今、ヘルスケア分野でのAIの活用が急速に進展している。最前線に立つスタートアップの1つがコーザリー社。コーザリー社は、新薬開発のためのAIプラットフォームとして、主導的な立場にある。創設から6年が過ぎただけだが、すでに世界のトップクラスの製薬会社12社や、世界的に高い評価を受ける医療研究機関を顧客に抱えている。7月には、シリーズBとして、6000万米ドル(約84億7000万円)の資金調達を完了した。

資金総額、131億8500万円で、コーザリー社は治療革新のスピードアップ

英国に本拠地を置くコーザリー社は、生物医学・健康データのためのオペレーティングシステムを提供し、研究者が医薬品の開発とテストを加速できるよう、構築されたAIプラットフォームだ。最近売り上げと顧客数を3倍に拡大し、世界のトップクラスの製薬会社20社のうち、12社にまでサービスを拡大していることを踏まえ、資金調達を実施した。

今回のラウンドは、各業界の将来を担う企業への投資を行うICONIQグロース社が主導し、優れた起業家に資金を提供するインデックス・ベンチャーズ社、マラソンベンチャーキャピタル社、EBRD社、ペンテック・ベンチャーズ社、そしてビジョナリーズ・クラブ社と、以前出資を行った企業が再参加している。ほかにも、ジョンソン・エンド・ジョンソン社の元会長兼CEOであるアレックス・ゴースキー氏や、データドッグのCEO兼共同創業者であるオリヴィエ・ポメル氏も名を連ねている。

今回の6000万米ドルを含め、同社の資金総額は9340万米ドル(約131億8500万円)に達した。資金は、プロダクトリードの人材増強や、画期的な治療革新を今までになかったスピードで実現できるようにし、顧客を増やすことに充てられる予定だ。

2〜3年かかっていた研究を2〜3週間で

コーザリー社のウェブサイトより

コーザリーの目標は、世界の生物医学文献にある、重要なエビデンスとなる生物医学知識を見つけ出し、視覚化、解釈する方法をAIを採用して変革することだ。最終的には、私たちが医療分野で直面する、深刻な病気の治療法を従来より迅速に見出せるよう、研究者をサポートすることを使命としている。

同社のプラットフォームは、生物医学的な因果関係を発見するためのAIを採用している。フリーフローのテキストを、因果関係を表す知識グラフに変換し、機械学習を適用して新たな知識を浮かび上がらせる。膨大な量の文献から因果関係のエビデンスを迅速に見つけ、洞察できるように、研究者や意思決定者を手助けする。コーザリー社の広報担当者によれば、同社のプラットフォームを使用する研究者の生産性は10倍も向上しており、これまで2〜3年かかっていた研究を2〜3週間で済ませられるようになったという。従来、新薬の開発にかかる年月は、9~17年。コーザリー社のプラットフォームを利用すれば、それを数年にまで短縮することができるという。

新薬開発に際しては、各製薬会社が開発を競うより、協力することが重要だとされている。米国国立生物工学情報センターは、イノベーションを喚起する生産的な相乗効果を促進できることをその理由に挙げている。開発の迅速化、冗長性やリスク、コストの削減のみならず、既成概念にとらわれない考え方ができるようになり、各分野の研究者を招き入れれば、さまざまな知識を取り込むこともできるようになる。

コーザリー社のプラットフォームはその点でも優秀で、シームレスなコラボレーションも可能にする。プロジェクトチームが社内外の関係者とのつながりを維持し、業務を一元化して、軌道に乗せ、生産性を高めることができるほか、ワークフローの合理化も可能だ。知識共有を促進し、チームや部門間で起こりがちな重複作業を避けることもできる。

コーザリー社の共同創設者であり、CEOでもある、イアニス・キアコプロス氏は、同社のプラットフォームにおいて、新薬開発には付き物の、誤開始や行き詰まりの頻度を減らすことも目指すと、ハイテクやスタートアップに焦点を当てた、米国のオンライン新聞である「テッククランチ」に話している。米国国立衛生研究所の調査によると、薬の開発には通常10億米~20億米ドル(約1400億~2400億円)かかるそうだ。途中で開発を断念して、費用を無駄にしないためにも、コーザリー社は一役買っているわけだ。

最終的には、研究者たちが パーキンソン病、肺がん、多発性硬化症など、現在最も複雑で治療法が見つからない病気に対しての、有望な新治療法の発見に貢献できることを、同社は期待する。

創薬におけるAI活用の世界市場は2025年までに7200億円に

Photo by National Cancer Institute on Unsplash

コーザリー社をはじめとする、医薬品開発におけるAI活用の世界市場は、年平均成長率29.6%で、2025年までに51億米ドル(約7200億円)に達すると、投資家や起業家向けの戦略的マーケット・インテリジェンスを行う、エマ―ジョン・インサイツは予測する。2020年時の市場規模から36億米ドル(約5080億円)以上の増加することを意味する。

同市場の拡大は、新型コロナウイルスによるところが大きい。今年から2028年までの市場予測を行った、コンサルティング企業、モード―・インテリジェンスによれば、コロナを治療し、感染を抑制するための新薬を開発するという、大規模で速いペースの需要を背景に、有望な薬剤候補を特定するためや、創薬研究のスピードを上げるために、AIが活用された。コロナの感染率など、すでに公表されている、集団とウイルスの関係を示す、より多くのデータを解析するのに、AIは役立った。

ほかにも、パンデミック中、パンデミック後に、AI企業がコロナ治療薬の開発のために、多額の資金提供を受けたこと、臨床創薬プロセスのデジタル化、医薬品メーカーの、創薬プログラムを迅速化するための、AI企業との共同研究の活発化なども、同市場の拡大の理由になっている。

2028年までに、医薬品開発におけるAI活用の市場の中でも、オンコロジーの分野は、さらに成長するものと、モードー・インテリジェンスは予測する。すでに抗がん剤開発のプロセスに、AIは取り入れられている。がんの罹患率は上昇傾向にあり、今後は抗がん剤の発見に、AIが活用されると見られている。

一方、エマージェンス・インサイツは、医薬品設計分野の収益の伸びに注目している。医薬品開発におけるAI活用の市場は、2020年に61.1%成長したのに対し、AI医薬品設計分野は130.1%という驚異的な成長を遂げているからだ。それは今後も変わらないと予側される。今までの業績を認められ、目標達成報奨金やロイヤルティーは莫大な金額になるものと考えられている。そのため、リスク許容度の高い投資家が多く集まる。同市場への投資総額の57%がAI医薬品設計分野に投じられている。

モード―・インテリジェンスによれば、現在北米が医薬品開発におけるAI活用の市場で最大のシェアを占めるという。それは今後も変わりなさそうだ。医薬品におけるAI技術の採用率が高いこと、患者数が多いこと、慢性疾患や感染症の有病率が高いこと、医療インフラが発達していること、AIや創薬の臨床研究・試験が理由として挙げられている。一方2028年までに、最も高いCAGRで成長すると見込まれるのは、アジア太平洋地域だ。

スタートアップも老舗製薬会社も、創薬へのAI導入に意欲的

医薬品開発におけるAI活用の世界市場には、多くのスタートアップがひしめいている。そのうちの1つ、エクセンティア社は、英国・オックスフォードを拠点とし、AIを活用したプレシジョン医療を専門に行う企業だ。世界で初めて機能的プレシジョン・オンコロジー・プラットフォームを開発。介入臨床試験において、患者によりよい治療を選択できるよう導き、患者の転帰を改善した。同社がAIで設計した分子は、世界で初めて臨床試験に入ることに成功したものだ。同社はAI設計と精密データ生成の実装を焦点としている。設計と実験の両方に力を注ぎ、前臨床創薬段階を短期間に留め、患者に新しい治療法を速く提供する。共同研究・開発も多く、プリストル・マイヤーズ・スクイブ社や、サノフィ社、GSK社、パスAI社と提携している。さらにMDアンダーソン社と共に、新規の低分子がん治療薬を開発する。

米国・ソルトレークシティが拠点の、臨床段階のバイオテクノロジー企業が、リカージョン・ファーマスーティカル社だ。2021年に株式を公開している。

独自のオペレーションシステムを用いた、機械学習による創薬を専門としている。遺伝子変異に関連する疾患に焦点を絞り、世界でも指折りの、広範な生物学的・化学的データセットを保有しているという。

現在、海綿状脳奇形に対する低分子治療薬や、神経線維腫症2型に対する低分子治療薬など、複数の化合物が第1相および第2相の試験段階にある。スーパーコンピューター、機械学習、自動化されたロボットラボを駆使し、週に数百万件の実験を実施している。

インシリコ・メディシン社は香港を拠点とする、臨床段階のジェネレーティブAIベースの創薬企業で、創薬・開発プロセスの加速に注力している。

今年に入ってからは、ディープマインド・テクノロジーズ社のディープラーニングを活用したAlphaFoldタンパク質構造データベースを用い、肝細胞がん治療薬の候補をわずか30日で設計・合成した。

インシリコ・メディシン社はまた、「ChatPandaGPT」のようなAIを搭載したチャットボットを採用。研究者や科学者との対話、新薬ターゲットの特定、実験薬の効果予測を行っている。

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研究者が医薬品の開発とテストの時間を縮め、より速くより良い薬を患者のもとに届けられるよう、AI企業はプラットフォームを開発してきた。一方、製薬会社側も積極的にAIプラットフォームを取り入れている。

世界最大規模の製薬会社、ファイザーは、Truvetaをはじめとする複数のAI企業と提携。自社内に設けた、ML研究ハブや、ファイザー・イノベーション・リサーチ・ラボを通じ、AIを最大限、創薬に取り入れようとしている。ジョンソン・エンド・ジョンソンの子会社であるヤンセンや、アストラゼネカも同様だ。今まで治療薬がないといわれてきた病気や、文献に目を通すだけで100年もかかるとされてきた症状に、AIは希望の光を投げかけている。

文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit