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ジェネレーティブAIの進化に伴い新たなスキルギャップに注目が集まっている。AI関連の求人は急速に増加する一方で、AIスキルを有する人材はまだまだ不足しているのが現状。また特定のスキルや職業が不要になりつつある現実も同時進行中だ。
変わりゆく仕事の形
今年5月に世界経済フォーラムが発表した報告書「仕事の未来レポート2023」によると、この先AI・機械学習スペシャリストやサステナビリティ・情報のスペシャリスト、ビジネスインテリジェンス・アナリストといった職種のニーズが急成長するとのこと。今後2027年までにテクノロジー系の仕事が平均して30%増加すると見込まれている。同レポートでは、今後5年間は技術リテラシー、中でも特にAIとビッグデータの重要性が高まり、企業のスキル戦略の核となると予測している。
また、フリーランスと仕事をつなげる、仕事市場のUpworkがこのほど発表した報告書によると、ChatGPTやBard、CoralなどのジェネレーティブAI関連の求人が、前年比450%以上アップしていることが分かっている。AIツールのスペシャリストの求人は、2023年第1四半期には230%の伸び(2022年の第4四半期と比較)を見せた。
これに伴い増加したのがAI関連のスキルの種類だ。同社のサイトでは実に294ものスキルが「AIサービス」カテゴリー内にリストアップされている。特に需要が高まっているのは、プロンプトエンジニア、AIコンテンツクリエーター、機械学習と深層学習のエンジニア、データーサイエンティスト、AIチャットボット開発者、モデルチューニングとAIモデルの統合専門家など。個人の雇用総数からも、AI関連は同社の2023年の前半に最も急増したカテゴリーとなった。
LinkedIn社は、2022年5月から23年5月の間にGPTないしChatGPTを言及した求人案件は599%アップしたと言及。この5年間に「AI責任者」の肩書を所有するメンバーが3倍に増加したことを明かしている。
望まれるスキル
AI求人の増加と共に、求人サイトのAI活用も増加している。
前述のUpworkでは、求人広告をカスタマイズして迅速に作成できるAIベースの求人広告生成を採用したほか、新規顧客に同社のプラットフォームの使い方を指南するチャットボットをスタート。また、高性能なライティングツールのJasperとのパートナーシップにより、求職者が同社のプラットフォームを通じて、コピーライティングやマーケティング、画像作成がジェネレーティブAIでできる無料トライアルを展開している。さらに今後は、求人サイトに寄せられる数万通の履歴書を、短時間かつ低コストで読み分けるのは、AI専門の仕事になることは明らかだ。
テック職と営業職に強い求人サイトHiredでも、2023年初頭からAI関連の求職が増えたと発表。特にソフトウェアエンジニアの職は前年比で倍増したとしており、今後もAI関連専門家にとっては、超売り手市場となる見込み。特に需要があるのが、パイソンや機械学習、AWS、SQL、Javaで、中でも最も引っ張りだこのスキルのパイソンの需要は、機械学習の需要の2倍にも上っている。
急速に注目されているスキルと言えば、プロンプトエンジニアリングもその一つだ。AIベースの雇用と人材管理プラットフォームを提供するCangradeは、プロンプトエンジニアリングのハードスキルテストをローンチし、企業の現状だけではなく将来的な人材育成のサポートを始めた。同社の見解では、プロンプトエンジニアリングが将来の企業成長に欠かせない重要スキルとなる一方で、人材にそのポテンシャルがあるか否かを判断するのは現在の企業がよほどの専門家でない限りほぼ不可能であるため、同テストが有用としている。
オンライン教育のスタートアップSimplelearnのレポートでは、需要が高まる職業別に雇用主が求める要件や予測給与も発表。例えば、強力なソフトウェアスキルや予測モデリング、NLPを駆使しながら大規模なデータソースを取り扱う機械学習エンジニアの場合、雇用主はコンピュータサイエンスや数学の修士号ないし博士号を持ち、PythonやJavaでの職務経験がある人材を希望。コンピュータプログラミングのスキルや専門数学スキル、クラウドアプリケーションやコンピュータ言語の知識、優良なコミュニケーションと分析的スキル、それに機械学習などの資格所有者が好まれるとしている。推定平均年収は12万1106ドル(約1,760万円)、ロボティックサイエンティストで8万3,241ドル(約1,210万円)、データーサイエンティストで11万7,345ドル(約1,700万円)などとなっている。
