激しい社会変化の中で価値ある企業であり続けるためには、会社の存在意義(パーパス)を明確にし、社会に貢献する経営を実践することが必要だ。ステークホルダーに対し「社会的に存在意義のある企業である」ことを理解・共感してもらうために、パーパスを明示することはグローバルにおいてもますます重要性を増しており、国内でも多くの企業がパーパスを制定している。
パーパスを企業活動の隅々まで行き渡らせるためには、従業員の理解と納得が欠かせないが、大きな企業ほど従業員を含むステークホルダーの数が多くなることから実践の難易度が高くなるのが一般的だ。また、Z世代に代表されるような、企業文化や社会貢献度を重視する若年層の人材獲得においても、パーパスの共有はカギとなるだろう。
さまざまな企業が自社のパーパスを重要視する中で、国内外グループを合わせて従業員約15万人を抱える三菱電機株式会社では、2023年9月に「パーパスプロジェクト 」を発表。従業員一人一人がパーパスを考え、主体的に自己実現を図る「マイパーパス」の設定に取り組む方針を示した。
AMPでは今回、パーパスが会社や個人に与える効果を掘り下げるべく、同プロジェクトを担当する宣伝部 グローバルブランディンググループ兼全社変革プロジェクトグループ 椎野 友広氏に取材。なぜマイパーパスの設定が必要なのか、“パーパスそのものの存在意義”は何か、同社の取り組みを通じて考えていく。
一人一人の「こうありたい」で、組織風土を変えていく
欧米を起点にグローバルな潮流となりつつあるパーパス経営は、日本でも活発化している。サステナビリティ意識の高まりやステークホルダー資本主義への注目などを背景に、VUCA時代の経営戦略を強く意識させたコロナ禍は、その流れを加速させてきた。新たにパーパスを制定する国内企業も増える中で、三菱電機グループが発表したのが「パーパスプロジェクト」だ。
椎野氏「当社グループでは、『私たち三菱電機グループは、たゆまぬ技術革新と限りない創造力により、活力とゆとりある社会の実現に貢献します。』という企業理念を、会社のパーパスとして位置付けています。会社のパーパスとは別に、従業員一人一人が『マイパーパス』を設定するのが、今回のパーパスプロジェクトの取り組みの一つです。個々が志を持って業務に当たり、自己実現を図ることで、グループ全体が良い方向へ進むことを目指します」
従業員がマイパーパスを設定する動きは、他社でも試みられている。しかし、今回のパーパスプロジェクトは、一人一人の多様性を尊重する点に特徴があると、椎野氏は続ける。
椎野氏「パーパスというワードや企業理念に意識がいくあまり、自由に自分の存在意義を考えられないようであれば、プロジェクトは意味をなさないと考えたからです。そのため、事務局がマイパーパスを回収したり、上司が改善を求めたりすることは想定していません」
個々の主体性を尊重するのには、理由がある。2021年に判明した一連の品質不適切行為について、三菱電機グループは原因究明と再発防止に努めており、「品質風土」「組織風土」「ガバナンス」の三つの改革を深化・発展させながら、変革に取り組んでいる。今回のパーパスプロジェクトは、「組織風土改革」の一環に位置付けられている。
椎野氏「不正をはじめ問題を防止するためには、品質管理やガバナンスは不可欠です。同時に、小さな悩みやトラブルを報告するための、風通しの良い環境も必要と考えました。日頃から健全なチームビルディングを行うには、互いの理解を深めることが第一歩です。一人一人が自分の存在意義を考え、チームの仲間と共有し、価値観を認め合う。そこに意義があるので、自由な発想を重視しています」
こうして動き出したパーパスプロジェクトでは、まずは経営幹部がマイパーパスを作成。その後、150人以上がマイパーパスを表明する形で、社内向けサイトで公開した。社長の漆間啓氏の「三菱電機グループを活力ある会社にする。そのために“情熱・熱意・執着心”を持ち続ける」を筆頭に、「デジタルとITの力で未来を拓き、みんなにワクワク感と笑顔を届ける」「継続的な品質改良の取り組みを通じて家族・仲間の安心と明るい未来を目指す」「大切な人を幸せにしたい」など、内容は実に多彩だ。
椎野氏「私たちが想定した以上に、『笑顔』『家族』『仲間』といったワードが目立ちました。目標達成のような概念は少なかった印象です。サイトへのアクセス数も順調に伸びており、従業員の関心の高さを感じます。今回のメッセージを起点に、約15万人のパーパスづくりにつなげていくことが、これからのステップになります」
パーパスの重なりに「気付く」プロセスが重要
多様なマイパーパスを育むべくスタートした同プロジェクトだが、会社全体のパーパスと個人のパーパスは、どのような関係にあるべきなのだろうか。椎野氏は「会社と個人の『こうありたい』の重なりに気付いてほしい」と語る。
椎野氏「三菱電機は企業理念に『活力とゆとりある社会の実現に貢献』を掲げていますが、個々の仕事は社会とつながっていることが多いと思います。まずは自分でパーパスを考え、日々取り組んでいる仕事が、実は社会貢献や企業理念と重なっていることに気付く。そうした順序を目指しています。『社会に貢献』『たゆまぬ技術革新』を意識しすぎて、マイパーパスをそこに合わせていくような思考ではなく、『振り返ってみれば、重なる部分があるな』といった自然な流れが、会社のパーパスを理解する上でも有効だと考えました」
仮に、会社と個人のパーパスが重ならない場合はどうなるのだろうか。トップダウンを避け多様性を尊重するためには、重なりを強要するわけにはいかない。
椎野氏「当社の従業員は真面目なところがあるため、『パーパスを作りなさい』と言えば、企業理念に寄せてしまう人もいると思います。自由に本音を書いてもらうには、どのようにアプローチすべきか、現在工夫をしているところです。ただし、会社と個人のパーパスが、全く重ならないということは、少ないと思います。例えば『残業時間を減らしてプライベートを充実させたい』がマイパーパスであれば、余暇が原動力となってパフォーマンスが高まるかもしれない。すると会社の創造力が底上げされて、社会に還元できる。そのような具合で、少し重なるだけでもいいんです。自分自身が心の底から納得できるマイパーパスを考えることを、最優先にしてほしいですね」
では、各々が自由に設定したマイパーパスは、どのようにチームビルディングに生かされていくのだろうか。椎野氏は「ディスカッションが生まれることに期待する」と言う。
椎野氏「マイパーパス作成後、各チームでディスカッションをすることを推奨しています。個々のパーパスを共有しながら、社会とのつながりを探ってほしいという狙いがあるためです。『存在意義とは何か?』『社会貢献とは何か?』と考え直すきっかけにもなるでしょう。私もマイパーパスを考えてみて、改めて働く理由を思い出すことができました」
一人一人がマイパーパスを考えて終わりではなく、それぞれのマイパーパスを実現するにはどうしたらいいかをチームで考え、話し合うところまで落とし込むことで、会社にもたらす効果もより大きくなる。しかし、約15万人の従業員を巻き込むことは容易ではない。三菱電機グループがどのような方法でパーパスプロジェクトを進めていくのか、具体策について伺った。
コミュニケーションの土台を作り、多彩な人材が参加しやすいプロジェクトに
国内91社、海外118社の連結子会社を抱える三菱電機グループは、業種、職種、年齢、国籍が異なる多彩な従業員が所属している。どのようにして、参加促進を図るのだろうか。
椎野氏「正直なところ、青ざめています。製造現場で働く方、外国籍の方、事務職の方、新卒社員など、さまざまな立場からの参加がなければ、パーパスプロジェクトは成り立ちません。私たち宣伝部の力だけでは足りないので、自走する仕組みが必要です。そこでチーム単位のリーダー層に協力してもらい、誰でもディスカッションの場を設けられるよう、読み上げながら実践するだけでチームディスカッションが進行できるマニュアルを用意しました」
本社主導のプログラムに時間を割きたがらない現場従業員が多いのは、よく耳にするケースだ。しかし今回のプロジェクトでは積極的な姿勢も目立つと言う。
椎野氏「多忙な業務を抱えるチームリーダーのために、シンプルなマニュアルを提供して負担を最小限に抑えようと工夫したわけですが、いくつかの現場からは『物足りない』『もっとやろう』という声も上がっています。意外にも皆が前向きであることを実感しました。トップが先陣を切り、手本を示したことが大きいのかもしれません。『はい、やりましたよ』と形骸化することも懸念していましたが、心配はないようです。自由な形式で考えられるようにしたことも、功を奏したのではないでしょうか」
ディスカッションの場が生まれるように、同社ではワークショップの設計を進めているようだ。椎野氏らのチームがトライアルをする形で改良を重ねてきた。
椎野氏「『相手を否定しない』といったディスカッションの基本を原則に、1時間で行えるプログラムにしています。マイパーパスを考えた上で参加し、『これはチームにとってもいいよね』『私のパーパスと似ているね』と、持ち寄ったアイデアを認め合う仕組みです。1時間で何か答えを出さなくても問題はありません。むしろ『続きをやりたい』と思い、コミュニケーションの場が継続的に設けられるのが理想だと思っています」
コミュニケーションを促進する組織風土改革が、パーパスプロジェクトの根底にある。風通しの良い職場づくりという点においても、マイパーパスを持ち寄り、ディスカッションを継続することは、有効に機能するのだろう。
2023年9月、パーパスプロジェクトの一環として、新たなテレビCM「Our Purpose」篇が公開された。さまざまなシーンで働く三菱電機グループの従業員が、「ひとりのコツコツ ワクワクは、仲間とつながり、大きなパワーとなって、社会に活力とゆとりをもたらします。」というフレーズととともに映し出され、一体感のある雰囲気が伝えられる。パーパスプロジェクトを知った上で視聴すれば、マイパーパスと企業理念が自然な形で重なっていくストーリー性も感じられる。
椎野氏「テレビCMというと社外に向けたメッセージを発信することが多いですが、今回は従業員に見てもらいたい気持ちが大きかったです。メールなどでパーパスプロジェクトの取り組みを通知してもとどいていないケースもあります。自宅のテレビや通勤中のトレインビジョン、スマホで、『あれは自社のCMでは?』と気付いてもらう。さらにCMを見た家族や友人から『いいね、あれ』と言ってもらう。そのようにして自社グループに関心を持ち、やりがいを感じてもらえればうれしいですね。本物の従業員で撮影したのも、そうした狙いがあったからでした」
椎野氏は、パーパスプロジェクトをきっかけに、会社を好きになってもらうことが、自身のモチベーションになっていると語ってくれた。
椎野氏「三菱電機グループは、『コツコツ』とものづくりに携わる人が、歴史的に見ても多い会社です。そこに『ワクワク』を感じたり、そこから世の中を動かすダイナミックなアイデアが生まれたりする。『コツコツ ワクワク』に魅力を感じた新しい人材も入ってきてくれています。ちなみに私のマイパーパスは『私が関わる全ての人に、三菱電機を好きになってもらいたい』です。自分自身が開発の出身で、社会とつながりながらワクワク感を持って仕事をできたという実感があるので、そのことを約15万人全員が共有できるよう、パーパスプロジェクトに注力していきたいですね」 自分の存在意義から会社のパーパスを考え、社会とのつながりを見いだしていく。マイパーパスを考える意義は、健全な組織構築にとどまらず、ワークエンゲージメントの向上やイノベーティブな社会貢献など、さまざまな方向へポジティブな効果をもたらすのかもしれない。
取材・文:相澤優太
写真:水戸考造