4分以内に充電できるレーシングカーの開発に成功、世界が注目するオランダ大学発の次世代EV

3分56秒――7月13日、世界最短で充電できるレーシングカー「Revolution(レボリューション)」がオランダ南部のアイントホーフェン市でお披露目された。普通の電気自動車(EV)で30分以上かかる充電時間が、ガソリン車の燃料補給並みに短縮されたことになる。長い充電時間はEV普及のネックとなっているが、この技術はその解決策として大いに注目されている。

この画期的なバッテリー技術を開発したのは、アイントホーフェン工科大学の学生チーム「InMotion(インモーション)」だ。大学の勉強とは別に、毎年有志が集まって結成され、次世代のEVを開発している。オランダにはこうした学生チームが複数存在しており、同国のイノベーションに大きなインパクトを与えている。

レーシングカー「レボリューション」を開発した学生チーム「インモーション」のパートナーシップ・マネジャー、ヒーケ・ファンヘースさん(写真:InMotion)

急速充電の要はバッテリーパックの冷却技術

4分以内の充電を可能にしているバッテリーパックの秘密は、その冷却システムにある。バッテリーは充電すると温度が上がり、新しいエネルギーを効率的に取り込むことができなくなる上に、寿命も短くなる。そのため、充電しながらいかに効率的にバッテリーを冷却し、適正温度を保つかがEV業界の大きな課題となっている。

ここでバッテリーの基本を説明すると、EVに使われるバッテリーは、電池の最小構成単位である「バッテリーセル」が複数組み合わされた「モジュール(組電池)」を使っている。このモジュールを複数接続してボックスに収め、ひとつのシステムパッケージとしてまとめたものを「バッテリーパック」と呼ぶ。

普通のEVで使われるバッテリーパックでは、モジュールの1側面だけを冷却しており、このために充電には長い時間を要する。一方、インモーションの新しい冷却技術は、モジュールの中のひとつひとつのバッテリーセルを一気に冷却するというものだ。

12個のバッテリーセル(黒い部分)が入った「セミ・モジュール」。これ2つで1つのモジュール(組電池)となる(筆者撮影)

「セルとセルの間に冷却液を通して、セルの温度を下げるのです。これは自動車産業で今までに一度も行われなかったことです」インモーションのパートナーシップ・マネジャーであるヒーケ・ファンヘースさんは説明する。

「クーラーボックスをビーチに持って行くとき、ボックスの底に保冷剤を入れますよね?それはボックス内のドリンクを冷たく保ちますが、ボックス内を氷でいっぱいにしたほうが、ドリンクは冷えるし、長く冷却できます。それは私たちのやったことと同じ原理です」(ファンヘースさん、カッコ内以下同様)

目標は「ル・マン24時間レース」

インモーションのバッテリーパックには8つのモジュールが入っている。バッテリー容量は30キロワット時(kWh)で、レーシングカーだとフル充電で5㎞ほどのサーキットを8周できる。

「レーシングカーは時速250㎞ぐらいで走りますから、ものすごく多くのエネルギーが必要です。そのため、フル充電で走れる航続距離は40㎞ほどですが、普通の乗用車が時速100㎞で走る場合を想定すると、フル充電で250㎞を走行できます。4分の充電でこれだけ走れれば、とても便利ですよね」

国内のF1サーキット「ザンドフォールト」でお披露目されたレボリューション(写真:InMotion)

この画期的なバッテリーパックの冷却技術は、現在のEVに応用できるのだろうか?

「私たちの技術はまだ多くのエンジニアリングを必要とする点がネックです。普通のEVのバッテリーはモジュールの冷却に必要な水を送り込むための接続が30カ所ぐらいだと思いますが、この冷却方法だと、接続カ所が800以上に上ります。レーシングカーだと、走行中にバッテリーパックが激しく揺さぶられますが、接続が外れて水が漏れるようなことは起こってはなりません。そのため、すべての接続部分が密着して互いに押し合うように、適正な重量がかかるように設計されています」

インモーションが目指しているのは、目先の商用化ではなく、EVの可能性を示すというもの。ユニークな技術を開発し、大学や自動車産業にインスピレーションを与えることだという。

インモーションの目標は「ル・マン24時間レース」に出場することだ(写真:InMotion)

「もし、私たちのテクノロジーがレーシングカーで使えるなら、それはどんな自動車にも応用が可能です。それに、私たち学生が1年間でこうした技術を開発できるなら、大規模な自動車メーカーにだってできるはず。世界をもっとグリーンにできますよ、ということを示したいのです」

インモーションが掲げる最終目標は、世界でいちばん大きな長距離レースである「ル・マン24時間レース」に出場することだ。この最も過酷なレースでEVが走れれば、一般のEVにバリアはなくなると信じている。この目標に一歩近づくために、来年のチームは、サーキットで実際にほかの車(ガソリン車)とレースをする計画だ。

モチベーションの高い有志だけが集まる、多様な学生チーム

インモーションは毎年9月に始動する学生チームで、夏休み前には選抜が行われる。

「小さな会社を設立するような感じで、現在のチームが次の年のチームメンバーを選びます。選抜のポイントは、ほとんどが動機。1年間、大学をいったん休学して、すべてのエネルギーをこのプロジェクトに投じるので、モチベーションが高く、目的に対する信念を持っていないとできません」