エンターテイメント業界でのAI採用と失業の懸念
今年7月、AIに仕事を奪われ収入が減ると抗議するハリウッドの俳優や脚本家の組合が、ストライキを敢行したニュースが世界を賑わした。事実、エンターテインメント業界では96%が生成系AIの活用を表明している統計がある。さらに、ストライキが始まって以降、NetflixがAIプロダクトマネージャーの求人広告を発表。アメリカ西海岸地区であればリモートワーク可で、30万ドル~90万ドル(約4,362万円~6,550万円)の報酬と公表したことも物議を醸した。
ゴールドマンサックスの試算では、AIによって奪われる、または重要度が下がる仕事は3億にも上るとされている。だが一方で、こうした自動化は3年前の予測ほどに進んでいないことも判明している。
現在、業務の自動化は34%にとどまり、66%が今なお、人手による業務遂行だ。この数値は2020年から1%の伸びを見せているものの誤差程度の増加とみなされており、2025年までに約半分(47%)のタスクが自動化されるとした当時の予測ペースを下回っている。さらに、調査対象企業は今回、2027年までの自動化を42%に修正していることからも、スローペースであることがうかがえる。なお平均42%の自動化率はタスクによって異なり、論理的思考や意思決定を自動化する率の35%から、情報やデータのプロセスの65%までと幅広い。
いずれにしてもある程度の仕事がAIに奪われるという事実は現実のものとなりつつあり、50%の企業が雇用を創生するとする一方で、25%が雇用の喪失を招くとしている。主に、従来型の事務系の職や保安、工場、商業部門での喪失が見込まれ、今後5年内に2600万人の離職を試算。具体的には、記録係やレジ係、チケット販売、データ入力、経理、給与担当、秘書といった仕事が自動化とデジタル化によって影響を受けると見られている。
各企業がAI関連の人材を拡充する中、その数が圧倒的に不足しているのも事実。
今後5年間に、現在の従業員の10人に6人が研修を必要とされる中で、適当な研修の機会があるのは半数のみとされている。優先度の高い順に、分析的思考、創造的思考の促進、AIとビッグデータの活用スキルとなっており、今後も企業はこのスキルの研修およびリスキルに重点を置くと見られている。
報告書では、企業が既存の人材の育成やリスキリングに肯定的な見解を持っている一方で、雇用可能な人材は十分ではない現実に直面している。スキルギャップと、人材を呼び込むことができないことが産業構造改革の障害となるとしており、人材の開発や育成が業界での人材拡充のカギを握ると認識。36%が高額給与で人材を呼び込み、34%が効果的なリスキリングやアップスキリングを提供することで対策を講じる計画だ。
リスキリングと歩む将来への道
AIスキルが企業の将来のカギとなる中で、今最も必要とされているスキルを分析したのがeラーニングのTalentMLS。報告書によると、問題解決、クリエイティビティ、オリジナリティ、イマジネーション、そして学習能力がカギとなるとのこと。AI時代におけるスキルギャップを埋めるために、各企業の人事責任者の58%がアップスキルやリスキルを実施し、41%が新たな人材でギャップを埋めると回答。従業員のAI研修に何らかの学習や開発投資をする予定がある企業は85%にのぼった。
日本では昨年10月、リスキリングの支援に政府が5年間で1兆円を投じると表明。一方で、このムーブメントが実際に従業員1人1人に浸透しているかどうかは疑問も残るということは、「育児休暇中のリスキル」を提案し、批判が相次いだニュースからも明らかだ。
技術改革の度に失われていく業務や仕事がある一方で、単純作業をAIに担ってもらうことによって人々がより進化できるという利点もある。あまりにも高速で進化しているAI技術に、我々人間は果たして追いつけるのか、個人の能力と企業の力、それに政府の見解が問われている時代なのかもしれない。
文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit)