人口減少とともに進行するマーケットの縮小は、地域にとって特に深刻な課題だ。健全な需給バランスを保てない事業は持続が困難となり、サービスがますます減少することで、人口流出も加速する。日本で長く続くこの循環に対し、解決策の一つとなるのが既存リソースの有効活用だ。限られたヒトや場所、資源などの活用を最大化し、効率的な地域社会を構築していくことは、新たな時代の地方創生におけるカギとなる。

出光興産が推進する「スマートよろずや構想」は、そのモデルを具現化する取り組みである。全国に点在するSS(サービスステーション。ガソリンスタンドを指す)を活用し、既存サービス以外の機能を組み込むことで、地域課題の解決を目指す同構想では、各地で事業の実装が進められている。

AMPでは連載を通じ、「スマートよろずや構想」の事例を紹介。第2回は、SS内でプラモデルショップを経営する、三重県四日市市のプリテール野田SSを取材。生活インフラと趣味、二つのサービスの融合は、いかにして可能になり、どのような効果を地域にもたしているのだろうか。

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遊休資産を活用した、プラモデルショップの開店

プリテール野田SSに併設された「プラスペース四日市」

四日市市内の国道沿いに位置するプリテール野田SS。ごく一般的な外観のSSだが、その中には、プラモデルショップ「プラスペース四日市」が併設されている。プラモデルキット、塗料、工具などが豊富にそろう。愛好家たちが商品を吟味する光景が広がっているのだ。

プラスペース四日市がオープンしたのは2017年。店長を務める脇谷 径氏(以下、敬称略)は、もともと市内の別の場所でプラモデルショップを経営していた。

プラスペース四日市 店長 脇谷 径氏

脇谷「10年ほど前、ゲームと古本を販売する店を経営していたのですが、近所にあったプラモデルショップが次々と閉店していく中で、根強いファンの受け皿になろうと、プラモデル中心にシフトしました。プラモデルショップは、大きく量販店と専門店に分かれます。量販店では十分な品揃えをカバーできず、専門店は初心者にとってハードルが高い。その中間のニーズに応えられるお店を目指していたんです」

しかし地方では量販店の力が強く、加えてECの普及も急速に進んだことで、小型店舗でプラモデルを販売するモデルは厳しくなっていった。商店街にある老舗模型屋のように、自宅の1階を店舗にする場合は賃料が発生しないが、脇谷氏の店はそうではない。閉店を視野に入れていた頃に出会ったのが、四日市で複数のSSを運営する青山商事株式会社の青山 賢治氏(以下、敬称略)だ。

脇谷「青山さんは地元の同級生。同窓会で再会し、そこから彼がプラモデルにハマり出して、お店に来てくれるようになったんです。約1年後、閉店の意向を伝えたところ、一緒に事業をする方法を探り始めてくれました」

青山「SSのサービスルームを改装するだけで、売上を向上できる観点から、プラモデルショップに可能性を見出しました。プリテール野田SSは24時間営業の体制をとっていますが、深夜の時間帯は消防法により無人にはできません。一方で地方のSSの場合、深夜帯の売上はかなり下がるため、スタッフはほとんど休憩状態です。余っている人員と場所を有効活用できないかと、新たな業態を模索していました」

プラモデルの愛好家は、日中の仕事と並行し、夜中に作業をしているケースが多い。しかし一つでも部品が欠けると組み立てが進まないことから、深夜でも店舗に駆けつける人もいるという。

脇谷「翌日配送ECでも、さすがに深夜には商品を届けられません。そこに目をつけてプラスペース四日市を24時間営業にしました。実際に現在、真夜中に伊勢市や名古屋市から来ていただけるお客様もいます。もちろん売上は日中が中心ですが、当時24時間営業のプラモデルショップは全国でも唯一のはず。愛好家たちの話題性も抜群でした」

青山商事株式会社 代表取締役社長 青山 賢治氏

青山「口コミの広がりもあり、売上も好調です。プラスペース四日市を開業した年に、脇谷さんの以前の店の売上の2倍を突破。現在は3倍に近づいています。一方で当社の負担は変わりません。オープンの際に、全商品をバーコード管理できるようマスターデータを起こし、ガソリンのことしか分からないスタッフでも対応できる仕組みにしたからです。既存のリソースだけで売上を拡大できたことは、当社にとって大きなプラスになりました」

SSの付加価値を高め、地域の生活インフラを維持する

偶然のきっかけから始まったプラスペース四日市の事業だが、出光興産が推進する「スマートよろずや構想」と視点が一致している。同構想は、高齢化や過疎化などの地域課題に対し、サービスステーションを最大限活用するもので、2022年に発表された。現在は全国各地でさまざまな事業の実証実験が進行中だが、プリテール野田SSの事例は一つの成功モデルになり得ると、出光興産株式会社 中部支店販売二課の池田 悠馬氏(以下、敬称略)は期待を込める。

池田「出光興産のSSは全国に約6,100カ所あります。その存在意義を捉え直して街の『生活支援基地』に進化させるのが、スマートよろずや構想です。環境配慮や分散型エネルギー、EV対応、MaaS、コミュニティ形成など、さまざまな取り組みが可能になると考えています。青山商事さんは早い段階から、SSの機能拡張を模索していました。プラスペース四日市の事例は全国のSS事業者にとって、一つの成功事例になると思います」

プラスペース四日市における画期的な取り組みの背景には、SSの需要自体が減少している流れがある。ハイブリッドカーの普及、運転可能性第人口の現象、脱炭素社会への動きなどによりガソリン需要が減少した結果、国内のSSはピーク時にあたる30年前の6万カ所から3万カ所に減少しており、SS事業者にとって新たな活路を開くことは急務なのだ。

出光興産株式会社 中部支店販売二課 池田 悠馬氏

池田「遊休スペースを活用し、新たなニーズを生み出していくためには、従業員さんの趣味や嗜好を生かすのも一つの手なのかもしれません。今回のケースでは脇谷さんのノウハウを生かしつつ、専門知識がないスタッフでも運用できる仕組みを構築したことが先駆的といえます。結果として脇谷さん自身の雇用創出も実現しているため、地域経済の持続にも貢献している形です」

ガソリンは需要が減少するが、完全に不要になるわけではない。東海地方のように自動車が主要な交通手段である地域では、人々の生活を支える上でもSSの維持は必須だ。収益を上げながら燃料を供給し、未来の循環型社会へとつなげていくためには、SSが地域にとっての価値を高めていくことが求められる。

池田「スマートよろずや構想を実現させるためには、地域のニーズを深く理解する特約販売店の協力が欠かせません。今後はより特約販売店と出光興産の協力関係を強化し、地域への貢献度を高めることで、全国への水平展開が可能なモデルを生み出していきたいです」

変革の中心にある、地域のニーズに真摯に向き合う姿勢

では具体的に、どのようなパートナーシップで「スマートよろずや構想」を実現させていくのだろうか。青山商事はプラスペースとは別に出光興産と協力して、介護車両のレンタカーサービスを展開している。同社が運営する笹川マイカーセンターにて3台の貸し出しをしており、実証実験が軌道に乗れば、同社の各SSに展開する方針だ。

青山「現在介護を担う世代は、就職氷河期の影響などにより、潤沢な所得がないケースが多いです。仕事と介護を両立させる環境は厳しくなっているため、少しでもサポートできる仕組みはないかと、レンタカーを考えました。SSに車両が常備されれば、病院の送迎に利用したり、帰省の際に旅行に連れて行ったり、必要な時にだけ利用できます。ビジネスとして採算がとれればスマートよろずや構想としても機能するため、出光興産のネットワークで展開してほしいですね」

このような先進的な思考を持つ青山氏だが、2017年に出光興産が開催する「出光経営カレッジ」に参加したという。ビジョン経営のノウハウを習得し、その知見をSS運営に落とし込む形で、新しいアイデアを育んできたという。

青山「『出光経営カレッジ』は10年先のビジョンを見据え、経営計画を図式化する内容だったのですが、改めて考えを整理するのに役立ちました。例えば、SSの最も若いユーザーは、原付の免許を取得した16歳で、それ以下に顧客層を広げることはできませんが、別の方法でターゲットを拡大できないかと、経営カレッジの際に考えていました。結果的にはプラスペース四日市のオープンによって子どもの層も取り込むことができたわけですが、さまざまな視点から中長期的にSSの未来を考えることは重要だと思います」

プラスペース四日市では、単にプラモデルを販売するだけでなく、チャレンジングな試みによって顧客を増やしている。その一つの好例がイベント開催だ。

脇谷「プラスペース四日市は専門的なスタッフが常駐しているわけではないため、定期的にプロモデラーの先生を招致して、技術を高める教室を開いています。また、自作のプラモデルで競い合うフォトコンテストも開催し、互いの作品を楽しめるようにもしました。こうしたイベントを通じて、お客さま同士がつながるケースも多いんです。なかには学校で上手にコミュニケーションがとれない子どもが、プラモデルを通じて友人を形成することもあります。居場所が一つあることで、新しい地域のコミュニティが形成されることは、私たちにとってもやりがいになっています」

左上がプリテール野田のサービスルーム入り口。内部に入ると他写真のようなプラモデル関連の商品がずらりと陳列されている

地域のSSが持つ、“駅”としてのポテンシャル

生活インフラを支えながら、介護サポートやコミュニティ形成を通じて地域に貢献する青山商事。「スマートよろずや構想」を体現する青山氏は、SSのあるべき姿をどのように捉えているのだろうか。

青山「地域社会で新たなビジネスを創出するためには、多くの場合、拠点として一定の面積がある土地が必要です。“場所”を既に備え、スピーディーに事業化できるSSは、大きなアドバンテージを持っていると考えます。生活者の側からしても、概ね10分あれば辿り着ける場所に位置するSSは、これから“駅”のように進化するのではないでしょうか。駅といえば鉄道を想起しますが、日本の移動手段の大半は自動車。みんなが停車し、人が集まる場所という価値が、SSのポテンシャルであるはずです」

SSが駅のような機能を果たし、生活者が必要とするサービスや商品が集約される。そのモデルがより重要になると青山氏が考えるのは、ECの普及を直視しているからだ。

青山「スマートフォンの定着により、誰もがECで世界中のマーケットにアクセスでき、コロナ禍はその流れを加速させました。大きな打撃を受けたのは小売業。地方における実店舗の閉業は、地域雇用やサービス供給、コミュニティの減少を招きます。一方で、燃料供給はECに代替されないため、SSという空間は維持できる。そこに住民が必要とするサービスを盛り込めば、地域貢献も可能になるでしょう。そうした観点からも『スマートよろずや構想』の可能性は大きいのではないかと考えています」

人材や場所など、限られた資源を効率よく活用し、地域に貢献。そうした考えは、出光興産の池田氏にも共有されているようだ。

池田「SSがエネルギーの安定供給を担いながら、新たな価値を提供するためには、効率性は欠かせません。『スマートよろずや構想』自体、既存のSS価値を最大化するところから出発しているわけですから、ヒトやモノ、その移動に無駄を生じさせないことは、重要な観点になります。各地域の特性を見極めながら、無理のない運用で価値を提供し、地域に貢献しながら売上を高めていく。その持続的なモデルを現場から教えてくれるのが、青山商事さんの事業でした」

プラモデルというニッチな事業に鉱脈を見出し、地域SS持続化モデルの一つの形を生み出した青山商事の事例は、エネルギーやモビリティに限らず、多くの業界のビジネスパーソンにヒントを与えてくれるはずだ。自社アセット活用の最大化を目指す「スマートよろずや構想」は、今後も斬新なビジネスモデルを全国で成長させるきっかけとなっていくだろう。

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