スタートアップ投資は減少も、NASAは積極支援
宇宙開発はリスクが高い領域であり、経済先行き不透明となる中、ベンチャーキャピタルによる投資は減少傾向にある。一方、NASAなど政府系機関による、スタートアップ支援は継続されており、次の段階に向けた技術開発は着実に進んでいる。
米国のベンチャーキャピタルであるSpace Capitalのデータによると、2022年における宇宙スタートアップへの世界的投資は、経済見通しが悪化する中で、安全な選択肢に投資資金が流れたことから、2021年の最高記録である457億ドルから50%以上減少し、219億ドルまで下がった。
一方NASAでは、米国拠点の宇宙開発スタートアップに対し、多額の資金援助を実施、ベンチャーキャピタルによる投資の減少を補う役割を果たしている。
直近では2023年7月、NASAは「Tipping Point」プログラムの一環で、宇宙開発企業11社に対し計1億5,000万ドル(約218億円)の資金援助を実施した。
このプログラムは、主にNASAの月面着陸計画であるアルテミス計画で活用できるテクノロジーの開発を促進するもの。11社のうち5社は、月における長期探査をサポートする技術を開発する企業だ。この中には、アマゾン創業者であるジェフ・ベゾス氏の宇宙開発企業ブルー・オリジンも含まれている。同社は、月の地殻物質から太陽電池を製造する技術開発の促進に向け、3470万ドルの資金援助を獲得した。
このブルー・オリジンのプロジェクトは「Blue Alchemist(青の錬金術師)」と呼ばれ、月での長期滞在で不可欠な電力を、月面で採取できる材料のみで作った太陽電池から賄おうという試みで、2021年から研究開発が進められている。
このほか、ピッツバーグを拠点とし、月面着陸機を開発しているAstroboticは、月面での電力伝送のロボット展開実証に向け3,460万ドルを獲得。また、プルトニウムベース電力システムの代替手段になる可能性があるといわれるスターリングエンジンシステムを開発するZeno Power Systemsは1,500万ドル、熱防護システム材料の開発を進めるカリフォルニアのVarda Space Industriesは190万ドルを獲得した。
アルテミス計画については、2023年5月にも2つ目となる月面着陸機の開発においてNASAは、ブルー・オリジン主導のチームとの契約を締結。このチームには、上記のAstroboticに加え、ロッキード・マーティンやボーイングなどの大手企業も含まれており、契約額は34億ドルに上る。
欧州では、宇宙スタートアップへの投資が活況
冒頭で、2022年に宇宙スタートアップへの世界投資が減少したと伝えたが、欧州では宇宙テック分野への投資が活況しており、欧州域内の宇宙スタートアップエコシステムは急速な成長を見せている。
dealroom.coは2022年12月に発表したレポートで、世界的なスタートアップ投資の縮小トレンドに反し、欧州の宇宙スタートアップは2022年、史上最高水準のベンチャーキャピタル投資を獲得する見込みだと伝えている。宇宙開発の中でも、宇宙に送り込まれるもの/また宇宙への到達手段を開発する「アップストリーム」領域では、世界投資のうち20%が欧州のスタートアップに流入、また宇宙技術の地球応用を目指す「ダウンストリーム」領域では、5つのユニコーン企業が誕生したという。
2022年のアップストリーム領域における欧州スタートアップへの投資額は、メガラウンドを除外した場合でも、5億2700万ユーロとなり、前年の4億7,000万ユーロを上回っただけなく、史上最高額を記録した。
欧州の中でアップストリーム領域の宇宙スタートアップハブとなっているのは、英国、フランス、ドイツ、フィンランドの4カ国。特に資金が流入しているのは、通信と接続衛星、宇宙用半導体、地球観測衛星、打ち上げロケットなどの分野。また、宇宙飛行機、超音速飛行、宇宙内輸送、打ち上げロケット、宇宙滞在技術などが新興分野として台頭しているという。
また、アップストリーム領域の活況は、ダウンストリーム領域の成長をも促している。欧州宇宙機関(ESA)と協力しているダウンストリームのスタートアップは、2022年に7億900万ユーロを調達しており、これまでを上回るペースで資金が流入している。
欧州では、上記4カ国が域内の宇宙スタートアップハブとして地位を確立しているが、それ以外にも新興ハブとして台頭しつつある国も存在する。イタリアは、国内の宇宙テクノロジースタートアップの総合評価額が2021年比で18%も増加、2022年には8億5,200万ユーロに達した。イタリアは、宇宙スタートアップ数で欧州4番目に位置しているが、ベンチャー資金調達額では11番目にとどまっており、今後の成長が期待される。
欧州域内の宇宙開発スタートアップの総合評価額はこの10年で50倍拡大し、2022年に250億ドルに達した。
宇宙開発分野でも導入進むジェネレーティブAI
ジェネレーティブAIの登場によって、経済社会のさまざま側面に変化が起こっているが、宇宙テクノロジーを取り巻く状況も変わりつつある。
NASAは6月、独自に開発するChatGPTのようなシステムを月衛星プロジェクト「Lunar Gateway」に展開することを発表。チャットAIシステムを宇宙船に搭載することで、会話によるミッションコントロールを可能にしたり、宇宙飛行士や科学者らによるデータ収集・分析を支援する計画という。
また、NASAはIBMと協力して、同機関が保有する大量の衛星データによってトレーニングされた地理空間AI基盤モデルを開発、2023年8月にAIプラットフォームであるHugging Faceで公開した。
NASAは現在、70ペタバイトの衛星データを保有しているが、今後の衛星ミッションを含めると、そのデータ量は、2030年までに600ペタバイトに達する見込みといわれている。
この膨大なデータによって構築された基盤モデルをオープンソース化することで、世界中の研究者やエンジニアによるモデル活用を促進し、災害対策・予防アプリの構築やビジネスユースケースの発展を目指す。
現在、宇宙スタートアップの中で、最大規模となるのがイーロン・マスク氏のスペースXだ。2023年7月時点の報道では、その評価額は1,500億ドルに達したといわれている。スペースXに続き、どのような宇宙スタートアップが台頭してくるのか、今後の展開から目が離せない。
文:細谷元(Livit)