今年のチームメンバー。4大学からさまざまな専攻の有志が結集した(写真:InMotion)

今年のチームは、フルタイムで17人、パートタイムで13人の学生が参加。大学の単位取得や報酬などもなく、完全なボランティアベースで週に45時間勤務の契約を結んでいる。地元アイントホーフェン工科大学とフォンティス応用科学大学のほかに、デルフト大学やティルブルフ大学の学生も参加している。

学生たちの専攻も機械工学、電気工学、産業デザイン、建築、生物医学工学、法学など多岐に渡る。今年のチームに参加する女子学生は8人で、レーシングカーのプロジェクトとしては多い。

「誰でも意欲ある学生は応募できます。私自身はテクニカル・イノベーション科学を専攻していて、大学では人々がどのようにテクノロジーを使うのかを研究しています。でも、このチームでは技術的なことはしておらず、パートナー企業などとの連絡をしています。このプロジェクトには80以上のパートナーが関わっているので、ネットワークを広げながらいろんな専門の人と働くのを楽しみました」

インモーションは、オランダ南部のヘルモント市にある「オートモーティブ・キャンパス」内に専用のオフィススペースとガレージを持っている(筆者撮影)

締切前には1週間に100時間以上働き、寝袋を持ってきてオフィスに泊まり込む日々もeあったとか。部品をできるだけ早く調達するために、イギリスやドイツまで車を飛ばしたこともあるという。

1年間のプロジェクトを終えて、「今はとても変な気分です」と述べるファンヘースさん。今年秋からは大学に戻り、マスターコースに進学する。しかし、プロジェクトから完全に離れるわけではない。

「ラッキーなことに、毎週水曜の夜は過去のメンバーも集まる『チームイブニング』があるんです。5-6年前のメンバーも加わって、みんなでブレーンストーミングをしたり、一緒に食事をしたりします。毎年のプロジェクトの成功も『We did it(やった)!』と祝います」

大学を卒業して、地元の大企業に勤める先輩や、自分でスタートアップを立ち上げた人など、プロジェクトを終えた後もみんなが知識を持ち寄って学生チームを支えている。

インモーションのガレージ。レボリューションの車体は、来年以降に再利用する予定(筆者撮影)

大学生チームも地域のエコシステムの一部

インモーションのような学生チームは、アイントホーフェン工科大学だけでも複数存在し、それぞれが異なるテーマで、次世代のオートモーティブを開発している。

二酸化炭素を吸収しながら走行するエコカー「ZEM」を開発した学生チーム「TUエコモーティブ」(写真:Bart van Overbeeke)

TU/ecomotive(TUエコモーティブ)」はそんなチームのひとつ。同チームも毎年メンバーを入れ替えながら、1年に1台、「世界初」のエコロジカルなコンセプトカーを発表している。昨年お披露目された7代目の自動車「ZEM」は、走りながら二酸化炭素を吸収するという斬新な発想で、世界をあっと驚かせた。

今年は「一生使える車」というコンセプトで、8台目を発表したばかり。ステアリングシステム、ブレーキ、サスペンションといった耐久性の高い車の底部と、内装、カメラ、センサーなどライフサイクルの短い上部を分け、底部を維持しながら上部だけを交換し、長く使える車を開発した。

2019年「ブリヂストン・ワールド・ソーラー・チャレンジ」大会、ファミリーソーラーカー部門で4年連続の優勝を祝うソーラーチーム・アイントホーフェンのメンバー(写真:Bart van Overbeeke)

一方、別のチームである「Solar Team Eindhoven (ソーラーチーム・アイントホーフェン)」は、オーストラリアのソーラーカー大会「ブリヂストン・ワールド・ソーラー・チャレンジ」で、4回連続優勝したチームとして名高い。2021年以降は大会には参加せず、毎年、太陽光エネルギーを使ったコンセプトカーを開発する方針に変えている。

今年のチームは太陽光だけで走るオフロードカーの「Stella Terra(ステラ・テラ)」を開発。9月のお披露目に向けて、現在はラストスパートの時期を迎えている。

同チームの電気工学システム設計担当、ニック・ボクスベルドさんにチームの強みを聞いたところ、「やる気のある人材」そして、「フラットな人間関係と自由な意見交換を可能にするオープンな環境」との答えが返ってきた。彼らは「どんな不可能なアイデア」も排除しないのだという。

ヘルモント市にあるオートモーティブ・キャンパス。次世代オートモーティブに関するイノベーション・ハブとなっている(筆者撮影)

「ヨーロッパの自動車産業」といって、オランダの名前はあまり挙がってこなかったが、実は次世代のオートモーティブ研究はかなり進んでいる。オランダ南部のヘルモント市には「オートモーティブ・キャンパス」があり、ここでは企業や大学、研究機関などが集まって次世代の自動車産業を支える新しいテクノロジーを開発。上記の学生チームもここで企業や研究機関の人々と積極的に交流している。

EU市場では2035年以降、ガソリン車とディーゼル車の新車販売が禁止され、自動車産業は多くの課題に直面している。そんな中で、大学生たちの自由な発想を取り入れながら発展するオランダのオープン・イノベーションの現場は、これからますます注目を集めるに違いない。

取材・文:山本直子
編集:岡徳之(Livit

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