考えたりするように学生を導けば、学習は丸暗記よりはるかに意義あるものになるというのが、氏の考え方だ。例えば、ChatGPTに学生のディベートの相手役をさせ、ChatGPTから繰り出される無限の反論に、学生は自分の論点の弱い部分を見つけることができるというわけだ。

また、英語が第二外国語である学生や、特別な教育支援が必要な学生にも、ChatGPTは有効だという。英語が母国語でない学生にとっては、文章を書き起こしたり、既存の文書を言い換えたりする際に、また特別な教育支援が必要な学生にとっては、文章を画像や映像を替えるという風に、チャットボットを活用することで、学びやすくできる。

これからは「オーダーメイド学習」が主流になる

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MITをはじめとする多くの研究機関や研究者、教育関係者は、これから充実していくのはChatGPTを利用したオーダーメイド学習だろうと予測する。

MITによれば、各学生にパーソナライズ化した教材で、その教材に特化した教師が勉強を教えるようになるだろうと予想するのは、米国で教育におけるテクノロジー活用を提唱する非営利団体、教育工学学会の最高責任者(CEO)、リチャード・クラッタ氏だ。

教師は学生のさまざまなニーズにこたえる形で、ChatGPSなどを利用し、個々とまではいかないが、50人~100人の学生のために、パーソナライズ化した教材を用意するのが一般的になるだろうという。学力や個性に則した学習が可能になり、チャットボットと会話することを通して、弱点を見つけ、それを補うことができるようになるのは、理想的な学習といえそうだ。

教師にもメリットが出てくるはずだ。テスト問題を作ったり、読書レベルの異なる生徒のための情報の要約、同僚や保護者への電子メールの下書きなどといった、教えることとは別に、教師が抱える事務仕事を支援してくれるからだ。

しかし、ChatGPTを教育現場でスムーズに使いこなすには、準備が必要だ。まず必要となるのは、教師向けの訓練だろう。しかし、消極的な教師もおり、ドナホー氏によると、在籍するミシシッピ大学で教師のためのChatGPTのワークショップが行われた後、「引退しようと思う」という声が聞かれたそうだ。

学習の効率化を意図してのChatGPTを使いこなせない学生も出てくるだろう。そんな学生にもトレーニングを行わなくてはならない。ほかにも、教室でのチャットボット利用時のルール作りを進め、中途半端なままのテスト時の不正行為の防止策も検討しなくてはならない。

人類に絶滅のリスクを与えるAIが教室へ

先だって、OpenAIはChatGPTをAIアートジェネレーター、Dall-Eの最新バージョンと統合すると発表した。ChatGPT Plus、またはChatGPT Enterpriseで同機能が利用可能になるが、無料版にも提供されるかはまだ未定だ。

AI言語ソフトウェアの開発は盛んだ。Googleは3月にLaMDAを搭載したチャットボット「Bard」を、中国の大手オンライン検索プロバイダー、Baiduが「Ernieボット」を発表している。ほか、マイクロソフト、アマゾン、スタンフォード大学なども開発を手がけている。

その一方で、5月末には「AIによる絶滅のリスク」についての共同声明を、AIの安全性確保のための研究を行う米非営利団体、センター・フォー・AI・セーフティ(CAIS)が発表した。これには、OpenAIの最高経営責任者(CEO)、サム・アルトマン氏をはじめとする、AI業界を牽引する各社のトップや研究者350人以上が共同署名した。

AIは、パンデミックや核戦争と並ぶ、大きなリスクと考えられていながらも、遅かれ早かれ教室にやって来る。利点を享受しながらも、親をはじめとする一般人が、AIのリスクについて考えるべき時が来ている。

文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit