AIの先端技術を手掛けるOpenAIが、初の公開企業買収を発表し世界中で注目が集まっている。買収したGlobal Illuminationは米国ニューヨークが拠点のスタートアップ。インスタグラム創業に携わった3人の元スタッフが2021年に設立した会社として知られる。
OpenAI初の公開買収
今回の買収は、OpenAIのHP上で発表されたもの。「Global Illuminationのチーム全員がChatGPTをはじめとするOpenAIのコア製品に携わる」と8月16日付で発信。
簡潔な声明文では、Global Illumination社を「AIを活用したクリエイティブツールやインフラ、デジタルエクスペリエンスの構築をしてきた」と称し、そのスタッフについては「インスタグラムやFacebookのデザインと構築を手掛けたほか、YouTubeやGoogle、Pixer、Riot Gamesなどの主要企業で重要な役割を果たしていた」と言及。
買収額をはじめとする詳細が明らかにならないまま、さまざまな憶測を呼んでいる。
ChatGPTの減速
OpenAIが手がけるChatGPTは、今年5月から6月にかけて、昨年11月のローンチ以来初の利用減少を記録した。
インターネット史上最速で成長したとされる文字生成ツールは、ローンチからわずか2カ月の今年1月に1億人のアクティブユーザー数を達成。巨大言語モデルが林立する中、この無料ツール(一部有料)は圧倒的な人気を集め、自然な会話や文章作成能力が話題となり、マスコミで取り上げられたほか、メールやちょっとした文章の作成を「試した」ユーザーが殺到した。
向かうところ敵なしであったChatGPTだったが、初のユーザー数減少が今年6月に発生。昨年11月のローンチから続いていた人々の興奮が冷めたためとみられている。
全世界からのウェブサイト訪問者数は9.7%減少、米国限定では10.3%減。全世界のユニークビジット数は5.7%の減少、サイト利用時間も8.5%減少(この数値のみ5月の前月比)した。
同統計を出したSimilarwebは、この減少傾向がその他のAIチャットボットにも見られることから、学校が夏休みに入り子どもたちの利用が減ったことや、ユーザーが使い方に慣れたため、必要な業務にだけ効率よくChatGPTを利用したために利用時間が減少した可能性もあると指摘している。
無料で魅了するBing AI
Microsoftは今年2月にbingAIをローンチした。
無料で利用できる対話型AIは、ChatGPTでは有料版で用いているGPT-4を使い、質問にテキストで回答するのはもちろん、画像の質問にも対応可能で、さらには検索エンジンbingを活用した最新情報での回答が可能。2021年9月までのテキストデータしか保有していないとされるChatGPTを上回る機能性、しかも無料という鳴り物入りでの登場だった。
マイナス点としては、ChatGPTのような外部との連携「プラグイン」がないこと、質問の回数に制限があることなどがマイナス点としてあげられているものの、何よりも無料で利用できる性能の高さが魅力だ。
ただし、ChatGPTも今年5月に、まずは有料ユーザーから、bing検索に対応し、今後は無料版ユーザーにも対応するとしたため、その差は縮まりつつある。
競合先が次々と新機能や無料版を提供開始する中で、利用者数が減少傾向にありつつも、世界的にはなおもChatGPTがbingやCharacter AI、bardの利用数を大幅に上回り、独走状態であることには変わりがない。
ChatGPTのサイトはもともと、将来的に企業が自社のアプリケーションに組み込むためのAI機能販売を目指した技術デモ、ロスリーダー(客寄せ)的な公開であった。無料版を広く公開する一方で、有料版の優位性をアピールし、その性能やプラグイン機能を拡大させることによって、収益を確保することが目的だ。
現在無料公開され、世界中で利用されているChatGPTのオペレーティングコストは、1日あたり70万ドル(約1億200万円)という外部業者による試算もあり、同社のCEOが「非常に高額」であることを認めている。このため、この先無料版で利用するメリットがどの程度あるのか、データのアップデートも含めて注目されるところであろう。
憶測を呼ぶOpenAIの目論見
無料版で広く知れ渡ったことで次なる戦略を求められているOpenAI。今回の買収を通じて、同社の製品やサービスのビジュアル面での強化をするのではとみられている。
具体的には、ChatGPTにより多くのマルチメディア機能を搭載する、またはChatGPTのDall-E 2イメージ生成サービスの構築、もしくはニューヨークを拠点にしたスタートアップRunwayが展開した「プロンプトから動画」を生成する機能に対抗すべく、ビデオ生成プロダクトのローンチの可能性が考えられている。
Global Illuminationの立ち上げメンバーで同社CEOのDimson氏は、かつてインスタグラムのデフォルト設定であった「新着順」フィードに代わる、パーソナライズコンテンツのランキング・おすすめエンジン開発チームを率いていたことを自身の投稿記事内で明かしている。
Dimson氏と共に同スタートアップの創業者であるFlynn氏はデザイナー職で、プロフィールによると、Facebookやインスタグラムでプロダクトデザイン・ディレクターの経験がある。
もう1人の立ち上げチームの一員ゴードン氏は、プログラミングの経験者。Facebook AIではコンピュータビジョンの研究をし、インスタグラムでは主要プロダクトの開発を主導、フィードランキングには初めから関わり、機械学習とランキング・インフラのコンポーネントに注力したとしている。彼はその他にもYouTubeやGoogle、Microsoftでもソフトウェア・エンジニアやデベロッパーとしての経験がある。
なお、Global Illuminationの最新の作品は、マインクラフトMMORPGのBiomesだ。
彼らのバックグラウンドや、作品から伺えるのはやはりビジュアル面での強化だと見る向きが多く、ChatGPTのマルチメディア搭載が有力な説だ。ゲームを作り上げたチームの高等技術を活用して、ChatGPTを大幅にアップグレードし、収益につなげる目的だ。
一方で、人間により近い人工知能AGI開発への準備、との憶測もある。ゲームのプラットフォーム上で人間と機械間のインタラクションデータの収集ができるため、開発が大幅に前進するとの見込みだ。
または、大規模言語モデルからのテクノロジーを組み合わせて、バーチャルボットの作成に利用する可能性もある。あくまでも可能性として、デジタルとの融合によってシンボルグラウンディング問題の解決につながる可能性もあるとしている。
なお今回の買収ニュースを開設するにあたり、Global IlluminationをAIデザインのスタートアップと称するものと、ゲーム会社と称するものに二分しているのも興味深い。
最も注目を集める今後
OpenAI、Global Illumination両者ともに買収を認め、言及しているものの、あまりに情報量が少なく、今なお憶測が憶測を呼んでいる状況だ。
それでもGlobal Illuminationの持つ経験、特技、技術が買われたことは明らか。彼らが関わってきたインスタグラムやFacebookの強固な技術基盤やUIの成功例はユーザーからの人気も高く、継続的なアプリの人気ぶりからも、疑いの余地はないだろう。
こうしたアップグレードによって、OpenAIは有料版の販売を強化し収益を確保できる。それがゲームのユーザーを増やす方向へと向かうのか、ビジュアル面を強化しAIの性能を格段にアップさせることで有料版ユーザー数を伸ばしていく戦略か。
ローンチから急成長を遂げたAI技術と、それを展開したOpenAIの動向に、いま世界中から大きな注目が集まっている。
文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit)